京都地方裁判所 平成9年(ヨ)1605号 決定 1999年12月27日
《目次》
主文 236
理由 236
第一 申立ての趣旨 236
第二 事案の概要等 236
一 事案の概要 236
二 争いのない事実及び疎明資料により容易に認定できる事実 236
1 当事者 236
2 本件事業計画の概要等 236
3 地元住民と債務者との交渉経過等 236
(一) 当事者等 236
(二) 本件回答書の交付 237
(三) 本件確認書の交付 237
4 環境アセスメントの実施及び本件事業への着手 237
三 争点 237
1 合意・確約に基づく差止請求権の有無 237
(一) 第一債権者らの主張 237
(1) 本件回答書作成の経緯
(2) 本件確認書作成の経緯
(3) 本件契約(確約)の成立
① 内容
② 効果の帰属
(4) その後の経過と本件契約(確約)の不履行
① 説明会の実施
② 環境アセスメントをめぐるやりとり
③ 「環境調査」の強行及びその後の状況
(5) まとめ
(二) 債務者の主張 242
(1) 本件契約(確約)の法的拘束力
① 契約(合意)
② 確約の法理
(2) 効果の帰属
① 第一債権者らに対する効果の帰属
② 債務者に対する効果の帰属
(3) 本件契約(確約)の効力の消滅
(三) 債務者の主張に対する第一債権者らの反論 245
(1) 本件契約(確約)の法的拘束力がないとの主張について
① 本件回答書及び本件確認書交付の趣旨
② 債務者の認識等
③ 意思表示の合致
④ 「了承を得て進める」の意義
(2) 本件契約(確約)の効力が消滅したとの主張について
2 人格権、環境権等に基づく差止請求権の有無 247
(一) 債権者らの主張 247
(1) 被害発生の蓋然性
① 大気汚染
② 土壌汚染・水質汚染
③ 悪臭
④ 騒音・振動
⑤ 交通渋滞・交通事故
⑥ 自然環境・景観の破壊等
(2) 本件施設の必要性
① 既存の施設による焼却処理の可能性
② 債務者の責任を市民へ転嫁することの不当性
③ 公共工事の見直しのあり方
(3) 地域的不適合性
(4) 手続的違法性
① 適正な環境アセスメントの必要性
② 債務者の実施した環境アセスメントの不適正
③ まとめ
(5) 立証責任
(6) まとめ
(二) 債務者の主張 256
(1) 差止請求権の根拠
(2) 被害発生の蓋然性
① 本件施設における公害防止設備
② 環境影響評価の実施
③ 公害監視体制
④ その他
(3) 本件施設の必要性
① 本件事業の内容
② 債務者のごみ施策の合理性
(4) 地域的不適合性
(5) 手続的違法性
① 非科学性
② 住民参加
③ 代替案の検討の不存在
(6) 立証責任
(三) 債務者の主張に対する債権者らの反論 263
(1) 被害発生の蓋然性
① 自主基準値達成の可能性
② 我が国におけるダイオキシン類汚染と規制の問題点
③ 本件環境影響評価の問題点
(2) 本件施設の必要性
3 保全の必要性 264
(一) 債権者らの主張 264
(二) 債務者の主張 265
第三 当裁判所の判断 265
一 争点1(合意・確約に基づく差止請求権の有無)について 265
1 前提事実 265
(一) 本件回答書交付に至る経緯等 265
(1) 特別委員会と債務者との交渉経緯及び交渉内容
(2) 債務者内部の協議内容等
(3) 本件回答書交付後の交渉等
① 説明会の実施等
② 地元説明会におけるやり取り
(二) 本件確認書交付に至る経緯等 267
(1) 特別委員会と債務者との交渉経緯及び交渉内容
① 環境アセスメント予算の計上及び関係悪化
② 交渉・協議の再開
③ 本件確認書の交付
(2) 債務者内部の協議内容等 269
(3) 本件確認書交付後の交渉等 270
(三) 本件事業着手に至る経緯 270
2 判断 271
(一) 契約(合意)としての拘束力 271
(1) 本件回答書の拘束力
(2) 本件確認書の拘束力
(3) 第一債権者らの主張について
(4) 結論
(二) 確約の法理について 275
(三) まとめ 276
二 争点2(人格権、環境権等に基づく差止請求権の有無)について 276
1 差止請求権の要件 276
(一) 被保全権利 276
(1) 人格権
(2) 環境権
(3) 不法行為
(二) 判断基準 276
2 ダイオキシン類の危険性 276
(一) はじめに 276
(二) ダイオキシン類の毒性等 276
(三) 法的規制等 277
3 立証責任等 278
4 本件施設の必要性 278
(一) 将来の焼却処理量の予測等 278
(1) 現時点における債務者の予測
(2) 当事者の主張等
(3) 各年度の予測ごみ焼却量・焼却施設の予測必要規模
(二) 焼却施設の耐用年数 279
(三) 既存施設の焼却能力、稼働・整備計画等 280
(1) 焼却能力等
(2) 稼働・整備計画
(3) 焼却能力の過不足
(四) 適正配置 281
(五) 判断 281
(六) 債権者らの主張に対する判断 281
(1) 西清掃工場及び南第二清掃工場の稼働期間の延伸について
(2) 平成一三年度から一六年度までの間の焼却能力不足の解消方策について
① 練馬方式について
② 広域連携について
(3) その他
(七) 結論 284
5 本件施設の建設・稼働による被害発生の蓋然性 284
(一) 本件施設から排出される有害物質により生じる被害 284
(1) 総論
(2) 排ガス中の大気汚染物質に関する規制遵守の可能性
① 国及び京都府の排出基準
② 新ガイドラインに定めるダイオキシン類削減の方策
③ 本件施設から排出される大気汚染物質の濃度
④ 判断
(3) 大気汚染物質による被害発生の蓋然性
① 大気汚染物質にかかる環境基準等
② 債務者の行った大気汚染予測及び環境影響評価
③ 審査会の答申結果
④ ダイオキシン類
⑤ 環境汚染監視等
⑥ 既存施設の稼働状況等
⑦ 判断
(4) 土壌汚染、水質汚染による被害発生の蓋然性
① ばいじん等の処理
② 排水処理
③ 審査会の答申結果
④ 既存施設の稼働状況等
⑤ 判断
(5) 債権者らの主張に対する判断
① 自主基準値達成の可能性について
② 排出基準・評価指針値が不適切との主張について
③ 本件環境影響評価の適正について
④ 本件環境影響評価に関するその他の主張について
⑤ 地域的不適合性について
⑥ 複合汚染について
(6) 結論
(二) その他の被害 307
(1) 本件施設の建設工事・稼働自体による被害
① 悪臭
② 騒音・振動
(2) ごみ搬出入車両及び工事用車両の走行に伴う被害
① 排ガス
② 騒音・振動
③ 交通の危険・渋滞
(3) その他
(4) 結論
6 まとめ 309
第四 結論 309
債権者
川口力
外四五七三名
右代理人弁護士
稲村五男
飯田昭
伊藤知之
小川達雄
大槻純生
小笠原伸児
折田泰宏
川口直也
加藤英範
小林務
小松琢
佐渡春樹
須田滋
中島晃
中村広明
永井弘二
長野浩三
中隆志
尾藤廣喜
藤田正樹
藤浦龍治
北條雅英
牧野聡
村井豊明
山﨑浩一
山下綾子
山下宣
山下信子
藤原猛爾
梶山正三
籠橋隆明
債務者
京都市
右代表者市長
桝本賴兼
右代理人弁護士
崎間昌一郎
同
田辺照雄
主文
一 本件各申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者らの負担とする。
理由
第一 申立ての趣旨
債務者は、別紙施設目録記載の施設建設のための一切の工事を行ってはならない。
第二 事案の概要等
一 事案の概要
本件は、債務者が建設中のごみ焼却施設である「京都市東北部清掃工場(仮称)」(以下「本件施設」という。なお、現在の仮称は「東北部クリーセンター」)について、その周辺地域に居住する債権者らが、第一に、債務者は、別紙第一債権者目録記載の債権者ら(以下、「第一債権者ら」という。)を代表する市原野自治連合会及び野中町自治振興会の窓口である市原野ごみ問題対策特別委員会の了承を受けないで本件施設建設のための準備行為及び建設工事を強行しないことを債権者らとの間で合意(契約)し、又は、債権者らに対して確約(行政上の一方的な自己義務付け)をしたので、右合意又は確約に基づき(ただし、これは、第一債権者らのみ主張)、第二に、本件施設の建設工事及び稼働により、同施設からダイオキシン類等の有害物質が排出されこれによって大気が汚染されるなどして、債権者らが、その生命・健康又は環境に深刻な被害を受けるので、人格権、環境権等に基づき、それぞれ本件施設の建設工事の差止めを求めている事案である。
二 争いのない事実及び疎明資料により容易に認定できる事実
1 当事者
(一) 債権者らのうち、第一債権者らは、本件施設建設予定地(以下、「本件予定地」という。)の周辺に居住し、市原野自治連合会及び野中町自治振興会(以下、併せて「自治連」という。)に所属する者であり、別紙第二債権者目録記載の債権者らは、本件施設の工事用車両、ごみ搬出入車両の走行予定ルートである同施設南方の地域周辺に居住し、柊野町内会連合会及び同会に隣接する自治会に所属する者である。
(二) 債務者は、本件施設の建設事業(以下「本件事業」という。)の事業主体である。
2 本件事業計画の概要等
(一) 債務者は、内陸都市であるため、かねてから、可燃性ごみについては、すべて焼却処理し衛生的に減量化した上埋立処分を行うことをごみ処理事業の基本方針とし(いわゆる全量焼却体制)、北清掃工場、西清掃工場、東清掃工場、南清掃工場第一工場及び同第二工場の五工場(現在の名称は、それぞれ、北部クリーンセンター、西部クリーンセンター、東部クリーンセンター、南部クリーンセンター第一工場及び南部クリーンセンター第二工場。以下、それぞれ、「北清掃工場」、「西清掃工場」、「東清掃工場」、「南第一清掃工場」及び「南第二清掃工場」という。)で、債務者市内から排出される一日当たり約二〇〇〇トンのごみの焼却処理に当たってきた。五工場の合計実焼却能力は一日当たり約二二四〇トンである。
しかしながら、債務者は、ごみの減量化・再資源化の促進にもかかわらず、ごみ排出量は増加傾向にあり、その一方で、北清掃工場は老朽化が進み平成九年ころには耐用年数を迎えるため、同年には現存の各工場だけでは一日当たり約一九二〇トンの実焼却能力に落ち込んでしまい、処理能力が不足することになると予測していた。そこで、債務者は新規ごみ焼却施設の建設を検討していたが、平成三年五月三一日、本件事業の計画を、債務者議会厚生委員会において発表した。
(二) 本件事業は、京都市左京区静市市原町<番地略>ほか(市原野・向山地区)の土地(別紙計画図記載の位置、合計約27.2ヘクタール)を敷地として、別紙施設目録記載のとおり、地上八階、高さ約四〇メートルの工場棟、地上三階、高さ約一五メートルの管理棟、高さ地上約一〇〇メートルの煙突、建築面積約一万二〇〇〇平方メートルの施設を建設し、その内部に、焼却能力一日当たり七〇〇トン[三五〇トンのストーカ式焼却炉(全連続燃焼式火格子焼却炉)二基が二四時間稼働]及び破砕能力一日当たり八〇トン(四〇トンの破砕施設二基が六時間稼働)のごみ焼却施設を建設しようとするものである。総事業費は七二四億円で、平成一二年度に竣工し、平成一三年度から稼働する予定である。
なお、本件事業計画の当初は、焼却能力が一日当たり約九〇〇トン(三〇〇トンの焼却炉三基)、平成九年度竣工予定であったが、平成七年六月二〇日、右のとおり事業計画が変更された。
(三) 本件施設での処理対象とされているごみは、定期収集、許可業者収集、市民持込及び市収集大型のごみで、本件施設におけるごみ処理区域は、債務者市内の左京区、北区、上京区及び中京区とされている。搬出入車両計画は、平成一六年度最大稼働時の搬出入車両台数(往復)で、合計一〇七二台とされている。
3 地元住民と債務者との交渉経過等
(一) 当事者等
本件予定地周辺の住民(以下「地元住民」という。)らで構成される自治連は、平成三年五月の厚生委員会における本件事業計画の発表を受けて、同年九月一四日、「市原野ごみ問題対策特別委員会」(委員長荒川重勝。以下、右委員会を「特別委員会」といい、委員長荒川重勝を「荒川委員長」という。)を設置し、同委員会を自治連の窓口として債務者との交渉に当たることを決めた。同委員会は、自治連規約上の特別委員会として各町内や自治会から選出された委員で構成されている。特別委員会は、住民の健康を守り、環境を保全する立場に立ってごみ問題に取り組むこと、地域住民の総意の上にごみ焼却場問題の民主的かつ適切な解決を目指すことなどを基本方針としている。
一方、債務者においては、清掃局が廃棄物の処理及び生活環境の清潔の保持等に関する事務を所掌し、清掃局内にある施設建設室が清掃施設の建設等に関する事務を所掌している。清掃局長は清掃局の事務全般を、施設建設室長は施設建設室の事務全般をそれぞれ統括している。
(二) 本件回答書の交付
債務者は、本件事業に関する説明を地元住民に行うために、平成三年五月ころ、自治連に対して説明会を開催するよう要請したところ、自治連は、同年九月ころ、特別委員会が自治連の窓口として対応するので、今後、特別委員会と本件事業に関する交渉をするように求めた。そして、特別委員会は、同年一〇月一五日、債務者市長及び清掃局長に対し、別紙一の文書(甲六、以下「本件申入書」という。)をもって、今後、本件事業計画について地域住民の理解と納得なしに一切事を進めない確約をすることなどを求める旨の申入れをした。
これに対し、債務者は、同月一八日、別紙二の債務者清掃局長森脇史郎(平成二年四月から平成五年三月まで右局長職に在職。以下「森脇局長」という。)名義の「回答書」(甲七の1)をもって、「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、実施前にそめ説明を十分に行い皆さんのご理解をいただきながら進めてまいる考えです。」等の回答をした。
しかし、特別委員会は、右回答書の内容に不満であったため、平成三年一〇月一八日及び翌一九日、債務者の清掃局施設建設室長田口正巳(平成三年四月から平成六年三月まで右室長職に在職。以下「田口室長」という。)らと交渉を行った。その結果、債務者は、平成三年一〇月二二日、別紙三の森脇局長名義の「回答書」(甲九、以下「本件回答書」という。)を特別委員会に交付し、以後、特別委員会との間で本件事業につき協議・交渉を進めることになった。
(三) 本件確認書の交付
(1) 債務者は、本件回答書交付後の平成三年一一月九日、地元住民に対して説明会を開催し、それ以後も本件施設建設基本計画等の資料を特別委員会に交付するなど本件事業に関する話合いを進めた。
一方、特別委員会は、地元住民に対する広報紙などを通じて、現存の焼却施設と現実の焼却量とを対比すると本件施設の必要性に疑問を感じること、債務者のとってきた全量焼却体制を見直し、ごみの減量化、リサイクル及び分別収集等に取り組めば、ごみの減量化が実現すると考えられること、本件施設の安全性に疑問を感じること、債務者に対して本件施設の立地選定過程を明らかにすることを要求することなどの意見表明をしてきた。そして、右説明会の場でも債務者に対し右意見と同旨の内容の質問をし、債務者の提出した資料とその説明では不十分であるとして満足しなかった。
(2) そのような状況において、債務者は、平成四年二月、環境アセスメント等の調査費用を計上した予算案を債務者議会へ提出した。そのため、特別委員会はこれに抗議をし、再三その撤回を求めたが、債務者は、これを拒否し、特別委員会が「一定の立場から予断をもって」債務者と交渉を行っている旨の回答をした。
(3) 右回答を契機に、特別委員会と債務者との関係は悪化し、本件事業に関する交渉は実質的に中断した。結局、田口室長が、同年一〇月一八日、特別委員会に、同委員会の基本的立場に対する債務者の認識を変え陳謝することなどを表明し、同月二〇日、別紙五の田口室長名義の「確認書」(甲二五の1、以下「本件確認書」という。)を特別委員会に交付して、本件事業に関する交渉を再開することになった。
4 環境アセスメントの実施及び本件事業への着手
債務者は、平成四年一二月一二日以後、本件事業の必要性に関する説明会を合計五回開催し、一七回にわたり特別委員会との間で事前折衝を行ったが、平成五年六月、特別委員会に対して環境アセスメントの実施を申し入れたところ、同委員会から強く反対されるなどしたため、同委員会が本件事業の反対行動に出たものと考え、平成六年三月、その承諾を得ることなく一年間に及ぶ環境調査を開始した。その上で、本件施設の都市計画決定手続及び京都市環境影響評価要綱(以下、「評価要綱」という。)による環境影響評価(以下、「本件環境影響評価」という。)手続に着手し、平成七年一〇月、右環境調査結果に基づいて作成した環境影響評価準備書(以下、「本件準備書」という。)を縦覧に付した。そして、平成八年三月、債務者市長の諮問を受けた京都市環境影響評価審査会(以下、「審査会」という。)から右準備書の内容全般につき「おおむね妥当」との答申を受けて、同月、本件準備書の内容に加えて関係住民の意見及びこれに対する債務者の見解を掲載した環境影響評価書(以下、「本件評価書」という。)を作成の上縦覧に付し、同年八月、本件事業にかかる都市計画決定の告示を行い、平成九年一月、本件施設建設工事に着手した。
三 争点
1 合意・確約に基づく差止請求権の有無
(一) 第一債権者らの主張
(1) 本件回答書作成の経緯
① 特別委員会は、平成三年一〇月一五日、債務者市長及び債務者清掃局長に対し、本件申入書をもって、今後、本件事業計画について地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約をすることなどを求める申入れをした。これに対し、債務者は、同月一八日、別紙二の「回答書」をもって、「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、実施前にその説明を十分に行い皆さんのご理解をいただきながら進めてまいる考えです。」との回答をした。
② 特別委員会は、債務者の右回答は単なる決意表明に過ぎないものであり、到底受け入れ難いものであると判断し、同日及び同月一九日に債務者と交渉を行い、双方の譲歩により合意に至った。
その結果、債務者は、本件回答書を作成の上、同月二二日、特別委員会にこれを交付し、第一に、事業の各段階で特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業については、事前に住民に十分説明し、特別委員会の了承を得て進めること、第二に、特別委員会から申入れのあったデータ、資料を提出することなどを確約した。
③ ところで、右合意に至るまでには、確約の第一の点については、債務者は地域住民の了承がない限り「一切」事を進めないことを求められるのは困る旨強く主張した。これに対し、特別委員会は住民の了承を得るべき対象をすべての作業ではなく重要な作業に限定する方向で譲歩する一方、別紙二の回答内容では、債務者の説明が「十分」か否か、また、地元住民の「理解」が得られたか否かについて、債務者の判断で進められる恐れがあるため到底受け入れられないものと考えた。そして、住民の理解と納得なしには事を進めない点については、「特別委員会の了承」の有無を指標にすること及び契約(確約)としての拘束力を有する文言とすることを強く主張した。そこで、債務者は、内部で検討し正式決裁を経て、対象を重要な作業に限定した上で契約(確約)としての拘束力を有する文言とすることを受け入れることを決めた。
④ また、確約の第二の点についても、債務者は「一切の」データないし資料の提供を求められるのは困る旨を強く主張した。これに対し、特別委員会は、「一切の」というのは、本件事業計画の根拠、内容及び諸影響等につき地域住民が正確に理解し、判断するために必要なデータないし資料の意味であること、また、「必要」か否かの判断は、特別委員会が行い、債務者が行うものではないことを主張した。そこで、債務者は、内部で検討し正式決裁を経て、右主張を受け入れることを決め、本件回答書を作成の上、これを特別委員会へ差し入れ、同委員会を通じて自治連・住民側へ交付することにより、契約(確約)としての法的効力を持つに至った。
(2) 本件確認書作成の経緯
① 債務者は、平成三年一一月九日、地元住民(市原野学区民)を対象に第一回説明会を開催した。しかしながら、債務者清掃局は、説明会において、住民が求めるごみ量の伸び率等に関する具体的根拠、データ等を示さなかったため、本件施設のような大規模なごみ焼却施設を建設することの必要性について地元住民を納得させることができなかった。
本件施設の建設場所選定の過程についても、住民は深い関心を持ち、債務者から納得できる説明がなされることを期待していた。ところが、債務者は、債務者市内全体から見てごみ焼却施設の適正配置を行う上で、ごみ焼却施設が必要な市内東北部に位置する等の一通りの説明をしただけで、他の候補地はどこでどのような比較検討をしたのか等の判断過程については、一切明らかにしようとしなかった。
さらに、住民から出された大気汚染の不安についても、債務者は、昭和六一年以降行った予備調査の結果に基づき、「気象、地形等の環境条件からみて、排ガスの拡散等に問題が生じるおそれはない。」、「周辺の気象観測データより地形を考慮してコンピュータシミュレーションしたところ、大気質濃度は環境基準を下回るレベルであると予測された。」等と説明した。しかし、予備調査における周辺の気象観測データの測定地点は西賀茂車庫及び比叡山頂という全く本件予定地とは条件の異なる地点であることが判明する等して、債務者の調査予測の非科学性が明らかとなった。
② このような状況の中、債務者は、平成四年二月、本件事業にかかる環境アセスメント及び用地測量等の調査費用として四億六一〇〇万円を計上した予算案を、特別委員会の了承を得ることなく債務者議会に提出した。そこで、特別委員会は同月二七日、右費目の撤回・削除を求める旨の申入れをした。債務者は、同年三月一三日、環境アセスメントは、「一定の立場からの予断をもって主張されている『公害の発生、環境破壊の恐れ』について、科学的な解答を与えることができることからも、極めて重要な作業であります。」などとした上、右申入れに従って費目を撤回する意思はない旨の回答をした。これに対し、特別委員会は、同年四月二二日、債務者に対し、本件事業の事前調査に関する資料及びデータの全面公開をすること、「一定の立場からの予断をもって」との文言を直ちに撤回・削除することを要求した。
③ さらに、特別委員会は、同年五月一一日、債務者が、「確約」に基づいて住民と誠意をもって話し合うべきこと、ごみの減量、分別・リサイクルを推進することなどを求める約五万七〇〇〇名の請願署名を債務者議会議長に提出した。これに対し、債務者は、同月一五日、特別委員会が「『現在ある工場はかまわないが、新しい工場は困る』との観点から、清掃施設への嫌悪感を表明し続けている」、「事実を科学的に解明していく立場ではなく、清掃施設への嫌悪感を煽る『一定の立場』である」等と決めつける内容の回答をするとともに、同趣旨の文書を債務者議会議員に配布するなどした。
そこで、特別委員会は、同年六月二四日、「不当な歪曲とデマに抗議し誠実な対応を要求する!」と題する抗議書を森脇局長宛に提出し、歪曲・デマの全面的な是正を求めて抗議した。しかし、債務者は、その後も右と同様の見方に立ち、同年八月には、「地元説明経過ならびに今後の予定について」と題する文書を配布する等して、特別委員会の右是正の要求を拒否し続けたため、特別委員会と債務者との実質的な話合いは数か月間中断した。
④ その間、特別委員会が再三是正要求を行うなどしたところ、結局、田口室長は、同年一〇月一八日、拡大特別委員会の席上、特別委員会は、地元の自治会・自治連の規約に基づき、全住民の総意によって結成された本件施設建設に関する地元窓口であると考えること、特別委員会は、ごみ問題全般について多様な方向から議論しており、全住民をあげて考え、行動していることを認めること、特別委員会の基本的立場に対する債務者の認識を変え、陳謝することなどを表明した。そして、この場での話合いの結果を確認するため、荒川委員長が、別紙四の確認文書の案(甲二五の2、以下「本件確認書案」という。)を田口室長に交付し、債務者は、これを内部で検討し正式決裁を経た上、右案とほぼ同旨の本件確認書を作成し、同年一一月二〇日、特別委員会に交付した。
⑤ 債務者は、これによって、右のような経過をすべて認めた上で、平成三年一〇月二二日の本件回答書の内容を踏まえ、今後、事業につき特別委員会の了承を得て進めていくことを再確認すること、特別委員会は住民の総意によって結成された正式な窓口であることを確認すること、問題を絞って納得いくまで話し合い、話合いの回数を重ねたからといって一方的に事を進めるということはしないことなどを約束した。
(3) 本件契約(確約)の成立
以上のとおり、債務者は、平成三年一〇月二二日及び平成四年一一月二〇日の二度にわたり、特別委員会を窓口として第一債権者を代表する自治連との間で、市原野住民を代表する自治連(特別委員会)の了承を受けないで、本件施設建設のための環境アセスメント手続、都市計画手続及びこれらに続く建設工事を強行することはしないことを合意し、又は、自治連に対し、同旨の確約をした(以下「本件契約(確約)」という。)。
本件契約(確約)の内容及び効果の帰属主体は、以下のとおりである。
① 内容
ア 契約(合意)
本件契約(確約)は、前記のとおり、債務者は、自治連(特別委員会)の了承を受けないで、本件施設建設のための環境アセスメント手続、都市計画手続及びこれらに続く建設工事を強行することはしないことを内容とする片務契約である。
仮に、本件契約(確約)が自治連(特別委員会)に本件施設建設工事の着工に関して絶対的な拒否権を与えたものではないとしても、債務者は、本件回答書において、特別委員会に対して、重要な作業について事前にその説明を十分に行い特別委員会の了承を得て進めていくこと、必要なデータ、資料をすべて提供することを確約した。さらに、本件確認書において、本件施設の必要性、市原野を予定地とするに至った立地選定過程、予備調査の内容等につき、現時点で地元住民が納得するだけの説明ができておらず、更なる説明の必要があることを認め、データの提供と十分な説明が必要であることについて、何ら事情の変更がないことを確認した。
したがって、債務者は、本件契約(確約)に基づき、必要なデータ、資料をすべて提供し、かつ、テーマ毎に問題を絞って納得のいくまで十分に説明を尽くしたにもかかわらず、自治連(特別委員会)が合理的な根拠もなしに了承を拒否している場合に初めて本件施設建設工事及びその準備作業を進めることができるのである。この条件が履行されないまま債務者が本件施設建設工事等を行おうとした場合には、第一債権者らは、その差止めを求める権利を有すると解すべきである。
イ 確約の法理
仮に、本件契約(確約)が契約としての拘束力を有しないとしても、確約の法理により、第一債権者らの信頼を保護すべきである。
すなわち、確約の法理とは、もともと(旧)西ドイツにおいて判例上認められてきた法理であり、行政が、将来における自己の行為又は不行為を一方的に義務付ける自己義務付けとしての言動をいい、確約はその発付の瞬間から、適法な確約はもとより、違法な確約であっても無効でない限り、その将来の行為又は不行為を法的に義務付ける効力をもつというものである。
この法理を本件の事実関係に即して述べれば、債務者は、平成三年一〇月二二日及び平成四年一一月二〇日、第一債権者らに対して自治連(特別委員会)の了承を受けないで、本件施設建設のための環境アセスメント手続、都市計画手続及びこれに続く建設工事を強行しないことを確約したものであり、債務者はこれによりこの義務の履行を法的に義務付けられたことになる。
② 効果の帰属
ア 第一債権者らに対する効果の帰属
本件契約(確約)の効果は、以下の理由で市原野自治連合会及び第一債権者らを含む市原野の地域住民に帰属する。
i 代理
特別委員会は、自治連の正式な組織であり、各町内や自治会から選出された委員で構成された正式な地元窓口であり、住民を代表する組織である。
自治連は、市原野地区住民全員に対して、文書を配布して、特別委員会から、地域住民の納得がない限り工事を進めないよう債務者に申し入れることについて、全住民に周知するとともにその意見を聞いた。さらに、特別委員会とは別にごみ問題対策協議会が設置されているが、これは市原野自治連合会に属する各町内会及び自治会から選出された委員により構成され、ごみ問題の取組みに関する重要事項について協議、議決する組織である。本件申入書はごみ問題対策協議会の第一回会合の際に提出された意見を踏まえて作成され、債務者に交付されたものである。以上の事実に照らすと、市原野の地域住民は、自治連の機関である特別委員会又は荒川委員長に対し、本件申入書に関する債務者との交渉代理権を授与したものといえる。
本件申入書においても、特別委員会は、「地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます」旨記載し、確約の相手が特別委員会すなわち自治連だけでなく、地域住民でもあることを明らかにしており、第三者である地域住民のために行為しているのは明白である。
そして、債務者も、本件確認書において「特別委員会は住民の方々の総意によって結成された正式な地元窓口であることを確認します。」と記載するなど特別委員会が正式な地元窓口であることを認め、現実に特別委員会と交渉してきた。このことからも、債務者は特別委員会がこのような正式な窓口であり、同連合会の機関である特別委員会又は荒川委員長が市原野の地域住民の代理人として行為していたことを知っていたといえる。
ⅱ 第三者のためにする契約
仮に、代理により本件契約(確約)の効果が第一債権者らに帰属しないとしても、自治連の機関である特別委員会又は荒川委員長は、これを市原野の地域住民に帰属させるべく行為していたところ、市原野の地域住民は、平成三年一一月九日に約五〇〇名が参加した「第一回説明会」において本件契約(確約)の内容を確認することにより受益の意思表示をした。さらに、第一債権者らは、遅くとも本案裁判を提起し又は本件仮処分を申し立てたことにより、受益の意思表示をした。
イ 債務者に対する効果の帰属
本件回答書及び本件確認書は、森脇局長又は田口室長がその職務権限に基づいて作成したものであるが、右各文書は次のとおり債務者の内部規定に従い、正式決裁を受けて債権者側に交付されているから、債務者は右両名に本件契約(確約)を締結する代理権を授与した。
仮に、授権がなかったとしても、第一回説明会をはじめとするその後の特別委員会との交渉過程において、債務者は本件回答書及び本件確認書の内容を何度も確認したから、右両名の無権代理を追認した。
いずれにせよ債務者に効果が帰属するのは当然である。
i 本件回答書について
本件回答書の効果は、債務者に帰属する。すなわち、本件回答書は、債務者の事務分掌規則に基づく決定区分に従って決定書が作成され、関係部局・決定者の決裁を受けた上で対外的に提出された。
ところで、本件回答書は、森脇局長名義で提出されているが、債務者の事務分掌条例一〇条では「清掃局が所掌する事務」として「廃棄物の減量及び処理に関すること」が挙げられ、さらに、清掃局長は、一般廃棄物処理計画の決定に関することや処理施設の設置許可についての権限が与えられている。このような事務分掌に照らすと、どのような廃棄物処理計画を策定し、それに基づいて、どこに、どのような処理施設を設置するかという廃棄物処理の基本的なあり方を決めることは清掃局の権限事項である。したがって、清掃局長が本件回答書を作成して、住民に交付することは当然にその権限の範囲内のことである。
このように、本件回答書は、債務者の正規の内部意思決定手続に従って対外的に提出された文書であり、その効果が債務者に帰属することは明らかである。
ⅱ 本件確認書について
本件確認書も、同様に、債務者の正規の内部意思決定手続に従って対外的に提出された文書であり、その効果が債務者に帰属することは明らかである。
(4) その後の経過と本件契約(確約)の不履行
① 説明会の実施
ア 債務者が本件確認書を特別委員会に交付したことにより、債務者と住民との間の話合いを再開することになり、特別委員会と債務者清掃局とは、i新規ごみ焼却施設の必要性、ⅱ本件施設の立地選定過程、ⅲ本件施設の安全性、ⅳ交通問題の四項目につき、右の順に地元住民に説明会を開催し、話合いをすることで合意した。
イ 債務者は、平成四年一二月一二日以後四回にわたり、説明会を開催したが、債務者のごみ減量化についての認識は低く、また、本件施設建設の必要性を裏付ける合理的理由の説明はなかったため、特別委員会は本件施設の必要性について納得することはできなかった。
② 環境アセスメントをめぐるやりとり
ア 債務者清掃局は、平成五年六月、特別委員会に対し、立地選定過程及び予備調査に関する説明を前提として、環境アセスメントを早期に実施したいと申し入れた。しかしながら、当時は、新規ごみ焼却施設の必要性に関する地元住民の疑問は何ら解消されておらず、本件施設の建設予定地を市原野向山とした立地選定過程についてもまだ議論されてはいなかった。そこで、特別委員会は、まだ環境アセスメントを実施できる段階ではないと主張したところ、債務者清掃局は、同年七月一二日、特別委員会を飛び越して、直接、市原野自治連合会長に対し環境アセスメントの実施を申し入れた。
イ 特別委員会は、同年八月二日、債務者のこのような行為は特別委員会が正式な地元窓口であることを確認した本件確認書に反すると強く抗議した。さらに、環境アセスメントに関して、市原野にごみ焼却施設を建設しても排ガスの拡散等について問題が生じるおそれはないとした予備調査の内容を全面的に公開し、その科学性について住民に納得のいく明快な説明をまず行うべきであること、現時点での論議の焦点は、新規ごみ焼却施設の必要性であり、これについて納得できる説明を受けていない現段階で、ごみ焼却施設の建設を前提とする事業アセスメントを受け入れることはできないこと、現段階でアセスメントを行うとすれば、代替案・代替地案の比較検討を含めた計画アセスメントを住民参加のもとで行うべきであることなどを債務者に申し入れた。
ウ 債務者は、同年九月一六日、市原野自治連合会長に、従来の「環境アセスメント」との文言を「環境調査」と言い換えて、その実施を申し入れた。しかし、特別委員会は、同年一〇月二二日、債務者に、前記申入れ同様、現時点では、環境アセスメントや「環境調査」を実施できる段階ではない旨の回答をした。
エ 債務者は、同年一一月八日、突然、環境調査のための準備作業の強行を試みたが、住民が抗議したためこれを中止し、同月一一日、特別委員会に同月二一日「環境調査」に関する説明会を実施する旨を通告した。これに対して、特別委員会は、同月一一日、環境アセスメント実施に関し、市原野自治連合会長及び特別委員会委員長名で、住民の健康と自然環境を守る立場に立って環境アセスメントを行うこと、特別委員会が推薦する専門家と住民の代表による中立・公開の「環境アセスメント委員会」を作り、公正・客観的な立場から、総合的な調査・予測・評価をすること、環境アセスメントを行う項目、方法・時期・期間・評価基準及び業者の選定等は、特別委員会の提案を踏まえ、「環境アセスメント委員会」で審議・決定すること、複数の候補地ないし代替地案について実施し、比較検討ができるようにすること、環境アセスメントに要する費用は全額債務者が負担することなどの提案をした。
オ 債務者は、右提案を無視し、特別委員会の了承を得ずに、同年一一月一五日、再び「環境調査」の準備作業を強行しようとした。これに対し、自治連側は、市原野自治連合会長及び同自治振興会会長の連名の文書並びに特別委員会委員長名の文書をもって、右行為は、「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進め」るとの本件回答書における確約や、「今後、事業につき特別委員会の了承を得て進めていくことを再確認」するとの本件確認書における確約に反するものであるなどとして抗議した。さらに、「環境調査」の準備及び債務者が予定している「環境調査」に関する説明会の開催を中止するとともに、「環境アセスメント」に関する前記の住民提案と債務者の計画している「環境調査」とに関する話合いを速やかに開催することを求めた。
カ 右申入れに対し、債務者は、同年一一月三〇日、右住民提案の実施を拒否するとともに、「環境調査」は、一年を通じた詳細で科学的な調査を実施し、その結果をもとに行政と住民が話し合い、ごみ焼却施設が環境に与える影響などについて共通の理解を深めるために行うものであり、したがって、いわゆる環境アセスメントとは区別して考えていること、「環境調査」は財団法人日本気象協会に委託し、その実施は、債務者からも地元からも、客観的かつ中立・公正に行われることなどを回答した。
③ 「環境調査」の強行及びその後の状況
ア ところで、債務者は、平成五年一一月一五日、前記のとおりの自治連等からの申入れの席上、特別委員会に対し、「環境調査」の準備作業は中止するが、「環境調査」を実施する財団法人日本気象協会の説明会を開いてその説明を聞いて欲しい旨の提案をした。
特別委員会は、同月二二日、同協会による説明会は債務者の「環境調査」実施のための説明会ではなく、「環境調査」実施の準備の一環をなすものではないこと、説明会を開催したからといって「環境調査」を地元が受け入れることを意味しないことを確認した上、債務者の右提案を受け入れて、特別委員会の主催により「環境調査」に関する説明会を開催することを決めた。
イ 特別委員会は、同年一二月二三日、同協会関西本部による「環境調査」に関する説明会を開催したが、説明会では本件事業に関して昭和六一年度以後同協会が実施した予備調査に関する論議がなされただけであった。結局、時間切れのため「環境調査」に関する説明、質疑に至らず、翌年早々に再度説明会を開催することとなった。そこで、特別委員会は、債務者に対し、平成六年一月、右説明会の再開を繰り返し申し入れたが、債務者は、これを拒否した。債務者は、同月二七日、「環境調査の実施に協力を」と題するビラを各戸に配布し、同年二月二日未明、「環境調査」の準備作業を強行し、同年三月一日から環境調査を開始したが、この行為は本件契約(確約)に違反する行為であった。
ウ その後、債務者は、特別委員会を地元住民の窓口とする話合いを一切拒否し、特別委員会が再三にわたり「環境調査」に関する全データの提出を申し入れてもこれを拒否してきた。そして、右調査結果を自治連(特別委員会)の了承なく環境アセスメントに使用した上、都市計画決定を行い、本件施設の建設工事に着手し、現在、右工事を続行している。
(5) まとめ
① 債務者は、自治連(特別委員会)の了承を受けないで本件施設建設のための環境アセスメント手続、都市計画手続及びこれらに続く建設工事を強行することはしないことを合意(確約)した本件契約(確約)が存在するにもかかわらず、自治連(特別委員会)の了承を受けないで、環境アセスメントを行い、本件施設の建設工事を行うなど本件事業を強行した。
したがって、第一債権者らは、本件契約(確約)に基づいて、債務者に対して、第一債権者ら市原野地域の住民を代表する自治連(特別委員会)との合意に達するまで、債務者の本件契約(確約)に違反する本件事業の差止めを求める権利を有する。
② 仮に、本件契約(確約)が、債務者は、本件契約(確約)に基づき、必要なデータ、資料をすべて提供し、かつ、テーマ毎に問題を絞って納得のいくまで十分に説明を尽くしたにも拘らず自治連(特別委員会)が合理的な根拠もなしに了承を拒否している場合に初めて本件事業を進めることができるのであり、この条件が履行されないまま債務者が本件施設建設工事等を行おうとした場合には、第一債権者らは、その差止めを求める権利を有すると解釈されるべきであったとしても、第一債権者らは、次の理由により、債務者の本件事業の差止めを求める権利を有する。
すなわち、本件事業に関する特別委員会の主要な疑問点は、新規ごみ焼却施設の必要性及び本件施設の立地選定過程・根拠にあった。しかしながら、債務者は平成三年一一月九日開催の第一回説明会以後一貫して他の候補地名を開示せず、複数の候補地のうち市原野を選定した理由、根拠及び検討過程等についても一切具体的な説明をしなかったので、必要なデータ、資料をすべて提供したとはいえない。また、本件施設の必要性については、平成四年一二月一二日以後四回にわたり、説明会を開催したものの、本件施設建設の必要性を裏付け、地元住民を納得させるだけの十分な説明をしていない。本件施設の必要性に続いて話合いをする予定となっていた他の三項目については、説明会すら開催していないから、テーマ毎に問題を絞って納得のいくまで十分に説明を尽くしたとはいえない。債務者はこのような状況の下で、本件工事を強行したから、第一債権者らは債務者の本件事業の差止めを求める権利を有するのである。
(二) 債務者の主張
(1) 本件契約(確約)の法的拘束力
① 契約(合意)
本件回答書及び本件確認書が特別委員会に交付されたことから、法的拘束力のある契約の成立を認めることはできない。
ア 本件回答書及び本件確認書交付の趣旨
債務者は、本件回答書及び本件確認書により、単に一方的に、本件施設建設について、地元住民に対する説明を尽くし、納得を得られるよう、最大限の努力をする旨の方針を表明したに過ぎない。したがって、右各文書の内容に法的拘束力はなく、債務者は債権者らに対して何ら法的義務を負っていない
i 本件回答書について
本件回答書は、特別委員会が、債務者に対して、本件施設建設計画については地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約をするよう申し入れたのに対して、本件施設建設の職責を有する森脇局長によってなされたものである。
本件回答書においては、右確約を承諾しない旨を表明し、他方で、本件施設建設については地域住民の理解と協力が重要であり、住民との協議を進めるには詳細かつ正確な資料が必要であるから、現地調査等に協力を要請し、事業の各段階において住民と協議を行っていくこと、環境アセスメントのための現地調査等重要な作業については事前に十分な説明を行い、本件施設の完成まで特別委員会の了承を得て進めていくことが債務者の決定した方針である旨を表明したものに過ぎない。
この意味で、本件回答書による回答は、事実を通知するもので、講学上観念の通知といわれているものに過ぎないから、仮に特別委員会の申入れが契約の申込みに当たるとしても、これと合致する承諾の意思表示はなく、特別委員会と債務者との間には何ら法律関係を成立させる合意は存在しない。
また、一定の法的義務を債務者に負わせるのであれば、当然、本件回答書には債務不履行の場合の措置が記載されてしかるべきであるが、本件回答書には、「貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります」との記載があるのみである。右記載内容からは、特別委員会の了承を得なかった場合のことは明らかではなく、この点からも、本件回答書は、単なる方針を表明したものとしての観念の通知に過ぎない。
ⅱ 本件確認書について
本件確認書は、本件施設建設の職責を有する田口室長が、本件回答書で表明した債務者の方針を再確認するとともに、特別委員会に対する認識など事実上の事項を表明したもので、事実認識を表明した観念の通知に過ぎず、本件確認書によって法的義務が生じるものではない。本件確認書六項は新たな約束をしたものではあるが、この約束は倫理上の約束であり、法的効果を発生させるものではない。
ⅲ 債務者の認識等
債務者は、本件回答書及び本件確認書に法的拘束力があることを認めたことは一度もなく、本件回答書は債務者の方針を表明したものに過ぎないとの立場を一貫して取り続けてきた。
債務者の認識としても、森脇局長及び田口室長は、いずれも、特別委員会の了承という条件が成就しない限り本件事業を進めないという意思を持っていなかった。この点、平成四年三月一三日付回答書及び本件確認書等において、本件回答書の内容に関して、これを「確約」と表現したが、単に自らの表明した方針を守るという倫理上の約束が存在すると理解していたに止まり、法的義務が生じていると認識していたものではない。なお、成文法上用いられていない「確約」という文言の内容は、一義的でない以上、本件回答書の内容について「確約」と表現したからといって、法的拘束力を有する契約であることを明示したことにはならない。
もともと、本件施設建設は、債務者がその事務としてその責任において行うものであって、基本的に他からの制約を受けるものではない(地方自治法二条三項六号、七号)。したがって、債務者の事務担当者は、本件回答書及び本件確認書による方針についてその時々の状況に対応して決定する権限を有するのであり、一旦決定し表明した方針であったとしても本件施設建設の目的に不適合で維持すべきでないと判断した場合には、これを撤回し、変更し得ることも当然である。
そして、右方針は、本件施設を必要とする期限内に完成することを至上の目的とはするものの、完成まで全地元住民団体を構成員とする自治連の了解を得て本件事業を進めるのが望ましく、地方公共団体である債務者の取るべき方針としても相当であるとの判断に基づいて表明されたものである。したがって、右期限内に本件施設を完成させるという目的を犠牲にしてまで右方針を維持できないことは自明のことである。
イ 意思表示の合致の有無
仮に、本件申入書及び本件回答書がいずれも法的な意思表示であったとしても、契約成立の要件は、契約の申込みに対する相手方の異議を留めない承諾であるところ、本件申入書をもってされた申込みに対する債務者の異議を留めない承諾はない。すなわち、本件申入書をもってなされた、「地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます」との申込みに対して、本件回答書では、回答の形式上も右申込みとそれに対する債務者側の回答とを対比させる形をとっており、内容的にも、「現地作業等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります」と右確約の申込みを承諾できない旨を明確にしているのである。したがって、右申込みに対する承諾はなく、特別委員会の本件申入書による意思表示と債務者の本件回答書による意思表示との間には、意思表示の合致がない。
当事者双方の認識としても、森脇局長は、特別委員会の了承という条件が成就しない限り本件施設建設を進めないという意思は持っておらず、特別委員会もそれを了承していた。そのために、「一切事を進めないことの確約」を求めながら、「事を進めない」という表現、表明を局長から引き出すことにこだわらず、「了承を得て進めてまいります」との要求とは異なる表明を局長から受けることを了承したのである。
ウ 本件契約(確約)の効力
仮に、本件契約(確約)が法的拘束力を有し、債務者が特別委員会の了承を得て本件事業を進める義務を負うとしても、以下のような理由で債務者には本件事業中止の義務はなく、債権者らは差止請求権を取得しないというべきである。
すなわち、本件施設建設行為の差止請求権を債権者らに取得させる旨の表示は本件回答書及び本件確認書には全く存在しない。本件回答書中、本件契約(確約)に関するのは、特別委員会の「今後、本計画については地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます。」との申入れに対する、「特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります。」との部分のみである。ところが、右部分では、「着工しない」、「工事を中止する」などの明示の文言は使用されておらず、債務者は特別委員会の同意がないときは、本件施設の工事をしない義務を負う旨の表示をしていないから、債権者らに差止請求権を取得させるものではない。したがって、仮に右表示が法的に有効な意思表示であり法的拘束力を有するとしても、「特別委員会の了承を得て工事を進めることを債務者に請求する債権」を特別委員会が取得するだけである。その不履行があった場合にも、そのため特別委員会が損害を受けたときに損害賠償請求権を取得するにとどまり、特別委員会を含む何人も債務者に本件施設建設の差止請求権を取得するものではない。
なお、本件回答書においては、「了承を得て進めてまいります」との表現がなされているが、「了承を得て進める」との文言と「了承なしには進めない」との文言とは同義ではないことに留意すべきである。すなわち、前者の場合には、進めるに当たって「了承を得る」ことを約束しているが、「了承」を得なかったときには、「了承」を得なかった事情の説明をする義務があるのか、謝るのか、損害賠償をするのか、約束の相手方が差止めを請求できるのか等につき何も定められていないのである。これに対し、後者の場合には、「了承」のないときは「進めない」という不作為を債務として負うことを明確に約定しているのであって、両者の相違は判然としている。
もし、「了承を得て進めてまいります」との契約が締結されたときに、了承を得なければ重要な作業を行なわないという債務者の不作為債務の発生を認めるとすれば、意思表示の表示内容から大きく逸脱し、当事者(本件の場合債務者)の法的安定を甚だしく損なう結果をもたらすもので失当である。
② 確約の法理
確約の法理は、行政主体が法律上の優越的地位に基づき、国民に対しての約束といえる一方的な表示的行為について一部の学者が取っている法的見解に過ぎず、否定するのが相当である。
しかも、本件の場合、債務者の本件施設建設に当たっての自治連(特別委員会)との交渉は債務者の行政主体としての優越的地位に基づくものでなく、対等の当事者同士の交渉として行われたもので、確約の法理が適用される場合ではない。さらに、森脇局長及び田口室長の発言、表明した内容は本件事業遂行に当たっての方針に過ぎず、確約の法理の適用が問題とされる一般国民(本件の場合第一債権者ら)の利害にかかわるものではない。又、仮に確約の法理を採用したとしても、その違反の場合の法律効果としては損害賠償請求権が発生するのみであり、これが本件の被保全権利たりえないことは明らかである。
(2) 効果の帰属
① 第一債権者らに対する効果の帰属
特別委員会は、自治連の交渉窓口というだけで、第一債権者らを含む市原野地区居住の各住民から契約締結の代理権を付与されておらず、自治連も、市原野地区住民を構成員とする自治会その他の団体を構成員とするため、社会的には地域住民の代表と呼ばれるが、法的には地元住民の代理人ではない。したがって、仮に本件契約(確約)が法的拘束力を有するとしても、その効果は第一債権者らに帰属しない。
市原野地区住民である第一債権者らは本件仮処分を申し立てているが、特別委員会は、専ら自治連の機関として活動しており、第三者である地域住民を受益者として本件契約(確約)を締結したものではない。また、市原野地区住民のうち約五〇〇名が平成三年一一月九日の第一回説明会に出席したことをもって地域住民全員が受益の意思を表示したとの主張は主張自体失当である。
② 債務者に対する効果の帰属
森脇局長及び田口室長は、共に債務者の代理人として本件施設の建設工事の実施を特別委員会の同意なしに行わないことを債務者に義務づける契約を締結する権限を債務者から授与されていない。したがって、仮に本件契約(確約)が法的拘束力を有するとしても、その効果は債務者に帰属しない。
(3) 本件契約(確約)の効力の消滅
① 仮に、第一債権者らと債務者との間に本件契約(確約)が有効に成立したとしても、以下の理由から本件契約(確約)の前提条件が喪失されており、その効力は消滅したというべきである。
② 債務者は、住民に本件事業の遂行について協力を要請しており、事業の各段階において本件予定地付近住民との間でできるだけ十分な協議を行うためには詳細かつ正確な資料の提供が必要であった。そして、住民に提示する資料として的確なものを債務者が把握するため、この点に関する見解を特別委員会から得る必要があった。このような目的のために、債務者が本件事業の遂行に当たり特別委員会の了承を得ることを約束したのである。
したがって、当事者の合理的意思解釈からすれば、特別委員会がこの目的に適った機能を果たす場合に限って本件契約(確約)は効力を有するのであり、特別委員会の機能がこの目的に反するようになった場合には、本件契約(確約)の効力は消滅すると解すべきである。
③ 自治連は、本件予定地付近の気象観測を独自に行った結果逆転層が観測されたところ、平成五年六月八日、自治連会長、特別委員会委員長及び特別委員会専門委員の連名で「京都市が『事前調査』で市原野は逆転層ができない安全な地域として位置付けていたことが誤りであるという重大な結果を得ました。」と結論付けた文書を新聞社へ送付した。その結果、同月一〇日付け朝刊各紙に、「市の調査は誤り」「逆転層でき煙滞留」等の見出しや、「市は『市原野地区は……逆転する層のできない安全な地域』と説明してきた」などの記事が掲載され、そのため、債務者は各方面から厳しい追及を受けるなど大きな反響が起きた。
④ このため、市原野住民の間に本件施設が甚だしい環境悪化を招くのではないかとの不安が広がるおそれがあったため、債務者としては環境アセスメントを早期に実施してその不安を解消する必要があった。また、債務者の北清掃工場が耐用年数を迎える平成九年が迫り、早期に新規ごみ焼却施設の建設工事に着手するため、環境アセスメントを早急に開始する必要があった。そこで、債務者は、平成五年六月二一日、特別委員会に環境アセスメントの実施を申し入れた。この環境アセスメントは、環境調査とその結果についての評価の二つの部分から構成され、前者は、第三者である調査専門家(本件事業においては日本気象協会)に委ねるものであり、後者は、債務者が一定のマニュアルに基づいて行うというものであった。
しかし、特別委員会は、環境アセスメントの実施に反対した。
⑤ さらに、債務者が、住民の不安を取り除くために、一年を通じた詳細で科学的な調査を行い、この結果をもとに住民と話し合うため、環境アセスメントの前段階として行う環境調査の実施を提案した。しかし、特別委員会は本件施設の必要性についての議論が尽くされていないという理由によって強硬に反対した。環境調査を実施しても本件施設の必要性の議論に何ら悪影響はないのであって、特別委員会の右行動は不合理な本件施設建設反対行動というべきものであった。
⑥ 以上のとおり、債務者としては、新聞社に対して事実に反した事項を公表した時点から特別委員会に対する不信感を抱き始め、同委員会から環境アセスメントに対する徹底した抵抗を受けるに及んで、同委員会に対して本件施設建設につき自治連の機関として債務者と適切な対応をするという窓口機能を正常に果たすことを期待することができなくなった。したがって、遅くとも債務者が環境調査の準備作業に着手した平成六年二月二日には、本件契約(確約)の効力は消滅していた。
⑦ なお、債権者らは、新規ごみ焼却施設建設の必要性等四項目につき、順番に説明会を開催し、話合いを行う旨の合意ができていたと主張するが、右主張のような順序で話し合う旨の合意がされた事実もなければ、地元住民の納得が得られなければ説明会の対象を次の項目へ進めないとの合意がされた事実もない。ましてや、環境アセスメントの実施は地域住民の不利益をもたらすものではないし、本件施設の必要性の議論や説明の途中で行ってならないとする理由はない。特別委員会の合理性を欠く行動は、同委員会は理由の如何にかかわらず、本件施設の建設を妨害しようとしていたことを明確に示したものであった。
(三) 債務者の主張に対する第一債権者らの反論
(1) 本件契約(確約)の法的拘束力がないとの主張について
① 本件回答書及び本件確認書交付の趣旨
ア 本件回答書の内容は、その客観的形式からも、特別委員会からの本件申入書について折衝を重ねた上で作成されたというその作成経緯からも、債務者の意思表示であることは明らかであり、本件申入書と対応して本件契約(確約)の効力を生じるというべきである。債務者は、契約として、一定の法的義務を債務者に負わすのであれば、当然債務不履行の場合の措置が明記されるべきである旨主張するが、右主張は、一般的な契約の実態ともかけ離れたものである。しかも、企業や行政と住民との間の環境、生活利益に関わる協定においては、損害賠償の問題ではないので、本件回答書程度の記載で十分であり、了承が得られないまま事業を進めた場合には作業の差止めを求めることができる旨の規定をわざわざ重ねて記載しなくとも、債務者に本件事業中止の法的義務が生じるというべきである。そして、了承が得られない場合にどうなるかという点についても、契約内容が文言上客観的に明確である以上、重ねて定める必要はないし、一般的にも契約においてそこまで仮定的な議論がなされることはない。
イ また、本件確認書は、債務者からの依頼を受けて特別委員会が作成して、提示した原案を債務者がほぼそのまま受け入れて作成されたものである。「再確認します」、「この確約」などの文言が使用されていることからも、その内容は、単なる方針表明としての観念の通知ではなく、意思表示というべきである。そして、本件確認書の六項も、同確認書の一部分を構成するものであり、本件回答書のうち「事前にその説明を十分に行い」との部分の意味内容を補充する約束であるから、単なる倫理上の約束ではなく、本件契約(確約)と一体として法的拘束力を有するものである。
② 債務者の認識等
債務者が、本件回答書につき、単なる決意表明をしたものではなく、法的拘束力を持つものとして認識していたことは、債務者自身の次のとおりの言動からも明らかである。そして、「確約」の用語は、「確かな約束」という通常社会的に使用される意味で使用されているものであることは明白である。
ア 債務者が平成三年一一月九日開催した第一回説明会において、特別委員会の宮下事務局長が、本件回答書に関して、「今後都市計画上のさまざまな段階について、一方的に私ども住民側の理解と納得なしには、一歩も事を進めない、そういうことを約束頂けるわけですね。そのことを明言して頂きたい。」と確認したところ、森脇局長は、「われわれとしても一方的に事を進めるという考え方をとらない。十分協議をして、了承して頂いた上で進める。」と発言し、直接の口頭確認をした。
イ 債務者は、本件回答書で、「今後、事業の各段階におきまして住民の皆さんとできる限り十分な協議を行ってまいり、特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります。」と確約したが、特別委員会の了承なく債務者が環境アセスメント等の調査費用を計上した予算案を提出した。
特別委員会は、これは当委員会と債務者との確約違反であるとして、平成四年二月二七日付申入書をもって、本件施設建設関連費目の撤回・削除を求めた。これに対し、債務者は、同年三月一三日付回答書をもって、「環境アセスメント等調査費の予算計上は、貴委員会との確約に反していません」と回答した。
ウ 債務者は、平成四年八月ころ債務者左京区選出の債務者議会議員に配布した特別委員会見解と債務者見解との対照表の中で、「4.基本姿勢に関する確約」についての「市見解」は、「確約は、事業を具体的に進めていくべき作業について、了承を求めていくことを約束したもの」であるとした。
エ 債務者は、本件回答書に関し、本件確認書一項において、「この確約の遵守に関する具体的な手立てについても、特別委員会の申入れがあったときは、検討します」と「確約」との文言を使用して確認した。
オ 債務者は、平成六年二月二日、環境調査の準備作業を実施したことにつき、「作業は建設に必要な環境影響評価(アセスメント)ではなく、住民との確約に左右されない」との債務者清掃局のコメントを発表した。
なお、仮に、森脇局長らが、本件回答書及び本件確認書の交付に当たって、内心の意思としては、特別委員会の了承という条件が成就しない限り本件施設建設を進めないという意思を持っていなかったとしても、そのような内心の意思は、裁判における債務者の主張に至るまで一切外部に表示されておらず、自治連・住民側は知る由もないから、心裡留保として有効である(民法九三条本文)。
③ 意思表示の合致
本件回答書においては、「今後、本計画については、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます」との特別委員会の要求が明記され、右要求に対する回答として、「特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い、貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります」との債務者の意思が表示されている。そして、前記のとおりの成立経過を踏まえた本件回答書は、文書形式上も内容的にも「重要な作業については事前にその説明を十分に行い、特別委員会の了承を得る」との表示された意思が合致する範囲内では、契約としてその法的効力を持つことは明らかである。
特別委員会としては、まず住民の同意なしには本件事業が遂行されないことの確約を債務者から求めることを最大の目標にしていたのである。本件回答書の内容が債務者の意思表示に当たり、特別委員会の意思表示である本件申入書との間で一部ではあるが意思の合致が認められると判断したからこそ、同回答書を承認して受領したのである。もし、債務者の主張するように、単なる方針表明としての観念の通知に過ぎないのであれば、本件回答書を承認するはずがない。
④ 「了承を得て進める」の意義
債務者は、文書上、「了承なしには進めない」との記載がある場合には、「了承」のない場合は「進めない」という不作為を債務として負うことを明確に約定しているものというべきであるが、「了承を得て進める」との記載の場合には、了承を得ないで工事を進めた場合には工事の中止義務を負わない旨主張する。
しかし、そもそも「了承を得て進める」と、「了承なしには進めない」とは事柄の裏表の問題であって意味的には同義である。「重要な作業につきましては、(中略)貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります」との記載がある場合にも、「了承なしには進めない」との記載がある場合と同様に、「特別委員会の了承」が債務者が重要な作業を進めるための条件である。「特別委員会の了承」がないまま債務者が重要な作業を進めた場合には、債務者は特別委員会に対しその中止義務を負うというべきである。
仮に、債務者が、「了承を得て進める」との文言と「了承なしには進めない」との文言とを区別して認識していたとしても、債務者は、交渉過程において自治連・住民側にそのような留保を一切示しておらず、自治連・住民側は当然同義であると認識していたのであるから、民法九三条(心裡留保)の趣旨からしても、債務者の主張は失当である。
(2) 本件契約(確約)の効力が消滅したとの主張について
① 誤った新聞報道がなされたことについては、特別委員会にも落度があった。しかしながら、これは自治連又は特別委員会が、故意に事実と異なる公表をしたというものではなく、特別委員会は、新聞社に対して訂正通知を行うなどして是正措置を講じるとともに、債務者に対しても陳謝した。したがって、新聞社に対して独自に行った気象観測の結果を送付したからといって、自治連及び特別委員会がいわれなき嫌悪感に基づいて事実上の反対運動をしたということはできない。むしろ、債務者としては、虎視眈々と環境アセスメントの実施を狙っていたところ、都合良く地元住民側に右のような落度があったため、これを奇貨として本件契約(確約)に反して環境アセスメント実施へと踏み切ったものというべきである。
② また、債務者は必要性の議論、説明の途中でアセスメントを実施してはならない合理的な理由はない旨主張するが、債務者が実施を申し入れた環境アセスメントは、事業の必要性の検討(事業を実施しないという代替案との比較検討)や複数の候補地との条件の比較検討などを予測評価の対象とする「計画アセスメント」ではなく、本件施設の建設を行うことを前提とした上で、その環境影響を調査・予測・評価しようとするいわゆる「事業アセスメント」であった。
そして、債務者からこのアセスメントの申出がなされた時点では、「問題を絞って納得いくまで話し合う」とした本件契約(確約)に基づき話合いが予定されていた四つの項目のうち、新規ごみ焼却施設の必要性についての説明・議論が途中であって、本件施設の立地選定過程についての説明や話合いは何らなされていない段階であった。このような段階での環境アセスメントの申入れは本件契約(確約)に反するのみならず、その実施を性急に要求する債務者の態度に照らし、これが実行されてしまえば、必要性、立地選定過程について納得いくまで話し合うことがされないまま、本件施設の建設が進められる危険性があった。
しかも、右必要性に合理性がないことが判明した場合には、市原野地区において環境アセスメントを実施する必要もないことになるのであるから、その実施につき特別委員会が同意しなかったことには、十分な合理性があったのである。右のような状況で環境アセスメントの実施に反対したことをもって、特別委員会が事実上建設反対の立場で運動したなどということはできない。
③ この点、債務者は、特別委員会に対して、途中から従来の「環境アセスメント」との文言を「環境調査」と言い換えて、その実施を申し入れてきたが、債務者のいう「環境調査」と「環境アセスメントのための現地調査」との違いは極めて曖昧である。しかも、債務者は右のとおり本件契約(確約)に反して本件施設の必要性に関する説明会を途中で打ち切ったのであり、このような状況においては、「環境調査」の結果を特別委員会の了承なしに環境アセスメントに利用するおそれもあったというほかはない。したがって、特別委員会が本件契約(確約)の履行を求めて「環境調査」の申入れに応じなかったことを捉えて、特別委員会が債務者との話合いを拒否したとか、事実上建設反対の立場で運動したなどということはできない。
④ なお、特別委員会は、終始、本件事業に関する賛成・反対の態度を留保し、債務者の立ち後れた清掃行政の問題点を科学的に解明しその転換を求めるとともに、ごみ減量化等を実現する観点から、各種の建設的な提言をするなどしてきた。そして、特別委員会は、環境アセスメントについても、それ自体を頭から頑なに拒否したわけではなく、債務者に対する平成五年八月二日付抗議文の中で、「現時点での論議の焦点は工場の必要性であり、これにつき納得できる説明を受けていない現段階で、ごみ焼却場の建設を既定の前提とする事業アセスを受け入れることができないのは明らかであろう」とした上で、「もし仮に現段階において何らかの環境アセスを実施しようとするなら、複数の候補地を挙げ、住民参加の下に客観的・科学的な『計画アセス』を行うべきである」と提言した。
債務者が強硬に環境調査の実施を申し入れてきた際にも、債務者と地元との議論の膠着状態を打開するために、環境アセスメント実施に関する対案を提示し、合意点を見出すべく、この提案につき債務者と特別委員会とで論議することを提案するなどした。これに対し、自らの建設スケジュールを実現するために、本件契約(確約)に違反して特別委員会との話し合いを打ち切り、環境調査準備作業に突入したのは債務者自身である。特別委員会が債務者の説明を受けるのを理由もなくすべて拒否したというような経過は全くない。
⑤ また、債務者は、特別委員会が、建設スケジュールの関係上是非とも着手しなければならない環境調査にあくまで反対したとして、同委員会が反対運動を行っていた旨主張する。しかしながら、債務者が内部的に建設スケジュールを決定していたとしても、債務者は、それを承知の上で、本件回答書で「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業について特別委員会の了承を得る」ことを約束し、さらに、本件確認書でもこれを確認した上で、「問題を絞って納得いくまで話し合い、回数を重ねたからといって一方的に事を進めることはしない」ことを約束したのである。したがって、債務者の考える建設のタイムリミットが来たならば、不十分な状態で話合いを打ち切り、特別委員会の了承を得ることなく本件施設の建設工事を遂行して良いということにはならないのである。
2 人格権、環境権等に基づく差止請求権の有無
(一) 債権者らの主張
(1) 被害発生の蓋然性
本件施設の建設工事及び稼働により、債権者らは次のとおり重大かつ回復困難な被害を受ける。
① 大気汚染
ア 総論
本件施設が稼働されると、当初一日六〇〇トン、最大一日七〇〇トンのごみが焼却されることにより、以下のとおり、ダイオキシン類、いおう酸化物、窒素酸化物、塩化水素及びばいじん等様々な有害物質を含む多量の排ガスが煙突から大気に放出される。また、本件施設建設中は工事用車両が、稼働開始後はごみ搬入車両が、大量に走行するため、市原野地区のみならず、加茂街道、雲ケ畑街道周辺地区など本件施設周辺に、多量の排ガスが排出される。
イ ダイオキシン類
ⅰ 定義等
ダイオキシンとは、ポリ塩化ジベンゾ―パラ―ジオキシン(PCDDs)の略称で、多数の塩素が置換した二つのベンゼン環が酸素二個で結合された化合物の総称である。七五種類の異性体があるが、特に、2・3・7・8―四塩化ジベンゾ―パラ―ジオキシン(以下、「2・3・7・8―TCDD」という。)は猛毒で人工物質の中で史上最強の有害物質とされている。
また、ポリ塩化ジベンゾ―パラ―ジオキシン、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)及びコプラナーPCBの三種類が、ダイオキシン類と呼ばれている。ポリ塩化ジベンゾフランは、多数の塩素が置換した二つのベンゼン環が一個の酸素で結合された化合物の総称であり、一三五種類の異性体がある。コプラナーPCBは、PCB(ポリ塩化ビフェニル)の異性体の一つで、PCB構造上のオルト位の置換塩素を有しない偏平構造を持つものであるが、生体作用がダイオキシンに近いため、ダイオキシン類に分類されている。コプラナーPCBは、2・3・7・8―TCDDに比べて毒性は一〇分の一から一〇万分の一であるが、人体の汚染の目安となる母乳濃度が大阪では世界で最も高いレベルになるなど環境中に多量に存在するため、我が国では、緊急の削減対策が必要である。
ダイオキシン類の発生原因は、紙パルプ工場・再生紙工場の漂白工程等に由来するもの、農薬に含まれるもののほか、塩化ビニールなどの有機塩素系樹脂を含むプラスチック製品等の燃焼も含まれる。そのため、ごみ焼却施設は、ダイオキシン類の主要な発生源となっている。
ⅱ 物理的性質
ダイオキシン類の物理的性質は、以下のとおりであり、環境中でも極めて安定した化合物、即ち難分解性の環境汚染化学物質である。そのため、一旦生成されると分解されることなく、大気、土壌等の環境中に蓄積し、あるいは体内に蓄積することにより、毒性を発揮することとなる。
a 融点が196.5ないし四八五度と高く高温でないと液化しない一方、水溶解性は0.4ないし一〇三〇ng/l(一リットルの水に一〇億分の0.4ないし一〇三〇グラムが溶ける)でほとんど水に溶けない。
b 常温では気体になって蒸発する量は極めて少ない。
c 熱にも強く、2・3・7・8―TCDDは七五〇度以上にならないと分解しない。また、酸や常温のアルカリにも分解されにくい。
d ダイオキシン類は微生物でほとんど生分解されない。環境中では主に光で分解されるが、その分解速度は遅く、2・3・7・8―TCDDの半減期は土壌中で一〇年ないし一二年とされている。
e 水にはほとんど溶けないが脂肪にはよく溶けるので、体内では脂肪組織に蓄積されやすい。そして、半数が体外に排泄されるのに四年ないし一一年もかかるので、年齢とともに体内蓄積量が増える。
ⅲ 毒性
ダイオキシン類には、青酸カリの約一〇〇〇倍に当たる急性毒性のほか、発がん性、精子の減少、子宮内膜症、催奇形性等の生殖毒性、免疫毒性、体重減少、造血機能低下、タンパク合成や脂質代謝機能の低下、肝臓障害、ホルモン攪乱障害等の慢性毒性があるのであって、正に史上最強の人工毒物というべきである。
ダイオキシン類について、人体実験が実施された例はないものの、事故等で人類がダイオキシン類に暴露し、深刻な結果が生じた例は多数ある。たとえば、ベトナム戦争の際米軍によって散布された枯葉剤(除草剤)に含まれていた2・3・7・8―TCDDにより生じた、先天奇形(無脳症、手足の奇形、二重胎児、目などの感覚器官の奇形、口蓋裂等)、死産、流産、胞状奇胎、新生児死亡などの生殖障害等の被害、イタリア北部の化学工場のプラント暴走事故により発生した2・3・7・8―TCDDが、周辺の町を汚染した結果生じた、塩素ざそう(クロルアクネ)、自然流産、肝機能低下、死亡率の増加等の被害(いわゆるセベソ事故)、台湾においてポリ塩化ジベンゾフラン等を含んだ食用油を食べた人の子供に生じた、免疫作用の低下、知能障害等の被害(いわゆる台湾の油症事件)等が挙げられる。
ウ いおう酸化物
いおう酸化物はごみ中に含まれているいおう分が燃えたり、水分が多くて自らは燃えないようなごみの場合に助燃材(重油)を添加することにより発生する。
いおう酸化物は、人間の体内に吸収されると体内の水分と反応して硫酸や亜硫酸となり、呼吸器系の粘膜に作用して気道や肺を冒し、慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫を引き起こし、更に進行すると呼吸困難になる。
エ 窒素酸化物
窒素酸化物は、ごみ焼却施設においては高温の炉内において窒素と酸素が化合して発生するものであるが、炉内の温度が高温になればなるほど多量に発生する。
窒素酸化物は、体内に吸収されると、気管支を冒し、気管支炎、喘息、呼吸不全等を引き起こし、また発癌物質として癌の発生を高める作用も有する。さらに、窒素酸化物は、光化学スモッグの原因ともなり人間の目や呼吸器などに障害を引き起こす。
オ 塩化水素
塩化水素は、ごみ中に含まれるプラスチック、特に塩化ビニールが燃えたり食塩が燃えたりすることによって発生する。塩化水素は炉内温度が低温で燃焼すると発生しやすくなる。
塩化水素は極めて毒性が強く、水に溶けると塩酸となり、人体に吸収されると咽喉、鼻、気管支、肺胞等の粘膜に刺激性の影響を与え、呼吸器疾患を引き起こす。
カ ばいじん等
ばいじん(浮遊粒子状物質)とは、空気中に浮遊する微細な粒子の総称でその粒径が一〇ミクロン以下のものをいう。一〇ミクロン以下の粒子は気道や肺胞に付着し、じん肺等の障害を引き起こす。ごみを焼却する際において、ごみが不完全燃焼したり、ごみ中に不燃物質を含有している場合にばいじんが発生する。
ばいじんが肺胞に蓄積されると、じん肺となり、息切れ、喘息、心臓障害等の障害が生じる。また、ごみ焼却施設から発生するばいじんの中には重金属(銅、鉛、六価クロム、水銀等)や、ダイオキシン類、PCBなどの有害物質が含まれており、これらの物質の人体に対する影響も大きい。
キ 水銀
水銀には、水俣病の直接の原因となった非常に毒性の強い有機水銀であるメチル水銀と無機水銀とがある。無機水銀は、乾電池や体温計、蛍光灯に含まれている水銀がごみと一緒に焼却されるときに蒸気となって発生する。そして、無機水銀は、都市下水や工場排水と反応してメチル水銀となったり、微生物に取り込まれてメチル水銀となり、それが食物連鎖で人体に吸収されることになる。
無機水銀は人間の中枢神経に障害を与え、頭痛、不眠、興奮等の症状を呈し、有機水銀となると、言語障害、歩行障害、知能発育阻害、知覚障害、脳性小児麻痺等のいわゆる水俣病の症状を呈する。債務者は、乾電池や体温計、蛍光灯などにつき十分な分別収集を行っていないので、本件施設周辺住民がこれら水銀汚染の被害を受ける可能性がある。
ク カドミウム等
カドミウムは、電気メッキ、顔料、電池の素材など用途が広く、ごみ焼却施設でカドミウムを使用した製品が燃焼されると、カドミウム及びその化合物がばい煙突として排出される。
人間がカドミウムを一定量以上継続的に摂取すると、カドミウムが腎臓に蓄積されて腎尿細管が傷つけられ、その結果腎尿細管の再吸収機能が阻害されてカルシウム等が尿とともに体外に排出されるようになり腎性骨軟化症に陥る。これはイタイイタイ病の症状であるが、症状が進行すれば、呼吸したり笑うだけでも局所に痛みを覚え、苦痛のために食欲が極度に減退し、衰弱しきって死亡に至る。債務者は、カドミウムを使用した製品について十分な分別収集を行っていないので、本件施設の周辺住民がこれらカドミウム汚染の被害を受ける可能性がある。
なお、カドミウムのほか、周辺住民が鉛や砒素による被害を受ける可能性もある。
ケ 複合汚染、酸性雨
右に述べた各物質が相互に影響しあい、予想外の被害の生じる危険性がある。本件予定地周辺は、大変霧の発生しやすい土地であり、本件施設から排出される塩化水素、いおう酸化物、窒素酸化物が水と反応して酸となり、本件施設周辺に、酸性雨や酸性霧として降り注ぎ、喘息などの人体被害や鞍馬山、貴船などの森林の枯死をもたらす可能性がある。
コ 逆転層による影響
さらに、本件予定地周辺においては、逆転層により、債権者らが右の有害物質による高濃度汚染にさらされる危険性が高い。すなわち、本件予定地は、すぐ北に標高四二八メートルの向山、南西側には標高三〇二メートルの神山、東側を標高二五〇メートル前後の尾根に囲まれた谷間にある盆地地形であるが、盆地では、逆転層が生じやすい。一般に高度を増すにつれて気温は下降し一〇〇メートルにつき約一度下がるところ、これよりも気温の下降度合いが小さくなると大気は安定しているといい、上層が下層より温度が高い状態の大気を逆転層という。盆地では特に、よく晴れた冬の夕方から明け方にかけて地表面が冷却されてできる接地逆転と、夜間、山沿いに下降した冷気が盆地や谷間に溜まってできる地形性逆転が起こりやすい。そして、逆転層が生じると上空に蓋をしたのと同じ状態になり、煙(排ガス)の拡散が抑制される。そして、日の出と共に上空、に溜まった高濃度に汚染された大気が、逆転層の崩壊により地表面に降りてくる(この現象をフュミゲーションという。)ので、高濃度汚染の危険が高まるのである。
実際に、債権者らは、平成六年一二月から、本件施設周辺で、係留気球を上げて市原地区の逆転層の観測を続けたが、本件施設の煙突の予定高一〇〇メートルから上空に一〇〇メートルまでの範囲に限っても、逆転層が一か月に半数以上の日に発生した月もあり、その発生頻度は極めて高く、また、逆転層と地表面との温度差が摂氏一〇度に及ぶ強い逆転層も観測された(以下「本件地元観測」という。)。
また、本件予定地周辺は向山頂上が煙突頂部よりも更に一三〇メートル上にあるのをはじめ、煙突の予定高よりも高い山が近くに存在する複雑地形に該当する。複雑地形では大気は地形の影響を受けて複雑な動きをみせ、局地性の風が吹くことにより、汚染物質が拡散せず本件施設周辺に局地的な汚染が生じるおそれがある。
さらに、本件施設の南西側に神山があるが、北風が神山の山頂から平地に向かって吹きおろす風となり、この風に排気ガスが巻き込まれ、煙が上空に拡散せずに高濃度汚染が生じる(この現象をダウンドラフトという。)可能性や、風が強いときには煙が煙突の下流側に発生する渦に巻き込まれて下降して高濃度汚染が生じる(この現象をダウンウォッシュという。)蓋然性も高い。
② 土壌汚染・水質汚染
大気に前記①記載の有害物質が放出されることにより、この有害物質が土壌に付着して本件施設周辺の土壌が汚染される蓋然性がある。また、大気中の有害物質が河川に落下し、あるいは土壌が汚染されることにより地下水も汚染され、これらによって更に河川ないし地下水の水質が汚染される蓋然性がある。
③ 悪臭
本件施設の建設・稼働に伴い、生ごみの腐敗、ごみを焼却した煙等、ごみを集積するごみピット、焼却の際生じる排ガスなどから悪臭が発生するほか、ごみ搬入車両から落下した生ごみ等からの汚水等が搬入経路の道路に染みつくことなどによっても、悪臭が生じる。
悪臭による被害は、悪臭を吸い込むことによる頭痛、めまい、吐き気等の健康被害ほか、精神的な被害も無視できず、その結果、債権者らの生活環境の悪化を来たすことは明らかである。ことに、本件予定地周辺は、前記①コ記載のとおり、高い山に囲まれた複雑地形であり、強い逆転層が頻繁に出現することから、悪臭が盆地にこもって拡散しない可能性が高い。また、ダウンドラフト、フュミゲーションなどによって、局所的に悪臭が高濃度となって滞留する可能性が極めて高いため、住民の生活環境の悪化及び健康被害を引き起こす可能性が高い。
④ 騒音・振動
騒音・振動は、人の睡眠を妨害し、会話を妨げ、思考を中断し、テレビ等の視聴を妨げ、家族の団欒を奪い、人をイライラさせる等して、人の平穏な生活を妨害するだけでなく、耳なり、頭痛、貧血、目まい、鼻血、動悸息切れ、血圧変調、疲労感の残存、自律神経失調等の原因となり、心身に異常を来すなどの被害をもたらす。
本件予定地は、現在山林であり静謐な地域であるが、住宅地が接近しているので、本件施設の建設・稼働に伴い騒音・振動問題が深刻となることが予想される。
建設工事中の工事用車両、本件施設稼働後のごみ搬出入車両の走行によって生じる騒音・振動の被害も大きい。本件施設の建設開始前から、本件予定地へ通じる鞍馬街道は「ダンプ街道」と言われるように多くのダンプが行き来しており、本件準備書においても、すべての地点で騒音規制法に基づく環境基準を上回る時間区分があることなどが報告されているところである。しかし、債務者は、沿道住民の家屋被害の防止のための調査や必要な措置を一切とることなく本件施設建設工事を開始したため、既に沿道住民に対して関係車両の騒音・振動による著しい被害が生じている。また、本件施設が稼働を開始すれば、騒音・振動による被害が、本件準備書で予測された数値を上回って顕在化することは確実である。
⑤ 交通渋滞・交通事故
債務者の計画によっても、工事用車両については、ピーク時で、加茂街道・雲ヶ畑街道・市原バイパスを結ぶルートを一日当たり往復二四〇台が、ごみ搬出入車両については、雲ヶ畑街道及び鞍馬街道を当初稼働時で往復八八〇台、最大稼働時で往復一〇七〇台がそれぞれ走行する予定である。
右各道路には、道路の幅員が狭小で車両のすれ違いが不可能又は困難な場所が数か所あるし、本件施設建設工事開始前においても交通量は多い。その上、更に工事用車両、ごみ搬出入車両が走行することによって、交通量が一層増加すれば、交通渋滞が悪化するのみならず、右各道路周辺に存在する小、中学校に通学する生徒等が交通事故に遭う危険性も増加する。しかも、債務者の右計画ごみ搬出入車両台数は、一日のごみ搬入量を六〇〇トン、一台の車両(二トン積み)のごみ積載量を1.5トンとして計算されているが、発泡スチロールやペットボトルなどかさばるごみが増えている現状から考えると、二トン積みごみ搬入車の実際の積載量は約一トン程度になると予測される。そうすると、実際には車の台数は更に増加すると考えられるため、交通事故・交通渋滞の危険性は一層増加するものというべきである。
⑥ 自然環境・景観の破壊等
向山の中腹に当たる本件建設予定地周辺は、京都の中でも自然的景観の特に優れた地域である。そこで、現存の風致を維持するために、都市計画法、京都市風致地区条例による風致地区第一種地域に指定されるとともに、新京都市基本計画によって自然・歴史的景観保全地域に位置付けられ、新京都市環境管理計画によって「豊かな緑を保全する地域」に位置付けられている。また、本件地域の南西側にある神山周辺地域も、歴史的風土保存区域として古都における歴史的風土の保存が図られているところである。
ところが、債務者の本件事業計画に従えば、向山の中腹が約五ヘクタールにわたり造成工事が施された上、造成された平坦地上に高さ約四〇メートルもの工場棟、地上約一〇〇メートルもの煙突などが建設されるのであって、本件予定地周辺の自然環境・景観は、著しく破壊される。さらに、一日一〇〇〇台以上のごみ搬出入車両が、排ガスを撒き散らしながら周辺道路を走行すること自体も、自然環境及び景観破壊の大きな要因の一つとなり得る。
また、本件施設の建設・稼働による動植物への影響も著しい。本件準備書によっても、本件予定地周辺においては、「日本の絶滅のおそれにある野生生物」(環境庁編)において「緊急に保護を要する動植物の種」の「地域個体群」とされているニホンリス、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」で「希少野生動植物種」に指定され、かつ右「日本の絶滅のおそれにある野生生物」において「緊急に保護を要する動植物の種の危急種」とされているオオタカ及び右「日本の絶滅のおそれにある野生生物」において「緊急に保護を要する動植物の種の希少種」とされているハチクマ、ハイタカ等の希少動物を含む多数の動物の生息が確認されたとしている。また、同様に環境庁が国立・国定公園特別地域内指定植物と指定しているイワナシ、センブリ、シュンラン、ササユリ、ショウジョウバカマ等の貴重植物の生育も確認されたとしている。しかしながら、本件施設及びごみ搬出入車両による排ガス、騒音等がこれらの動植物及び生態系に多大な影響を与えることが予想される。
(2) 本件施設の必要性
① 既存の施設による焼却処理の可能性
現在のように公共施設が多く存在し、一定の社会的役割を担っている状態において、更に同様の公共施設を建設するに当たっては、その施設建設に伴う種々の弊害を考慮して、できるだけ建設せずに済むように、施設に対する需要自体を調整するための最大の努力を払った上で、施設建設を検討するDSM(Demand Side Management)、すなわち、「需要側の調整」が近時強調されるようになってきている。これは、道路建設等の交通需要においては、既に施策として実施されているところである。本件施設の建設に当たっても、ダイオキシン等の発生や、本件予定地周辺における特殊な気候条件による健康被害の発生など多くの弊害の発生が極めて強く懸念される以上、ごみ焼却施設の需要、すなわち、ごみ焼却量を減らすための最大限の努力及び本件施設建設以外の方法をすべて検討する必要がある。
債務者が、平成一一年六月に策定した「新京都市一般廃棄物(ごみ)処理基本計画」(以下「新基本計画」という。)によれば、債務者が処理する一般廃棄物(ごみ)の量は、平成二二年度には、年間六六万一〇〇〇トン[うち、焼却量六一万五〇〇〇トン(一日当たり一六八五トン)、直接埋立量四万六〇〇〇トン]とすることを定めている。これは、平成九年度の債務者のごみ処理量である年間七七万七七九〇トン[うち、焼却量七三万〇七九七トン(一日当たり二〇〇二トン)、直接埋立量四万六九九三トン]から一五パーセントを削減したものである。
そして、仮に、次の三項目の想定をすれば、平成一七年度から一九年度までは、合計二四〇〇トンの焼却能力を有するのであって、焼却施設の稼働率を考慮しても、本件施設以外の既存焼却施設による焼却能力が必要施設規模を上回ることになる。
ⅰ 平成二二年度における債務者のごみ焼却量につき、平成九年度の債務者のごみ焼却量である一日当たり二〇〇二トンから一五パーセント削減した一日当たり一七〇二トンとする。
ⅱ 平成九年度から二二年度まで同じ割合すなわち一年につき約二三トンの割合で一日当たりの焼却ごみ量が減少していくとする。
ⅲ 債務者が平成六年四月策定の「一般廃棄物(ごみ)処理基本計画」(以下「旧基本計画」という。)の下で計画したごみ焼却施設の整備計画どおり、西清掃工場を平成一七年度まで、南第二清掃工場を平成一九年度までそれぞれ稼働し、北清掃工場を建替えの上平成一八年度から六〇〇トンの焼却能力で稼働する。
右のように想定すると、平成一三年度から一六年度までの四年間、必要施設規模が既存施設の焼却能力を超過することになるが、この超過規模はほとんど誤差の範囲に過ぎない。一方、この四年間のためだけに三〇年もの耐用年数を持つごみ焼却施設を新設することは、財政的に見ても浪費である。このような短期間の焼却能力の不足は、他の手段によって解決すべき問題であって、行政の取組みを通じて、市民や事業者にもごみ問題への関心を呼び起こし、ごみの減量・リサイクルへの努力を促すべきである。
具体的には、以下のとおりの対策をとれば、本件施設を建設しないでも、債務者においてごみ焼却施設の焼却能力の不足は生じない。
ア ごみの減量及びリサイクルのための施策の実施
平成六年度に策定された旧基本計画では、平成七年六月成立の容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律(いわゆる容器包装リサイクル法)は全く考慮されていなかった。同法は、空き缶、空きびん、ペットボトル等の包装容器のほか、平成一二年度からは、その他紙、その他プラスチックと呼ばれる包装容器について、市町村が分別収集を実施したならば、業者に引取義務が生じるという形で、比較的強力なリサイクルシステムの構築を目指したものである。特に、その他紙、その他プラスチックと呼ばれる包装容器については、一般に空き瓶や空き缶、ペットボトルに比較して、更に大量のものとなるため、同年度からこれらの分別収集が導入されるならば、ごみの大幅な減量化につながると期待されている。債務者においては、現在、空き缶、空き瓶、ペットボトルの収集は行っているものの、その他紙、その他プラスチックにまで収集の範囲が及ぶかどうかは現在のところ未定のようである。しかし、債務者はこうした施策を活用して更なる減量化に取り組むべきであり、こうした施策に取り組んだならば、当然大幅なごみの減量化が可能になるはずである。
なお、債務者は、現在他都市で行われている空き缶以外の金属類、ダンボール、古着・布類等の分別収集を行ってはおらず、平成一三年度までにも行う予定は全くない。債務者は、これらは市民による集団回収の対象となっていることから特段施策は考えていなかったようであるが、現在市民による集団回収がなされているとしても、更に行政としてこれを支援する等して、更に回収率を上げるための施策を当然盛り込むべきなのであり、これでは行政としての責任を全うしたとは到底いえない。この点、本件予定地周辺の市原野地区においては、自主的にごみ減量化に取り組んだ結果、資源化率として41.8パーセントもの再資源化を達成し、かなり大幅な減量化となっている。このことからも、市民が真剣に取り組んだ場合には、ごみの大幅な減量化を達成することは十分に可能であり、そうした市民による減量化の取組みを引き出すのが、まさに行政の責任なのである。これは、債務者が、本当に真摯に減量化に取り組む決意をもって、あらゆる施策を実施すれば、大幅なごみ減量化を達成することが十分可能であることを示している。
また、債務者は、新基本計画では、年間の平均減量率につき1.25パーセントと予測しているが、たとえば名古屋市では二年間で二〇パーセントの減量を目標としているのであって、これに比べてかなり目標が低い。もし、債務者が、強い指導力を発揮し、本気でごみの減量に取り組めば、より大きな減量が可能であって、平成一三年度から一六年度の間にごみ焼却施設の焼却能力不足も生じない。
イ 事業系ごみの減量化
本来、事業系ごみは、一般廃棄物として取り扱うには適していないものであり、産業廃棄物と同様、事業者の責務において処理すべき性質のものである。したがって、自治体としては、事業系ごみの中間処理を受け入れるとしても、それに要する費用は事業者に負担させてしかるべきものであるが、現実には、引取料金は極めて低額に押さえられているのが現状である。この点、たとえば東京都においては、事業系ごみの引取料金をそれまでよりも更に高額に設定することで廃棄物の減量を達成している。このことに照らすと、債務者においても、同様の施策を行うことは直ちに可能なはずであり、かつ、その減量効果は大きいのであるから、早急に同様の施策を行うべきである。
ウ 焼却炉の入替え・広域連携
本件施設は、実に七二四億円という極めて高額な予算を要する施設であり、五〇〇億円を超える財源不足の状況にある債務者においてこれだけの予算を計上して建設するのは、本来それ自体無謀なことである。仮にごみ発生量が現有の焼却施設の焼却能力を多少超える事態となったとしても、それに対処する手段は、右のような無謀ともいえる予算の下で本件施設を建設する以外にもいくらでも考えられるのである。
近時、焼却炉の寿命は五〇年以上あることに着目して、焼却炉が二炉ある場合に、建物は今までの物を使用し、一炉を運転しながら他の炉を解体・更新する方式が考案されており、現実に、東京都は、練馬清掃工場につき、焼却炉の取替えにより対応し、今後も基本的には炉の取替えにより対応していくことを予定している(以下「練馬方式」という。)。練馬方式の利点は、ごみ焼却施設全体を建て替えるのではなく、焼却炉の取替えという方法で対応することにより、施設全体の稼働を停止する必要がないこと、工期も短くて済むこと、工事費用を低額に押さえることができることなどにある。もし、債務者の北清掃工場についても、練馬方式によって対応すれば、四〇〇トン全部の焼却能力の喪失も防止することができ、北清掃工場の建替えにかかる経費を節減することも可能であり、さらには、七二四億円という巨額な予算を要する本件施設建設の必要性もなくなるのである。
また、一つの自治体で処理しきれないごみについて、近隣自治体と広域的な連携を図って処理に当たるということは、古くから厚生省が指導してきた手法である。北清掃工場の建替え等により、一時的に焼却能力に不足を生じたとしても、債務者の近隣自治体と連携を図ることによって、一時的な能力不足を補うことは当然にあり得ることであり、検討されなければならないことである。
② 債務者の責任を市民へ転嫁することの不当性
ア 近時、廃棄物処理問題は、世界的に、単に排出された廃棄物をどうやって処理するかという点から、生産・流通段階にまで遡った廃棄物の発生の抑制、リサイクルを通じての廃棄物の排出の抑制等をどのように行うかという点へと力点の転換がなされ、「経済成長優先」から「地球環境保護」を視野に据えた「持続可能な発達(Sustainable Development)」重視へと転換されるべきものとされている。
イ 我が国内においても、焼却主義からリサイクル主義へと転換が図られている。すなわち、平成二年一二月、生活環境審議会が、厚生大臣に対して、生産、流通段階に遡った廃棄物の発生抑制、減量化の必要性を明確に指摘した「今後の廃棄物対策の在り方について」と題する答申をした。これを受けて、平成三年一〇月、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(いわゆる廃棄物処理法)が大幅に改正されて、廃棄物の排出抑制、廃棄物の適正な分別、保管、収集、再生等を目的とする旨が明記され、国民、事業者、国及び地方公共団体の責務が定められるとともに、資源の有効な利用の確保と廃棄物の発生抑制及び環境保全を目的とした再生資源の利用の促進に関する法律(いわゆるリサイクル法)が制定された。
ウ 平成四年五月には、生活環境審議会廃棄物処理部会廃棄物減量化再生利用専門委員会により、廃棄物全体の発生量の絶対量を減少させ、昭和六三年度程度の発生量とすることを目標とすること、そのための具体的施策として、ⅰ 事業系一般廃棄物の処理について、手数料を徴収して、事業者に対し減量化に対する経済的インセンティブを与え、ⅱ 包装廃棄物について、製造・流通業者の責任において回収・再生利用する体制を整備し、ⅲ 市町村において分別収集を積極的に導入するなどすべきである旨を提言した「ごみの減量化・再生利用対策の推進について」と題する報告がされた。
エ 厚生省は、右報告を受けて、平成五年三月、各地方自治体に対し、ごみ処理基本計画を策定するに当たっては、右報告に記載されたごみ減量化の目標率を重視すべきことを指針として示した。さらに、平成七年六月には、家庭系一般廃棄物の大部分を占める包装廃棄物につき、分別収集を行い、再商品化を図ることを目的として、容器包装リサイクル法が制定された。同法においては、市町村において包装廃棄物の分別収集を徹底すべき責務、市町村が収集した包装廃棄物につき、特定容器利用事業者等において一定量の再商品化を行う義務などが定められた。この法律は、分別収集が包装廃棄物の再生利用にとって必要不可欠な前提であることから、市町村に対して分別収集の責務の完全な遂行を強く要請した。平成八年、第八次廃棄物処理施設整備計画(いわゆるリサイクル・ゴーゴー計画)を策定し、廃棄物の発生抑制のため、国民一人当たりのごみ排出量の伸び率を年間0.5パーセントとし、リサイクルの推進のため、廃棄物の発生予測量に対する資源化率を一五パーセントとする目標値を設定した。
オ このような、政府の方針、社会の流れを受けて、債務者が、本件施設の建設計画が公表された平成三年から、事業者、市民等の協力を得て、全力でごみの発生抑制、リサイクル等に取り組んでいれば、本件施設を建設しなくても、北清掃工場を建て替えることができたはずである。そうすれば、既存施設だけで焼却処理をまかなうことができ、本件施設を建設する必要もなかったはずである。
カ しかし、債務者は、ごみの減量、排出抑制、分別、リサイクル等に積極的に取り組むことを怠り、政府の方針、潮流に逆行して、「ごみは焼却するのが最も衛生的な処理方法であり、また、内陸都市である債務者においては、最終処分場の延命のため、最も減容化につながる焼却に依存せざるをえない。」として、ごみの焼却と埋立てを清掃行政の主軸とした全量焼却体制を変更しなかった。旧基本計画策定の際も、一人当たりのごみ排出量及び人口の予測値を過剰に見積もり、いわばごみ発生予測量を大幅に水増しした上、ごみの発生抑制及び再資源化による減量目標を平成一三年度において14.1パーセントと政府の掲げる目標値や他都市の目標値と比べて過少に見積もり、債務者におけるごみ焼却工場の整備計画を立ててきたのである。右のような債務者自身の懈怠の責任を転嫁して、本件施設を建設・稼働することにより、債権者らに対して重大かつ回復の困難な被害を生ぜしめ、巨額の建築費のかかる本件施設を建設して債権者らを含む市民に対して大きな経済的負担を負わせることは、著しく不当であるというべきである。
③ 公共工事の見直しのあり方
ア 債務者は、一旦本件事業に着手した以上、後にその事業を進める必要性がなくなった場合にも、工事を中止するなど見直す必要はないとの態度を終始とってきた。しかし、このような硬直した態度は、「行政は間違わない」という誤ったドグマに基づくものであって、時代の変化に逆行するものである。
イ アメリカ合衆国においては、既に、連邦議会により多くの公共事業計画が中止され、あるいは既に建設されたダム等の設備が撤去されるなどしており、また、水資源開発法に、過去に一旦承認を受けたダム建設計画であっても、一定期間経過しても予算が付かない場合には、自動的に過去の事業承認を取り消すという条項(いわゆるサンセット条項)が設けられるなどしているところである。
ウ 我が国においても、橋本龍太郎首相(当時)が、平成九年一二月五日、各公共事業担当閣僚に対して、事業採択後五年間(ダムなどは一〇年間)が経過した公共事業については、事業の進捗状況、事業をめぐる経済社会状況の変化、採択時の費用効果分析の要因の変化、コスト縮減の新たな取組みや代替案などを基準にその見直しを行う「再評価システム」の導入を指示した。そして、これに基づき、建設省、農林水産省、運輸省などは、平成一〇年三月末までに独自の再評価システムを決定し、たとえば建設省は、平成七年七月一四日、全国から一一のダム等の事業を選び「ダム等事業審議委員会」を設置して見直し作業を開始し、これとは別に、平成九年八月、全国一八件のダム等建設事業の中止・休止を発表した。
エ 各地方自治体においても、公共事業の総合的な見直しのシステムを必要とする声が高まり、北海道、三重県、奈良県、岡山県、鳥取県、香川県、高知県等でその取組みが進んでいる。特に、北海道は、平成九年一月から「時のアセスメント(時代の変化をふまえた施策の再評価)」を開始し、このような自治体の動きの先鞭をつけ、必要性、妥当性、優先性、効果、住民意識、代替性等の観点から施策の再評価を行ってきた。そして、同年、「道民の森」民活事業を中止、苫小牧東部地区第一工業用水事業を凍結することを決定し、白老ダム及びトマムダムについても中止の方向で検討している。さらに、平成一一年三月一七日、道道士幌然別湖線の整備事業が中止されるに至った。同事業は、全長21.6キロのうち2.7キロの未着工区間を残すのみであったが、ナキウサギ等の生息地保全など自然・景観への打撃があるとして中止に至ったものであり、既に事業費二三億円が投じられて完成間近の事業を再評価の結果中止したことは注目すべきである。
オ 本件施設についても、仮に当初の建設計画段階ではその稼働が必要であったとしても、現在、新基本計画のごみ減量目標値に照らせば前記①記載のとおり、本件施設を稼働しなくても既存施設だけで焼却能力の不足は生じないのであるから、建築計画を見直した上中止すべきである。なお、債務者自身にも、工事途中で計画を凍結した実績がある。すなわち、債務者は、昭和五五年、京都市左京区大原大見町の一二八ヘクタールに広域公園を建設しこれに至る道路を整備すべく、総工費二四〇億円の「京都市北部周辺地域整備構想」及び拠点(大見地区)整備基本計画を公表し、昭和五六年、道路工事に着手した。しかし、自然破壊、交通公害の発生、安曇川の水質への悪影響、計画そのものの必要性がないことなどを理由に反対運動が起こったため計画を中断し、その後、工事計画の縮小を経て、平成七年、この計画の凍結を発表するに至った。一五年もの歳月をかけ、多額の費用を投入した計画が、着工後凍結されたのである。
(3) 地域的不適合性
本件予定地は、ごみ焼却施設を建設するには、気象、地形等の面、法規制の面、債務者制定の新京都市基本計画・新京都市環境管理計画の面からして著しく不適切である。すなわち、本件予定地周辺は、前記(1)①コ記載のとおり谷間にある盆地地形であって、逆転層が生じやすく、フュミゲーション、ダウンドラフト、ダウンウォッシュ等の現象により、本件施設及びごみ搬出入車両の排ガスによる高濃度汚染が生じる蓋然性が高い。また、本件予定地周辺は、前記(1)⑥記載のとおり、都市計画法、京都市風致地区条例による風致地区第一種地域に指定されるなどしていることに照らすと、森林を伐採した上、高さ約四〇メートルもの工場棟、約一〇〇メートルもの煙突等を有する本件施設の建設を行うことは不適切である。
(4) 手続的違法性
① 適正な環境アセスメントの必要性
いかなる者に対しても、注意義務としての損害発生防止義務が課されており、環境や住民の生命・健康に影響を与える危険性のある施設を建設しようとする者には、この損害発生防止義務に基づき、環境、住民の生命・健康への影響の調査・予測義務が課されることになる。そして、右調査・予測義務が果たされていない場合には、施設の建設行為が違法性を有するに至るというべきであり、右調査・予測義務が果たされたか否かの判断においては、事業者が適正な環境アセスメント手続を実施したか否かが重要な意味をもつ。
そして、環境アセスメントが適正であるといえるためには、次の要件を充足することが必要である。
ア 現在の環境調査をした上で、当該施設の建設及び稼働により、将来、環境にどのような影響が生じるかを正確に予測すること。
イ 環境アセスメント手続において周辺住民の参加が保障されていること。
ウ 事業の実施を前提として特定の建設予定地についてのみ環境アセスメントを行うのではなく、複数の代替地・代替案について現況調査及び影響予測を行うこと。
これらの要件の充足が必要であることは、環境基本法が、環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築、科学的知見の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として環境の保全がなされることを基本理念として掲げ、行政・事業者はその理念にのっとった施策をとるべき責務があることを定めている趣旨に照らしても明らかである。
特に、これまで我が国において行われてきた環境アセスメント手続は、事業の実施を前提として行われ、その手続において住民参加が保障されていないため、環境アセスメントが事業実施のための通過儀礼としてのみ行われ、適正な調査と予測がなされていないという批判がなされてきた。公共的な施設の場合、一定の公益の満足のために一部の住民に被害を押しつけるものであるから、一部の住民のみに被害を甘受させることを正当化するに足るだけの手続がとられるべきである。建設予定地の住民は、当該事業の実施により、既存の生活環境に直接的かつ甚大な変化を余儀なくされ、事業の実施について切実な利害関係をもつことなどに照らすと、アの要件に加え、イ及びウの要件も不可欠のものというべきである。
② 債務者の実施した環境アセスメントの不適正
ア 非科学性
債務者の実施した環境アセスメントは、次の点で、本件予定地周辺の現実から大きくかけ離れた非科学的なものであり、不正確である。
ⅰ 排ガス拡散予測手法の誤り
a プルームモデル・パスキル大気安定度の選択
債務者は、本件環境影響評価において、本件施設排ガスによる大気汚染の拡散予測方法として、平坦地用の計算式であるプルームモデルを基本とし、それに当該地域の地形モデルを用いた風洞実験や現地拡散実験から得られた知見を活用して補正し、排ガスの拡散モデルを構築している。
しかし、本件予定地は、向山の南側斜面に位置し、煙突近傍にその実体高をはるかに越える高さの山が存在する複雑地形であって、本件施設からの排ガスは、ダウンドラフト、複雑な気流、強い逆転層等の現象の発生により、上昇・拡散が強く抑制される結果となる。したがって、平坦地用の計算式であるプルームモデルを基本として排ガスの拡散を予測しようとすることはそもそも非科学的である。また、債務者は、拡散パラメータの設定に当たっても、パスキル大気安定度とパスキル・ギフォード線図又はターナー図を組み合せているが、パスキル大気安定度は、平坦地でのデータに基づく経験法則であり、逆転層も考慮しないものであるから、右のとおりの複雑地形においては、このような手法も非科学的である。
b コンケィウ式・ブリッグス式の選択
プルームモデルによる排ガス拡散予測に際して、債務者は、有効煙突高(排ガス上昇高度)の設定に関して、有風時につき、コンケィウ式を、弱風・無風時につき、ブリッグス式を用いて行っている。
しかし、本件予定地周辺では、住民の観測結果によれば強いダウンドラフト及び夜間の強い逆転層が頻発しているところ、コンケィウ式は、ダウンドラフト、逆転層という排ガス上昇高を引下げる役割を果たす二つの重要な要素を無視した計算式であるため、同式による排ガス上昇高の計算値は、右予定地周辺の実態よりも過大な数値となっている。
仮に、コンケィウ式を適用するとしても、この式に関する原著論文が、同式による計算値に対して、実際の排ガス上昇のデータは、プラスマイナス五〇パーセントのばらつきを持っているため、計算値をそのまま使用することには問題があることを指摘していることに照らせば、安全側の見地から、排ガス上昇高の数値につき、同式の計算結果に0.5を乗じた数値を採用した上で有効煙突高を予測すべきである。
そして、債務者は、弱風・無風時のブリッグス式の適用に当たっても、右のとおり予定地周辺で夜間に強い逆転層が頻発することを無視して、夜間の温位傾度として0.010℃/mを用いており、排ガス上昇高を過大に見積もっている。
また、実際のごみ焼却施設の稼働率が一〇〇パーセントとなることは稀であり、通常は八〇パーセント台、時には更に下回る場合が予測されるにもかかわらず、債務者は、本件施設の稼働率を最大限に設定して、有効煙突高を現実よりも不当に高く見積り、この点でも、排ガス滞留の危険性を意図的に隠ぺいしようとしている。
ⅱ 不十分な現状調査
本件予定地周辺は、前記(1)①コ記載のとおり、複雑地形であり、逆転層の出現により排ガスの上昇が強く抑えられ、北風によるダウンドラフトやフュミゲーションが発生し、局所的な高濃度汚染が発生する危険性が高いのである。したがって、逆転層等に関する現状調査は、年間を通じた具体的な気象条件のもとで実施するなど慎重に行うべきである。しかし、債務者の行った現状調査は、次のとおり不十分である。
a 上層気温測定
各季節七日間、年間二八日間の観測のみで、しかも、梅雨時期や厳冬期での観測を行っておらず、典型的な気圧配置すら網羅していない。したがって、逆転層、フュミゲーション等の出現を正確に調査したものとはいえない。
b 風洞実験
プルームモデルを正当化するための風洞実験は、地形の縮率が二〇〇〇分の一で実施されているが、狭い市原野内での詳しい気流の流れを予測するには縮率は五〇〇分の一程度とすべきである。また、風洞実験では排ガスの拡散に対する影響の最も大きい逆転層を作ることができない。さらに、債務者は、風洞実験を視察した自治連推薦者から、北風による煙流実験の際、ダウンドラフトの発生が確認されたとして、北及び南の風向による実験を行って地表濃度分布を測定するよう要請されたにもかかわらず、意図的にこの風向の風洞実験をしなかった。
c 現地拡散実験
債務者の行った現地拡散実験は、トレーサーガスの捕集点は市原野内においては僅か一〇か所と少なく、実施回数は、年間二〇日程度、実施時間も、逆転層が発達しやすい深夜、フュミゲーションの発生しやすい日出から正午にかけての測定が、それぞれ、一回、三回といずれも少ない。
ⅲ 異常気象下での現状調査
本件気象調査は、気象台始まって以来の異常気象といわれた平成六年に実施されており、環境アセスメントの基礎となるデータの客観性、普遍性につき、重大な疑問を抱かざるをえない。
「ごみ焼却施設環境アセスメントマニュアル」(昭和六一年五月、厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課監修、社団法人全国都市清掃会議発行。以下「厚生省マニュアル」という。)も、異常な年のデータでは予測の結果に偏りが生ずる心配があると指摘している。
ⅳ 現状調査・予測の範囲
厚生省マニュアルでは、一日四〇〇トン規模のごみ焼却炉建設に際しては、調査対象範囲は半径一〇キロメートル、予測対象範囲は半径五キロメートルとされているところ、本件焼却炉は一日七〇〇トンの焼却処理が予定されているから、右厚生省の基準より広い範囲で調査・予測がなされなければならない。しかしながら、債務者は大気の調査範囲は半径三キロメートル、動植物の調査範囲は僅か一キロメートルに限定した調査しか行っていない。このような狭い範囲の調査では、七〇〇トンもの巨大ごみ処理施設建設が環境に対して与える影響を正確に予測することは到底できない。
イ 住民参加を拒否した非民主的・非公開の手続
前記1(一)(4)②記載のとおり、特別委員会が、環境アセスメントのありかたに関して具体的提案を行ったにもかかわらず、債務者は、理由を示すことなくこれを採用することを拒否し、住民の納得を得ることなくその反対を押し切って環境調査を強行した。さらに、日本気象協会の調査報告書等の原資料を公開せず情報公開が極めて不十分であるなど、本件環境影響評価は、住民参加を拒否した非民主的・非公開の手続でなされたものであって適正を欠く。
ウ 代替案・代替地の検討の不存在
債務者は、内部手続において決定した本件事業の遂行を既定の事実とした上で、環境影響評価を行っており、立地選定など計画段階における重要なテーマに関し環境アセスメントを実施していないこと、環境アセスメントの過程で代替案の比較検討が全くなされていないことなど致命的な欠陥を有するものといわざるをえない。
③ まとめ
債務者の実施した本件環境影響評価は、非民主的な手続でなされ、かつ、計画段階において代替案の比較検討を全く行わないなど、本来あるべき計画環境影響評価の理念から大きくかけ離れている。内容的にも、市原野の現実の気象条件を無視して非科学的な予測式を用い、意図的に債務者に不利な北風による風洞実験をあえて行わなかった疑いもあるなど、杜撰なものであるといわざるを得ない。このような環境アセスメントは、被害発生の蓋然性を補強すると同時に本件事業の違法性を基礎付けるものであるというべきである。
(5) 立証責任
本件施設のごとき大規模なごみ焼却施設は、施設自体の性質から環境に重大な影響を与えることが不可避的なものであり、このような施設の建設に当たっては、訴訟手続上も、それにより周辺の環境を破壊し、住民の健康や財産を損なうことがないことを債務者において疎明すべき責任があるというべきであり、少なくとも一般人が抱くであろう公害発生の蓋然性が一応疎明されれば、立証責任の衡平な分担の見地から、これを専門的な立場から平明かつ合理的に反対疎明をしない限り、公害発生のおそれがあるとみるべきである。
(6) まとめ
以上のとおり、債務者による本件施設の建設・稼働行為により、債権者らが生命・健康に深刻な被害を受け、これまで本件予定地周辺で享受してきた快適で平穏な居住環境が破壊される蓋然性が高いこと、一方で、本件施設の建設の必要性が全く存在しないこと、本件予定地は本件施設を建設・稼働するには不適切であり、立地選定上の瑕疵が存在すること、住民の意見が無視され、かつ、適正な環境アセスメントが行われないまま建設が強行されようとしている手続的な違法性が存在することなどの事情に鑑みて、債務者の本件施設建設行為は、違法な権利侵害行為である。
そこで、債権者らは、債務者に対し、人格権若しくは環境権に基づく差止請求権又は不法行為の効果としての差止請求権を被保全権利として、本件事業の差止めを求める権利を有する。
(二) 債務者の主張
(1) 差止請求権の根拠
債権者らの求める環境被害等の侵害行為に対する差止請求権については、判例上、物権又は人格権に基づく請求権のみが認められており、環境権に基づく差止請求権については、環境権そのものが未だ実体法上の具体的権利としては認められないことを理由に否定され、不法行為の効果としての差止請求権についても、一般的に否定されている。
(2) 被害発生の蓋然性
本件施設は、最新の公害防止設備を備えるなどしており、しかも、債務者は、同施設稼働後も環境監視対策をとることから、同施設の建設・稼働により、環境基準等を越えるような環境被害発生のおそれはなく、地元住民の健康に被害が生じる蓋然性は極めて少ない。
① 本件施設における公害防止設備
債務者は、本件施設建設計画立案当初から、厳しい排出基準を設定した上で環境影響評価を行ったが、審査会等の意見を積極的に受け止め、評価要綱に基づく評価手続完了後の平成八年六月、一層環境を守るため、排ガスの自主基準値を右環境影響評価時のものから更に厳しく改定し、本件施設につき、次のとおり、最新の公害防止技術を用いて、全国一の厳しい水準を保つことを予定している。なお、本件施設については、自主基準値以下の排出機能があることが性能確認試験で確認されない限り、竣工検査合格とはならず、債務者は請負会社から引き渡しも受けないから、本件施設が自主基準値を充足することがないまま本格的に稼働されることはありえない。
ア ダイオキシン類
ⅰ 債務者は、当初、0.5ng―TEQ/Nm3以下の自主基準値を定めていたが、平成八年六月、後記ⅱ記載の排出基準決定に先駆け、0.1ng―TEQ/Nm3以下とする自主基準値を定めた。そして、右基準を達成するために、以下のような最適、最新の設備の設置等を計画している。
a 安定したごみの燃焼のため、十分なごみピット容量を確保し、自動ごみクレーンによる効率的な攪拌によるごみ質の均一化と炉内に定量的供給を行う。自動燃焼制御方式を導入して、炉内温度を八五〇〜九五〇℃の高温に保持し、更に未燃ガスと空気を十分に混合して完全に燃焼させることにより、ダイオキシン類の生成を抑制する。
b 発生する燃焼排ガスを集塵装置手前で約一五〇℃に急冷することにより、ダイオキシン類の再合成の防止を図る。
c 集じん装置は、集塵効率の非常に高いバグフィルター(ガラス繊維等で作られた袋状の長い布フィルターが多数取り付けられた装置)を使用する。これは、排ガスに含まれるばいじんを高い効率でろ過して、除去し、入口で消石灰を吹き込むことにより、塩化水素やいおう酸化物の一部を除去するものである。
d ダイオキシン類を吸着除去するため、活性炭吸着塔を設置する。
e 窒素酸化物を低減する触媒脱硝装置の触媒作用によってダイオキシン類の分解を図る。
ⅱ なお、ダイオキシン類については、平成九年一月、ごみ処理に係るダイオキシン削減対策検討会が「ごみ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドライン」を発表し、現在技術的に可能なものとして、新設炉において、ダイオキシン類の排出は0.1ng―TEQ/Nm3とされ、そのための廃棄物処理方法、設備の指標が示された。これを受けて同年八月大気汚染防止法が改正され、同年一二月施行された。これにより、ダイオキシン類が同法附則九項に基づいて、有害大気汚染物質のうちその排出又は飛散を早急に抑制しなければならない指定物質に指定された。また、廃棄物焼却炉が指定物質排出施設に指定されて指定物質抑制基準が定められ、焼却能力一時間当り四トン以上の新設廃棄物焼却炉は、ダイオキシン類の排出は0.1ng―TEQ/Nm3以下とされ、ここにはじめてダイオキシン類の排出についての基準が定められた。
そして、債務者らの前記ⅰ記載の自主基準値の改定は、これらの法規制に先駆けてのものであり、本件施設でとられているダイオキシン類の発生抑制・拡散防止策は、いずれも右ガイドラインの中でも指示されているものである。
イ いおう酸化物
いおう酸化物については、大気汚染防止法による排出基準は約五〇ppm以下(総量規制基準)であるが、債務者は、平成八年六月、一〇ppm以下とする自主基準値を定めた。湿式ガス洗浄装置等により、右基準を達成することができる。なお、現在のごみ質においては、債権者らが主張する助燃材(重油)を用いる必要はなく、本計画においては、着火時、埋火時に助燃材として都市ガスを用いることとしており、これに含まれるいおう分は、ほぼ皆無でいおう酸化物の発生に寄与しない。
ウ 窒素酸化物
窒素酸化物については、大気汚染防止法による排出基準は二五〇ppm以下であるが、債務者は、平成八年六月、三〇ppm以下とする自主基準値を定めた。燃焼制御及び触媒脱硝装置(排ガス中にアンモニアを吹き込み、これを触媒層に通すことにより、窒素酸化物を処理する装置)等により、右基準を達成することができる。
エ 塩化水素
塩化水素については、大気汚染防止法による排出基準は約四三〇ppm以下であるが、債務者は、平成八年六月、一〇ppm以下とする自主基準値を定めた。バグフィルター、排ガス洗浄装置等により右基準を達成することができる。
オ ばいじん等
大気汚染防止法による排出基準は0.15g/Nm3以下であるが、債務者は、平成八年六月、0.01g/Nm3以下とする自主基準値を定めた。集じん効率の高いバグフィルター等により右基準を達成することができる。
カ 水銀
水銀については、大気汚染防止法による排出基準は定められていないが、平成八年四月に「京都府環境を守り育てる条例」に基づき、0.2mg/Nm3という排出基準が設定されている(ただし、適用は平成一一年四月以後)ところ、債務者は、平成八年六月、0.05mg/Nm3以下とする自主基準値を定めた。債務者は、本件施設において、排ガス洗浄装置等により右基準を達成することができる。
排ガス中に含まれる水銀の主な発生源である乾電池については、マンガン電池、アルカリ筒型電池が、平成四年一月にすべて水銀含有量がゼロとなった。ボタン型電池についても水銀量の減少及び販売店による回収が進むと同時に、水銀量の少ない空気ボタン電池の販売促進が図られており、債務者の既存のごみ焼却施設の排ガス中に含まれる水銀も経年的に減少している。
債務者は、昭和六一年から、既存のごみ焼却施設の周辺大気中の水銀のモニタリング調査を続けており、その結果、周辺大気中の水銀は、WHOの環境基準一立方メートル当たり一五μgの三〇〇〇分の一程度と全く問題のない状況であり、債権者らが主張するような危険性は考えられない。
キ カドミウム等
カドミウムについては、大気汚染防止法による排出基準は定められていないが、平成八年四月に「京都府環境を守り育てる条例」に基づき、0.2mg/Nm3という排出基準が設定されている(ただし、適用は、平成一一年四月以後であり、平成八年四月から平成一一年四月までは、暫定的に0.3mg/Nm3が適用される。)。同条例が施行された平成八年四月以降、債務者は、既存ごみ焼却施設の排ガス中のカドミウムの測定を行っているが、既存施設すべてで0.2mg/Nm3の排出基準を下回るなど、問題のない状況であり、右施設周辺においてカドミウム被害を生じたという事実も一切ない。債務者は、本件施設において、集じん装置として既存施設で設置している電気集じん器よりも捕集効率の高いバグフィルターを用いることから、一層排ガス中のカドミウムを低減できる。したがって、カドミウム被害の発生は考えられず、また、鉛や砒素による被害の可能性もない。
② 環境影響評価の実施
ア 概要
本件施設の建設工事及び稼働に伴う環境への影響については、債務者は、評価要綱の規定に従って、環境への影響が想定される環境要素として、大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、地盤沈下、悪臭、電波障害、植物、動物、地象及び景観の一一項目を設定した。そして、平成六年三月一日から平成七年二月二八日までの間、日本気象協会等に依頼し調査した上、本件施設の建設及び稼働が周辺地域に及ぼす影響について予測し、この予測結果を環境基準などの環境保全目標に照らして評価した。
債務者は、右調査、予測及び評価に当たって、調査の項目、範囲、時期、期間、頻度及び方法等並びに予測及び評価の手法等につき、厚生省マニュアル及び環境庁大気保全局大気規制課の編纂にかかるマニュアル等の関連マニュアルに基づき、これが示す水準と同等又はそれを上回る水準の内容のより厳格な作業を実施した。これは他都市のごみ焼却施設について実施された環境影響評価手続と比較しても格段に充実した現状調査内容及び予測内容となっていることから、右環境評価については、科学性、客観性及び結果に対する高い信頼性が担保されている。
イ 環境への影響予測
右のとおりの環境影響評価手続において、債務者は、右一一項目のいずれについても、本件施設の建設工事及び稼働により、環境基準等を超えるような環境被害発生のおそれはないとの結論に達した。
たとえば、大気汚染については、前記のとおり平成八年六月改定前の自主基準値に従って排出濃度を設定して予測を行ったところ、年平均濃度は、二酸化いおう、二酸化窒素、浮遊粒子状物質とも、バックグラウンド濃度に本件施設稼働による寄与濃度を加えた値は、環境基準値等をはるかに下回るものとなっていた。本件施設稼働による寄与割合の最高値は、二酸化いおう3.8パーセント、二酸化窒素3.3パーセント、浮遊粒子状物質0.4パーセントであり、一時間高濃度予測結果においても、二酸化いおう、二酸化窒素、浮遊粒子状物質、塩化水素とも、環境基準等をはるかに下回っているなど、本件施設の稼働による環境への影響は極めて少ないことが予測された。
ダイオキシン類については、環境影響評価手続中で、環境への影響予測を行わなかったが、二酸化いおうの拡散倍率約一六万六〇〇〇倍がダイオキシン類にも妥当すると考え、ダイオキシン類の排出濃度を前記①ア記載のとおりの自主基準値0.1ng―TEQ/Nm3を前提とすると、最大着地濃度で0.0006pg―TEQ/Nm3である。仮に、平成八年度における債務者市役所での測定結果0.26pg―TEQ/Nm3をそのままバックグラウンド濃度と考えた場合、寄与割合は0.2パーセントと極めて少ないものであるから、ダイオキシン類についても、環境負荷は極めて少ないと認められる。
債権者らは、本件予定地周辺は、逆転層が生じやすい地域であり、本件施設からの排ガスによる高濃度汚染が生じるおそれがあると主張する。しかしながら、逆転層は特に盆地地形のみで発生するものではなく、接地逆転を例にとってみても、弱風晴夜など気象条件がそろえば、山間、平野部どの地域でも季節を問わず、ほぼ例外なく発生する自然現象である。そして、右環境影響評価により、本件予定地周辺における逆転層等に関しては、煙突実体高に当たる地上一〇〇m付近の風速の状況から、本件施設の有効煙突高は、ほとんどの場合二〇〇m以上に達し、この高さにおいて、排ガスの移流や拡散の障害となる地形は、非常に少ないこと、本件施設の有効煙突高の高さでは、常に風が吹いており、排ガスが上空に滞留することは、ごく稀であること、排ガスは、ほとんどの場合、逆転層を突き抜け、排ガスが逆転層にある場合や、逆転層内に達する場合の出現は非常に少ないことが判明した。以上のことから、債権者らが主張するようなケースはごく稀にしか生じないと考えられるが、債務者においては、上層逆転及びフュミゲーションが生じた場合の影響予測も一時間値の予測という形で行っており、その結果、環境基準等を十分下回っている。
ウ 審査会答申
債務者は、以上のとおり実施した調査、予測及び評価の結果から、本件施設の建設工事及び稼働については、地域の環境保全に支障とはならないとの結論に達し、これらの結果を本件準備書にまとめて、評価要綱に規定する公告・縦覧、説明会等、所定の手続に付した。この間、本件準備書は、評価要綱に従い、環境影響評価にかかる大気環境工学、路盤基礎工学、森林生物学、昆虫生態学、交通土木工学、衛生工学、気象学、災害気象学、都市計画学の各分野の専門的な学識を有する者の中から債務者市長からの委嘱を受けた一三名で構成される審査会に諮問された。審査会は、関係地域住民の意見も考慮しながら慎重な審議を経て、平成八年三月一日、債務者市長に対して、債務者が行った調査、予測及び評価はおおむね妥当であると結論付けた上で、さらに、施設の建設及び稼働に当たって、環境保全上留意すべきことについての意見を加えた内容の答申を行った。
③ 公害監視体制
債務者は、本件施設の稼働後も、市原野環境保全モデル地域(仮称)として、空気、水、緑を守り、環境を美しくする対策として、大気質の連続監視、定期的な環境調査、排ガス濃度の表示、ダイオキシン類の測定、定期的な住民健康調査、河川水質の定期的調査など環境を守る積極的な施策を実施することを予定している。
④ その他
債務者は、これまでに他に五つのごみ焼却施設を稼働しているが、いずれの施設も、稼働以来今日まで周辺住民に健康被害を及ぼしたことはない。本件施設は、これら既存施設の排出基準値よりも更に厳しい自主基準値を設定しているから、周辺環境に与える影響は一層小さくなり、周辺住民の健康に被害が生じる蓋然性は極めて少ない。
(3) 本件施設の必要性
① 本件事業の内容
ア 本件事業内容決定の経緯及びその合理性
ⅰ ごみ焼却施設の耐用年数
ごみ焼却施設の耐用年数を検討するには、単に建築物の耐用年数からだけではなく、機械設備の物理的、経済的、社会的、法的耐用年数等様々な社会的要因、背景等を考慮する必要がある。
ごみ焼却施設を構成する機械設備の耐用年数がおおむね一五年から二〇年程度であり、これを過ぎると維持・管理・補修費等が急激に増大する。他都市における状況を見ると、おおむね三〇年以下の稼働年数で建替えを行っている。三〇年前と現在とを比較すると、ごみ質の変化が大きく、現在、設計発熱量を超えるごみ質となっており、焼却炉の定格能力に従ったごみ量を焼却することが困難となっている。環境保全技術の進歩が著しく、環境負荷を可能な限り軽減するため、設備の早期刷新が必要である。債務者は、これらの事情を考慮して、大規模改修を行うことを前提とした上で、おおむね三〇年を耐用年数と考えている。
ⅱ 本件事業内容の決定と変更
債務者は、北清掃工場、西清掃工場、東清掃工場、南第一清掃工場及び南第二清掃工場を稼働して、債務者市内で排出されるごみの焼却処理を行ってきたが、右施設の中で最も古い昭和四三年度竣工の北清掃工場が、平成一〇年度に耐用年数の三〇年を迎えることになる。そこで、既存ごみ焼却施設の焼却能力と予測ごみ焼却量とを比較したところ、平成一一年度にはごみ焼却量が既存施設の焼却能力を上回ると予測されたため、新規ごみ焼却施設を建設・稼働することが必要であると判断した。
新規ごみ焼却施設の建設場所に関しては、既存の施設の配置状況が南部方面に偏っていること、一方、債務者は、南北に長く入り組んだ路地や狭い道路も多い上、中心部では交通量も多いことから、収集したごみを効率よくごみ焼却施設へ搬送する適正配置の観点から、債務者の東北部に建設すべきであると判断した。さらに、搬入・搬出経路となる道路状況、電気・上下水道等の整備状況、用地確保のための地形等の条件、建築に係る法的規制状況、大気環境の状況等の各要件に照らして検討し、平成三年五月二一日、建設場所を本件予定地に選定した。
新規ごみ焼却施設の規模については、厚生省通知「廃棄物処理施設整備国庫補助事業に係る施設の構造に関する基準について(環整第一五一号・昭和五六年一一月一七日)」において、計画目標年次は、稼働予定年の七年後を超えない範囲内で定めることとされている。そこで、稼働予定年の七年後である平成一六年度までのごみ焼却量に対応した施設とするため、過去一〇年間のごみ焼却量の実績の平均値から将来のごみ焼却量を予測し、同年度までの各年度のうち、平成一六年度がごみ焼却量と既存施設の焼却能力の差が一日当たり約七二〇トンと最大となると予測されることから、これに対応できるよう、既存施設の平均稼働率(約八〇パーセント)も考慮の上、本件施設につき平成九年度竣工、焼却能力を一日当たり九〇〇トンと決定した。
その後、債務者は、平成七年六月二〇日、債権者らを含む地元住民との調整が遅れたため、本件施設の竣工時期を平成一二年度と変更した。そして、平成六年四月にごみの発生抑制、リサイクルの促進等を目指して旧基本計画が策定されたことを受け、同計画の予測ごみ焼却量に従って本件施設の焼却能力につき一日当たり七〇〇トンに縮小するなどした。具体的には、旧基本計画においては、平成三年度から一三年度までの間の債務者による処理が必要なごみの増加率を年平均約1.3パーセントと予測しているが、本件施設の竣工時期を平成一二年度とした場合、前記厚生省通知に従い平成一九年度までのごみ焼却量に対応するよう施設規模を計画しなければならない。そこで、債務者は、平成一四年度から一九年度までのごみ焼却量予測に当たり、右のとおり旧基本計画で示された平成一三年度までのごみの増加率がその後も続くものとして算定した。
その結果算定された平成一九年度までの予測ごみ焼却量に既存施設の平均稼働率(約八〇パーセント)を考慮して必要施設規模を算出し、これと建替工事、大規模改修工事等の予定を前提とした将来の既存施設の施設規模とを対照した。その結果、同計画で予定されているごみの減量化等の施策にもかかわらず、なお、焼却能力が不足し、それが平成一六年度において最大となり、一日当たりの不足量が約七三四トンとなることが予測された。そこで、これに対応できるよう、本件施設の焼却能力を七〇〇トンと決定したのである。
ⅲ 新基本計画下での本件施設の必要性
債務者は、平成一一年六月に、旧基本計画以上にごみの減量化を進めた新基本計画を策定したが、同計画の減量目標値によっても、焼却能力七〇〇トンの規模を有する本件施設の建築・稼働が必要であることに変わりはない。新基本計画では、平成二二年度においてごみ焼却量を一日当たり一六八五トンとする旨の目標を設定しているが、この目標値は、各年度の減量予測値を積み上げて算出したものではない。一方、ごみの減量施策の効果は、同計画策定後直ちには現われず、再資源化施設の整備、分別収集・搬送体制の整備等を経てはじめて効果が現れるのであって、ごみ焼却量が平成九年度から二二年度まで同一の割合で減少するわけではないため、各年度の予測ごみ焼却量を示してはいない。そのため、各ごみ焼却施設の詳細な施設整備計画についても、今後なされる種々のごみ減量施策の具体的決定を踏まえて確定することになる。
したがって、債務者は、現在、平成一三年度以後稼働を停止して建て替えた後に平成一八年度から稼働する予定の北清掃工場のごみ焼却能力、西清掃工場及び南第二清掃工場の耐用年数を超えての稼働期間等については、確定的な計画を持っていない。少なくとも、北清掃工場は本件施設竣工の遅れのためやむを得ず三〇年の耐用年数を超えて平成一二年度まで稼働する予定で平成九、一〇年度に改修工事を施した。しかし、これを平成一三年度以後も稼働することはできないし、西清掃工場及び南第二清掃工場は、それぞれ平成一三年度、平成一七年度に三〇年の耐用年数を迎えることになる。そして、更に東清掃工場及び南第一清掃工場についても延命のため大規模改修を行うことも必要となる。
そうすると、仮に、債権者らが主張するように、平成二二年度における債務者のごみ焼却量につき、平成九年度の債務者のごみ焼却量である一日当たり二〇〇二トンから一五パーセント削減した一日当たり一七〇二トンと想定し、平成九年度から二二年度まで同じ割合すなわち一年につき約二三トンの割合で一日当たりのごみ焼却量が減少していくと想定したとしても、平成一三年度以後ごみ焼却能力の不足が生じることは確実である。この焼却能力不足を補うためには、本件施設を建設・稼働する必要があることはもとより、更にそれだけでは足りず、好ましくはないが、西清掃工場についても平成一二、一三年度に再延命工事を行い、少なくとも平成一六年度まで稼働することが不可欠となるのである。
もし、本件施設が建設されないとすると、北清掃工場以外の既存の四施設だけでは焼却を要するごみを処理しきれないことから、平成一三年度以後も、稼働後三〇年の耐用年数を超え、危険かつ最新の公害防止技術を導入した施設よりも環境負荷の高い状態で、北清掃工場を引き続き稼働しなければならなくなるし、順次耐用年数が到来する西清掃工場、南第二清掃工場についても、同様の状態で稼働することになる。耐用年数を超えて焼却施設を稼働した場合、故障、事故の発生の可能性が高くなることはいうまでもなく、万一これにより休炉、修繕の必要が生じたときは、衛生的に処理をすることができないごみが残されることも予測される。そうなると、債務者は、一四六万人の市民に対して、公衆衛生を保持する責務を果たせなくなり、市民の衛生的な生活環境の悪化をもたらし、市民の生活に回復し難い被害が生じるのである。
イ 債権者らの主張に対する反論
ⅰ 西清掃工場及び南第二工場の稼働期間の延伸について
債権者らは、旧基本計画に基づくごみ焼却施設整備計画に従って西清掃工場及び南第二清掃工場を稼働し、北清掃工場を建替えの上平成一八年度から六〇〇トンの焼却能力で稼働すれば、本件施設を建設・稼働しなくても、平成一七年度ないし一九年度において焼却能力の不足が生じない旨主張する。しかし、債務者が、かつて西清掃工場を平成一七年度まで稼働する計画を立て、南第二清掃工場を平成一八年度以後も稼働する想定(平成一八年度以後については、当時、整備計画が未確定であったため想定に過ぎなかった。)をしたのは、本件施設の建設計画が当初予定より遅れたため、旧基本計画の内容どおりごみ焼却量が増加した場合、本件施設を平成一三年度から稼働しても、なお、焼却能力の不足が生じるので、それを補うため、西清掃工場及び南第二清掃工場の稼働期間延伸を計画・想定したからである。旧基本計画よりも高いごみ減量目標を掲げた新基本計画に従えば、本件施設を平成一三年度から稼働した場合には、これらの延伸をしなくても焼却能力の不足を生じないのであれば、耐用年数を過ぎれば可及的に早期に稼働を停止することが好ましいのである。したがって、債権者らの主張は失当である。
なお、債務者は、現在市内に五か所のごみ焼却施設を稼働しており、市内北部地域のごみは、唯一市内北部に位置する北清掃工場に搬入しているが、搬入されるごみすべてを北清掃工場で処理することはできない。同工場で処理できないごみは、同工場内に中継施設を設けて大型車に積み替えた上で、債務者市内を縦断して西清掃工場、南第一及び第二清掃工場に搬入するという非効率的なことを行っている。北清掃工場が稼働している現在においてすら、同工場に搬入したごみを他の工場に再搬入するという非効率的なことを余儀なくされており、このことは、債務者市内におけるごみ焼却施設の配置が適正でないことを示している。したがって、ごみ焼却施設の適正配置の観点からも、西清掃工場及び南第二工場の稼働期間の延伸を行うだけでは、問題の抜本的解決にはならない。
ⅱ 練馬方式について
債権者らは、北清掃工場についても練馬方式で対処し、焼却炉の入替えだけを行えば、平成一三年度から一六年度までのごみ焼却能力の不足は生じないから、本件施設の必要性はない旨主張するが、練馬方式を北清掃工場に採用することは妥当ではない。
すなわち、債務者はごみ焼却施設建設に当たっては環境負荷を可能な限り削減することが重要と考えており、建替後の北清掃工場においても最新の公害防止装置を導入する予定である。近時のごみ焼却施設については、ダイオキシン類対策等公害防止対策技術のための設備が大きくなり、従来の規模のままでの焼却炉の入替えは難しいため、炉の規模を従来の二分の一から三分の一としなければならない。そうすると、その分焼却能力が減少し、結局他にごみ焼却施設建設地を求めなければならなくなる。東京都においても、今後可能な範囲で建物外壁を残して焼却炉の入替えを行う方針のようであるが、この場合焼却炉を全面的に休止した上で、処理規模を二分の一から三分の一にすることにより、今後のダイオキシン類対策等に対応した公害防止装置を導入する模様である。
北清掃工場については、建替え時点では、稼働後三二年を経過しており、仮に東京都練馬清掃工場同様に建物耐用年数を四五年とした場合、この練馬方式を採用するということになると、建替期間も含めて建物自体に一三年の余命しかなく、経済効率的にも一三年しか耐用年数のない炉の入替え工事を実施することは疑問であり、このような方式を北清掃工場において採用することは不合理である。
ⅲ 広域連携について
債権者らは、自治体の広域連携を主張するが、一般廃棄物の処理は市町村の固有事務であり政令指定都市たる債務者が他の自治体においてごみ処理を行うこと自体、当該自治体から大きな反発が予想され、現実的なものではない。天災等特別の事情があるならばともかく、債務者で発生したごみを他の自治体へ持っていくことは、無責任かつ非常識のそしりをまぬがれない。そして、現在、ダイオキシン類対策等で広域自治体の協力が提唱されているのは、ごみ処理量が一日当たり一〇〇トンに満たないため焼却炉の連続した運転が困難である、人口の少ない自治体間での協力に関してである。
ⅳ まとめ
債権者らの主張は、既存のごみ焼却施設がやがて次々と耐用年数を迎え、稼働できなくなることを無視したものであって現実的なものではない。本件施設を建築・稼働することによってはじめて、将来予測される焼却施設の焼却能力の不足を解消することができるのみならず、西清掃工場、南第二清掃工場及び平成二二年度に耐用年数を迎える東清掃工場の建替えの検討についていくつかの選択肢をもたらすことにもなる。たとえば、西清掃工場等の建替えを検討する際に、予測ごみ焼却量から算定される焼却施設の必要規模から本件施設の焼却能力七〇〇トン分を減じて、本件施設がない場合よりも小さめに建替え規模を決めることができ、本件施設に関して既に支出された約二二〇億円を無駄にすることなく有効に活用できるのである。したがって、本件施設の建設は必要である。
② 債務者のごみ施策の合理性
ア 旧基本計画の合理性
旧基本計画においては、ごみの発生量の予測に当たっては、定期収集ごみ、業者収集ごみなどごみの種別ごとの発生量が市内総生産額との間に高い相関関係が見られるので、昭和五六年度から平成三年度までの市民一人当たりのごみの実績排出量と市内総生産額の実績等について統計解析により関係式を求めた。その上で、平成五年三月策定の新京都市基本計画に基本指標として示された将来の市内総生産額及び人口から、右関係式を用いてごみの発生量を推計し、平成三年度から一三年度までのごみ発生量の年平均伸び率を2.8パーセントと算定した。したがって、これは十分合理性を有するものであり、ごみ発生予測量を水増ししたという事実はない。
また、ごみの減量のためには、ごみの発生そのものを抑制し、それでも排出されるごみについては、事業者、市民、行政の三者が一体となって再資源化に取り組むことが必要であるが、債務者としては、ごみの排出実態等について多様な調査を行い、その結果に基づき、旧基本計画において、ごみの発生抑制量及び再資源化量として、平成一三年度における減量目標値を14.1パーセントと設定をした。この数値も、市民、事業者及び学識経験者等で構成する京都市ごみ減量化等検討委員会が平成四年三月「京都市のごみの減量化・再資源化の在り方について(提言)」の中で行った「減量の目標については、ごみ質調査の結果から、かなりの努力が必要であるが実現不可能ではないものとして、再資源化による減量の目標値は、今後一〇年間で、ごみの発生予測量の少なくとも一〇パーセント以上とするよう提言する。」との提言に沿うものである。
したがって、平成一三年度までの予測ごみ発生量から、平成一三年度におけるごみの減量目標値を差し引いて、平成三年度から一三年度までの間の債務者による処理が必要なごみの伸び率を年平均約1.3パーセントと予測した旧基本計画の予測は合理的なものである。また、他にごみ量の予測等について客観的な数値を示した資料がない以上、平成一四年度以後も同計画の示す右の割合で、債務者による処理が必要なごみが増加するものとし、これを前提に立てられた本件施設の焼却能力も合理的なものである。
この点、債権者らは、他都市の目標と比較して、ごみ発生予測量を水増しし、減量目標を過少に見積もった旨主張するが、都市にはそれぞれの特性があるのであって、その特性を捨象して、ごみ量の予測値や減量率の適否を論じることは適当ではない。
イ その他の施策の合理性
債権者らは、債務者においては廃棄物の排出抑制政策をほとんど行っていない旨主張するが、債務者はこれまで積極的にごみ減量化に取り組み、廃棄物の排出抑制を図っている。すなわち、債務者は、昭和五六年全国に先駆けて空き缶条例(京都市飲料容器の散乱の防止及び再資源化の促進に関する条例)を制定したのを皮切りに、昭和六二年四月から、空き缶の分別収集を開始した上、平成四年九月にはこれを全市に拡大した。
平成四年度には、「京都市廃棄物の処理及び清掃に関する条例」を全部改正し、「廃棄物の発生の抑制及び再生利用の促進による廃棄物の減量」を重要な課題と位置付け、債務者をはじめ、事業者及び市民が、積極的に「廃棄物の減量」に取り組むべきであることを明確に示した「京都市廃棄物の減量及び適正処理等に関する条例」を定めた。そして、債務者は、右条例に基づき、平成五年度には、学識経験者、市民、事業者及び行政を構成員とする京都市廃棄物減量等推進審議会を設置し、同審議会に対して、ごみ減量や適正な処理、施設整備、生活環境の美化等、清掃事業の今後のあり方について諮問した上、その答申を受けて、前記のとおり、平成六年四月、旧基本計画を策定した。旧基本計画においては、平成一三年度を目標年度として、債務者、事業者及び市民の三者がそれぞれの立場でごみの発生を抑制し、リサイクルを促進することにより、平成一三年度に発生するであろうごみ量の14.1パーセントの減量を計画した。そして、これに基づき、債務者は、市民及び事業者と一体となり、自発性とパートナーシップによるごみ減量を推進するため、京都市ごみ減量推進会議の発足及び活動を支援するとともに、様々なごみ減量施策に取り組むなどしてきた。
その後も、債務者は、京都市廃棄物減量等推進審議会から、平成一〇年三月、「今後の清掃事業のあり方について」との提言をされたことを踏まえ、同年五月、従来の大量生産、大量消費、大量廃棄から脱却し、廃棄物の発生が極力抑制された「ゼロエミッション」の実現に向けた施策の方向性や市民、事業者及び債務者の役割と連携のあり方を示した「京都市一般廃棄物(ごみ)処理基本構想」を策定した。そして、これに基づき、平成一一年六月には、新基本計画を策定し、平成二二年度に債務者が処理するごみ量を平成九年度のそれから一五パーセント削減することを数値目標として掲げているところである。
ウ 債権者らの主張に対する反論
債権者らは、全量焼却体制だけを取り上げて債務者の施策を批判しているが、債務者のごみ処理の考え方は、まずごみの発生抑制を図り、その後に排出されるごみについてはリサイクルを積極的に推進した上で、それでも排出される可燃ごみについては全量焼却を行うというものである。可燃ごみの焼却は、ごみを一〇分の一から二〇分の一に減容処理するとともに、病害虫の繁殖防止、ひいては伝染病予防などの点で大きな役割を果たしてきた。特に債務者は、海域を持たない内陸都市であり、埋立地の確保が非常に困難な状況にあることから、焼却によってごみを減容化することが埋立地の延命につながってきたのである。このように、市民生活から毎日排出されるごみが、適正に処理されてきたからこそ、市民の健康で文化的な生活が維持されてきたのであって、その意味で焼却処理は、市民生活に欠かすことのできない重要な役割を果たしてきたのであり、その必要性はこれからも変わることはない。
(4) 地域的不適合性
前記(2)②記載の環境影響評価の結果からも、本件施設及びごみ搬出入車両から排出されるガスにより有害物質の高濃度汚染が生じる蓋然性が低いことは明らかである。なお、北側に比較的高い山々を背にし、南側に煙突の高さと同じ程度の丘陵地に挟まれた地域に立地するなど本件予定地と地形状況が類似した複雑地形に立地する北清掃工場は、稼働して三〇年を経過している。しかし、この北清掃工場について、京都府医師会は平成二年「京都市北清掃工場周辺環境調査報告書」を作成し、その中で、同工場周辺地域の大気環境は、測定を行った窒素酸化物、いおう酸化物、一酸化炭素については、比較的良好な環境であり、直接健康影響を生じる可能性はきわめて少ないこと、同工場の排ガスが周辺大気環境にもたらす影響については、特に問題とするところは認められなかったことなど、同工場の稼働が環境上問題のないことを報告している。
また、債務者は、本件施設の建設に当たっては、地域の環境、景観に十分配慮しているのであって、法規制に係る手続を踏まえて計画し、債務者制定の新京都市基本計画、新京都市環境管理計画とも整合性を有する。
(5) 手続的違法性
事業者には、環境、住民の生命・健康への影響の調査・予測義務が法的に課されるわけではないが、このような義務が課されるとしても、本件環境影響評価は、次のとおり適正である。
① 非科学性
ア 排ガス拡散予測手法
ⅰ プルームモデル・パスキル大気安定度の選択
債務者は、プルームモデルを採用するに当たっては、現地の地形を考慮し、風洞実験において、あらかじめプルームモデルの基本的な適用要件を満足していることを確認した。その上で、平坦の場合と地形模型を入れた場合の濃度変化を比較することにより、現地の地形に適合した拡散幅を導入し、さらに、現地で種々の気象条件下で拡散実験を行った。この実験結果と地形影響を導入した予測モデルで得られた予測計算濃度を比較・検証した結果、科学的かつ適正な予測・評価が行えると判断したものである。
このような手法は、厚生省マニュアルにも則したものであり、他都市の複雑地形のごみ焼却施設の環境影響評価の予測式でも有風時プルームモデルを基本として拡散幅を本件と同様に現地に合うように改良している。なお、厚生省マニュアルにも記載されているクレスタモデル、ヴァレイモデルなど複雑地形モデルは、いずれもプルームモデルを基本とするものである。
ⅱ コンケィウ式・ブリッグス式の選択
厚生省マニュアルは、有風時有効煙突高を求める計算式としてコンケィウ式のみを示しており、平成七年九月環境庁大気保全局大気規制課編「窒素酸化物総量規制マニュアル[増補改訂版]」(以下「環境庁マニュアル」という。)もコンケィウ式だけを採用しており、コンケィウ式を採用したことには合理性がある。また、逆転層の出現時は、無風又は弱風の場合が多いが、債務者は、このような場合には、逆転層による上昇抑止効果を考慮したブリッグス式によって有効煙突高を算出している。
債権者らは、工場稼働率を最大限に設定することにより、債務者が、現実よりも有効煙突高を不当に高く見積もった旨主張するが、焼却炉の負荷が低下した場合は、有効煙突高は低下するものの、逆に有害物質の排出量は減少し、地表濃度は、負荷が一〇〇パーセントの場合より小さくなるから、債権者らの主張は失当である。
イ 現状調査
ⅰ 上層気温測定
厚生省マニュアルによれば、上層気象の調査期間は暖侯期と寒侯期の二期又は四季について各五日ないし七日実施するのが理想的としているが、我が国には、四季それぞれ特徴ある気圧配置のパターンがあること、天気の移り変わりの周期がおおむね一週間であること、逆転層については、生成のメカニズムが分かっていることなどから、債務者は、本件環境影響評価において、四季各七日間、合計二八日間の上層気温の観測をした。債務者は、同マニュアルで望ましいとされている基準に従い観測上昇気温を観測しており、この観測により上層逆転やフュミゲーションの予測に必要なデータを十分に得ている。他都市の環境アセスメントの例では、調査期間を二期各四ないし五日間としているものや、全く観測していないものもあることに照らすと、逆転層の観測日が少ないということはない。
ⅱ 風洞実験
風洞実験の縮率については、煙突高の再現と風洞内の閉塞率を考慮して設定したものであり、妥当なものである。また、風洞実験の条件の設定に当たっては、まず全風向にわたって白く着色した煙の動きを観察する実験を行い、その結果から、地形効果の大きい風向(地形影響が最も強く現れた風向は北北東)を前もって確認した。その上で、さらに、風下に住宅が多い風向や年間の出現率が高い風向等を考慮して、地表濃度分布を計測する風向を西、西北西、北西、北北東、南東及び南西の六風向を設定し、実験を行った。債権者らの主張する北、南等その他の風向については、実施した範囲内で地形影響を十分に把握できている。なお、煙流実験によっても、北風と北西風、北北東の風も、北風と上下方向の変動は同程度であったと確認されており、北風を実験に加えなくても、その影響は、北西風、北北東風の実験で十分とらえられるものである。この結果、地上濃度分布測定結果からは風下側にトレーサーガスの濃度が著しく高まる分布は認められず、風洞実験からはダウンドラフトの影響は認められなかった。
ⅲ 現地拡散実験
拡散実験については、厚生省マニュアルに記載された内容を上回る内容で実施しており、種々の気象条件や地形影響を十分把握している。
ウ 異常気象下での現状調査
債務者は、厚生省マニュアルに示されている異常年検定手法により、京都地方気象台の測定データを用いて、調査期間の風向・風速の出現傾向を検討し、調査年が異常年でないことを確認している。
エ 現状調査の範囲
債務者は、大気・気象の現地調査につき、京都市大気汚染常時監視測定局の調査結果も含めて、半径一〇キロメートルの範囲を対象としており、特に最大着地濃度の出現が想定される地域等、本件施設により環境への影響が相対的に大きいと予想される半径約三キロメートルの地域については、より詳細な調査を行っている。また、予測範囲についても、本件予定地を中心として、約一〇キロメートル四方の範囲を設定しており、厚生省マニュアルに準拠したものとなっている。
② 住民参加
債務者は、約五年間にわたり、地元住民との間で、一五〇回以上にわたる説明会、話合い等を行い、住民の理解と同意を得るべく最大限の努力をしてきた。環境影響評価に関しても、本件準備書の一か月間の縦覧及び内容に関する意見書の提出、説明会の開催等を行った。自治連に対しても、元データとなった日本気象協会からの「京都市東北部清掃工場(仮称)建設事業に係る大気環境調査報告書」及び大気以外の報告書「京都市東北部清掃工場(仮称)建設事業に係る水質、騒音、振動、悪臭、電波、植物、動物、地形・地質、景観環境調査報告書」を貸し出すなど十分な情報の開示を行っている。
③ 代替案の検討の不存在
複数の代替案について調査・予測・評価を行う、いわゆる計画アセスメントについては、国の現行の法律や評価要綱の中には実施規定はない。
(6) 立証責任
立証責任に関する債権者らの主張は誤っている。本件施設が受忍すべき限度を越える被害を発生させること、もしくはその蓋然性の存在することの立証責任は、民事訴訟の一般原則に従い、これを主張する債権者らにある。
(三) 債務者の主張に対する債権者らの反論
(1) 被害発生の蓋然性
① 自主基準値達成の可能性
ごみ焼却施設からはダイオキシン類等の物質が排出されるが、これは過去においては予想されなかったような重大な悪影響を人体に及ぼすものとして社会問題となっている。しかし、債務者は、本件においてこれらの有害物質の除去装置の有効性に関する実験データすら提出しておらず、その自主基準値を達成できることについての疎明はない。特に、バグフィルター、活性炭吸着塔を通過した後に、排ガスが二一〇度にまで再加熱された上、触媒脱硝装置を通過する工程があるが、この段階でデノボ生成が起こり、ダイオキシン類が発生する危険性が高い。そして、債務者が主張するように炉内の燃焼管理を徹底し、バグフィルターや活性炭を使ったとしてもダイオキシン排出量を厚生省の示す新設炉基準値0.1ng―TEQ/Nm3以下に確実に抑制するのは容易なことではないとして、新しい廃棄物処理システムに熱分解ガス化システムを提案する者がいる現状を見れば、債務者がダイオキシン類に関する自主基準値を守ることができる確証はない。
なお、債務者は、ダイオキシン類に関する性能確認試験の具体的方法につき未だ確定しておらず、この点からも自主基準値を達成するだけの性能を有するか否かについての十分な性能確認ができる保障はない。
② 我が国におけるダイオキシン類汚染と規制の問題点
ア 先進欧米諸国においては早くからダイオキシン類の危険性に関心が寄せられ排出削減対策が進められてきたが、我が国においては、国の認識の甘さから、これまで実効性のある排出規制がとられてこなかった。そのため、欧米諸国の都市部のダイオキシン類濃度(アメリカ都市域0.08ないし0.18pg―TEQ/Nm3、ドイツ工業地域0.15pg―TEQ/Nm3、スウェーデン都市域0.024pg―TEQ/Nm3)と比較して、日本におけるダイオキシン類の濃度は、工業地域に近い住宅地域で平均0.59pg―TEQ/Nm3、大都市地域の住宅地で平均0.53pg―TEQ/Nm3、中都市地域で平均0.47pg―TEQ/Nm3、農村地域で平均0.06pg―TEQ/Nm3であるなど、飛び抜けて高い数値となっており、ダイオキシン類による環境汚染は極めて深刻である。
イ この点、厚生省は、遅ればせながら、平成八年六月、耐容一日摂取量(TDI)を一〇pg―TEQ/㎏/dayと決め、これを基準としてごみ焼却施設からのダイオキシン類削減対策を開始し、平成九年一月、「ごみ処理に係わるダイオキシン類発生防止等ガイドライン」をとりまとめた。同ガイドラインにおいては、ごみ焼却施設から発生するダイオキシン類の濃度を緊急に下げるための基準を一立方メートル当たり八〇ng―TEQ/Nm3とし、恒久対策として新設炉については、ダイオキシン類の排出濃度を0.1ng―TEQ/Nm3とする等の基準を設定した。
ウ 環境庁も、平成八年五月、ダイオキシンリスク評価検討会を立ち上げ、同年一二月、健康リスク評価指針(五pg―TEQ/㎏/day)を決定し、ダイオキシン類を大気汚染防止法の指定物質と指定した。平成九年六月には、中央環境審議会大気部会の答申を受けて、ダイオキシン類にかかる指定物質排出施設として廃棄物焼却施設等を指定し、年平均0.8pg―TEQ/Nm3の大気環境濃度の目標値を設定した。そして、同年八月二九日、廃棄物焼却施設等のダイオキシン類排出対策のため大気汚染防止法施行令を一部改正し、既設炉につき、一年以内に達成可能な当面の基準として八〇ng―TEQ/Nm3、五年以内に達成可能な指針値として一ないし一〇ng―TEQ/Nm3を、新設炉につき、0.1ないし5ng―TEQ/Nm3の排出基準を設定した。
エ しかし、これらの基準は、TDIについて、オランダが、一pg―TEQ/㎏/dayと設定し、さらに、米国では、ダイオキシン類を発ガン性物質であり閾値なしとする立場から、米国環境保護省(USEPA)が0.01pg―TEQ/㎏/day、カリフォルニア州が0.007pg―TEQ/㎏/day、米国食品医薬品局(USFDA)が0.006pg―TEQ/㎏/dayの数値を設定していることと比較すると、極めて緩やかな基準である。
オ そして、ⅰ我が国においては、ダイオキシン類のごみ焼却施設以外の調査結果は極めて少く、汚染の実態、発生量の測定や発生源の特定、有効な削減対策についてほとんど解明できていないこと、ⅱ胎児や乳児は、胎盤経由の暴露や母乳を通じて最も高濃度にダイオキシン類を摂取していることから、現在の規制基準では不十分であるとの指摘が有力になされていること、ⅲダイオキシン類は、環境ホルモンの主要物質の一つとしてその新たな危険性が検証されつつあるが、そのホルモン攪乱作用は、胎児や新生児に対しては、大人に対するものとは全く異なった影響を与えることも警告されていること、ⅳ前記のとおり我が国においては、既に諸外国に比して高濃度のダイオキシン類で汚染されていることなどを考えると、仮に本件施設からのダイオキシン類の排出量が、0.1ng―TEQ/Nm3の排出基準を達成されるとしても、ダイオキシン類を排出する施設を建設・稼働しようとする債務者において、ダイオキシン類の安全性の立証を行うべきである。
③ 本件環境影響評価の問題点
ア 債務者は、本件環境影響評価において、風洞実験及び現地拡散の結果に基づき、拡散パラメータの適正を検証した上、プルームモデルを適用した旨主張する。しかし、プルームモデル計算値と整合性の悪い現地拡散実験結果については、検証のためのデータとして採用していないから、債務者の使用した予測モデルは、本件予定地周辺の現実の拡散状況を全く反映していないものであり、この予測モデルによる予測結果は信用できない。
イ 一方、近年のコンピュータの目覚ましい発展を背景として、地形の起伏をモデル化し、そこでの気流及び排ガス拡散を予測するための精密な計算ソフトが開発されているが、その一つに三次元大気乱流拡散数値モデルHOTMAC・RAPTADがある。債権者らが、フュミゲーション時の塩化水素の排ガス着地濃度につき、本件地元観測結果に基づいて初期値を設定した上、排出濃度を平成八年六月改定後の債務者の自主基準値一〇ppmを前提に、このHOTMAC・RAPTADで予測したところ、債務者が本件環境影響評価で定めた環境保全目標を上回る高濃度が予測されている。もし、債務者が十分なデータを用いてより多くの事例について拡散予測を行ったならば、環境基準等を超えた環境濃度が予測されるであろうことは想像に難くない。このように数値解法モデルを利用すれば複雑地形に対応した精密な排ガス拡散予測が十分可能であったにもかかわらず、債務者が、平坦地用の計算モデルであるプルームモデルに固執したのは、数値解法モデルにより、環境基準等を上回る環境濃度予測結果が出ることを恐れたからにほかならない。
ウ なお、債務者が上層気象観測に用いたドップラーソーダーでは、温度成層ファクシミリ記録を得ること及び鉛直成分風速を観測することが可能であり、この記録を利用すれば、一年を通して逆転層の有無・高度を連続的に把握するとともに、本件予定地周辺のダウンドラフトの実態を解明することも可能であった。しかしながら、債務者は、これらの記録を本件環境影響評価に使用しないのみならず、本件準備書作成後、意図的にこれらの記録を破棄した。仮にこれらの記録に基づいて適正に環境アセスメントが行われていたならば、大気汚染物質による高濃度汚染が予測される結果となったはずである。
(2) 本件施設の必要性
本件施設の必要性を論じるに当たっては、既存焼却施設の整備計画が大前提となる。債務者は、新基本計画が策定されて、ごみ量の予測値が従前よりも減少すると、本件施設以外の既存施設だけでは予測ごみ量に対応した焼却能力を確保できず、本件施設が必要であるとの説明がつくように、正式に整備計画の変更を行っていないにもかかわらず、本件仮処分手続中で焼却施設の整備計画の変更を主張しているに過ぎない。そもそも新基本計画策定前に債務者が計画していた整備計画は、実現可能なものであるはずであるから、この計画に従って必要性の判断をすべきである。
3 保全の必要性
(一) 債権者らの主張
債権者らの多くは、既に京都地方裁判所に対して、本件施設の建設工事の差止めを求める訴訟を提起している(第一次提訴平成八年(ワ)第三二五七号の一、第二次提訴平成九年(ワ)第六九一号、第三次提訴同年第(ワ)一六〇〇号)が、現在、債務者は、平成一二年度の工事完成を目指して工事を続行しているので、右訴訟の判決を待っていては、債権者らは回復し難い損害を受けるおそれがある。また、財政的な見地から見ても、工事費用として七二四億円が見込まれているが、本案の勝訴判決が工事完成後になされた場合には、貴重な市民の税金が無駄となり、著しい損害を債務者市民及び債務者市政に及ぼすことになる。したがって、本件事業は直ちに中止されるべきである。
(二) 債務者の主張
そもそも、本件では、被保全権利の疎明がないから、本件仮処分は認められるべきではない。仮に、本件施設の建設工事が差し止められた場合、本件施設については、既に土木造成工事、建築主体工事、空調設備工事、衛生設備工事、ごみ処理設備工事等に係る契約が締結され、既にその一部(合計約二二〇億円)が既払いであるため、この金額が損害として生じるだけでなく、契約の相手方から契約不履行による莫大な損害賠償請求がなされる可能性が高い。その結果債務者に莫大な損害が生じることからも、本件施設建設差止めの保全の必要性はないというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(合意・確約に基づく差止請求権の有無)について
1 前提事実
本件疎明資料(甲一ないし六、七の1、2、八ないし二四、二五の1、2、二六の1ないし6、二七ないし三〇、三一の1ないし3、三二ないし三四、三五の1、2、三六ないし六四、六五の1、2、六六ないし八七、八八の1、2、八九ないし一二〇、一二一の1、2、一二二ないし一五九、一六四、一六五、一六九、一七二ないし一七六、二五八、二五九、乙一ないし一三、二〇ないし二四、三六ないし七五、七七ないし八〇、八五ないし八九、一〇七、一一六ないし一二二、一四四、乙A一ないし五〇、五四ないし九六、九八ないし一〇七、一〇九ないし一二九、一三〇の1、2、一三一ないし一六五、一六七ないし一七二、乙B五、六、一〇、一一)を総合すると、以下の事実を一応認めることができる。
(一) 本件回答書交付に至る経緯等
(1) 特別委員会と債務者との交渉経緯及び交渉内容
① 特別委員会は、平成三年一〇月一五日、債務者市長及び清掃局長に対し、別紙一の本件申入書をもって、次の三項目を要求し、これに対する回答がない限り、地元住民を対象とした説明会の開催を認めない旨の申入れをした。
ア 本件事業計画につき事前に住民に何らの説明もせず、一方的に新聞紙上で発表された経過と理由を明らかにするとともに、地域住民に対して遺憾の意を表明すること。
イ 今後、本件事業計画について地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約をすること。
ウ 本件事業計画の根拠、内容及び諸影響等につき地域住民が正確に理解し、判断するために必要な一切のデータないし資料を特別委員会に提供すること。
② 自治連側の窓口として特別委員会が発足し、同委員会から本件申入書が差し入れられたことを受けて、債務者は、地元住民への説明会の開催等につき協議するため、特別委員会との話合いを開始することを決めた。そして、清掃施設の建設等に関する事務を所掌する施設建設室長である田口室長を中心に、特別委員会との協議・交渉を始めることにした。
③ まず、債務者は、本件申入書に対し、同月一八日、別紙二の森脇局長名義の回答書をもって、前文に、「清掃工場は健康で快適な都市環境と市民生活を守るために不可欠の施設でありますので、なにとぞ建設へのご理解とご協力をお願いいたします。」と記載して、債務者は本件施設の建設がその進める清掃行政上不可欠であると考えていること、特別委員会に対してその建設への協力を要請することを表明した。
④ そして、前記三項目についてはそれぞれ次のとおり回答した。
右アについては、地域住民に対して地元の意見を軽視しているかのような誤解を招いたことは遺憾であり、今後特別委員会と十分に協議していくつもりであること。
右イについては、「新規清掃工場の建設につきましては、地域住民の皆さんのご理解とご協力が最も重要なことであると考えております。今後、事業の各段階におきまして住民の皆さんとできる限り十分な協議を行うよう努力してまいります。しかしながら、事業を一定の期限内に遂行することは行政として当然必要なことであります。また地域住民の皆さんとの協議を進めるにおいても詳細かつ正確な資料が必要でありますので、現地での調査等につきましては是非ご協力をいただきますようお願いいたします。特に、環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、実施前にその説明を十分に行い皆さんのご理解をいただきながら進めてまいる考えです。」
右ウについては、「地域住民の皆さんに新規清掃工場について正確にご理解いただくためにも、できる限りの資料提供を行っていきたいと考えております。」
⑤ 特別委員会は、債務者の右回答は単なる決意表明に過ぎないものであり、到底受け入れ難いものであると考え、同日、債務者と交渉を行った。右交渉の中で、特別委員会は、債務者に対し、右イについて、右回答では、事業を一定の期限内に遂行する行政上の必要さえあれば、住民の理解と協力がなくても事業を遂行することができることになり納得できないことを主張し、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めた。右ウについては、本件施設について住民が正確に理解し判断するために必要な資料であると特別委員会が判断した資料のすべてを提供することを求めた。
これに対し、債務者側は、右イについて、「一切事を進めない」との確約を求められても困る旨の口頭説明をするなどした。
⑥ 債務者は、同月一九日、特別委員会に対し、別紙二の回答書のうち、右イについて、「事業を一定の期限内に遂行することは行政として当然必要なことであります」との記載を削除するなどの修正を加えた回答書を交付し、特別委員会との間で本件申入書に関して二回目の交渉をした。その中で、債務者が、右イについて、地域住民の了承を得ない限り事を進めないとの回答をすることはできないこと、右ウについて、一切のデータないし資料を提供することを求める要求には応じられないことなどについて口頭説明をした。
⑦ これに対し、特別委員会は、右イについて、「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約」を改めて求めた。そして、右回答書の「実施前にその説明を十分に行い皆さんのご理解をいただきながら進めてまいる考え」との内容では、環境アセスメントのための現地調査等についての説明が「十分」か否か、地元住民の「理解」ができたか否かをいかにして判断するのか問題となるから、せめて「事前にその説明を十分に行い、特別委員会の了承を得て行う」との回答をすることを希望した。
右ウについては、「一切の」というのは、本件事業計画の根拠、内容及び諸影響等につき地域住民が正確に理解し、判断するために必要なデータないし資料の意味であり、また、この「必要」か否かの判断は特別委員会が行い、債務者が行うものではないことなどを主張した。そして、もし、債務者側が「一切の」との文言を用いることに抵抗を感じるのなら、「本計画の根拠、内容及び諸影響等につき地域住民が正確に理解し、判断するために必要なものとして特別委員会から申出のあったデータないし資料については、提供する。なお、提供できない特段の事情があるときは、その理由を明示する。」との回答内容にしてはどうかと打診した。
⑧ その結果、債務者は、別紙二の回答書のうち、本件事業の必要性についての債務者の認識、地元住民への協力要請を示す前文については、修正を加えなかったものの、右イについては、「特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります。」と、右ウについては、「本計画の根拠、内容及び諸影響等につき地域住民の皆さんが正確に理解し、判断するために必要なものとして、貴特別委員会から申出のあったデータないし資料は提供してまいりたいと考えております。ただし、提供できない特段の事情がある場合については、その理由を明確にしてまいります。」とそれぞれ修正するなどした上で別紙三の本件回答書を作成し、同月二二日、特別委員会にこれを交付した。
(2) 債務者内部の協議内容等
① 債務者は、特別委員会から本件申入書に対する回答がない限り、地元住民に対する説明会の開催を認めない旨の申入れを受け、地元説明会を開催し円滑に本件事業を進めるため、まず、地元住民の理解と協力を得ながら事業を進めるという債務者の方針を債務者清掃局長名で表明することが適当であると判断した。
② ところで、債務者は、内陸都市であるため、かねてから、全量焼却体制を清掃事業の基本方針としてきたところ、北清掃工場が平成九年ころには耐用年数を迎える予定であったため、債務者清掃局は、中長期的な展望の下、平成九年度までに新規ごみ焼却施設を建設する必要があると考え、その建設を検討してきた。
そして、他の候補地との間で、地質地形等の観点からの工場敷地造成の容易性、景観や自然条件等の観点からの環境への影響度、道路、上下水道等の基盤整備の状況などの諸条件につき比較検討を行い、予備調査を行ってきた。その上で、本件事業を計画し、平成三年五月二一日、右事業案の実施につき債務者市長の決定を得た。右決定当時においては、平成九年度に本件施設の建設を完成させるため、平成四年度中に、アセスメント作業を終了させ、平成五年度中に、住民に対する説明を行い、合意形成をして、本件施設の建設工事を開始する予定であった。
③ そのため、森脇局長は、田口室長に対して、本件申入書に対する回答の具体的内容に関して、本件施設は既存ごみ焼却施設の代替施設であってどうしても建設しなければならないものであり、一部住民の反対で建設できなくなると全市的な清掃事業に大きな影響を来すので、あくまでも本件施設の建設を進めるという前提で、地元住民と話合いを行うこと及び住民の様々な意見を聞き入れるとともにその理解を求めていく方針を示すべきであって、地元住民の了承を得ない限り事業を進めない旨の約束をしてはいけないことを指示した。
また、田口室長も、特別委員会との交渉に当たる部下に対して、地元住民が本件事業に賛成するか否かで本件事業を進めるか否かが決まるような回答をしてはならないが、本件事業を推進するという基本的な姿勢が変更されない限り、本件申入書に対する回答書の字句の修正等に関しては、特別委員会の意見を取り入れてもよいことなどを指示した。
④ そして、森脇局長名義の本件回答書は、前記(1)の経緯で債務者と特別委員会との間で交渉を経た上、債務者清掃局施設建設室が起案した。
本件回答書において、債務者が「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります」と記載したのは次のような判断によるものであった。すなわち、特別委員会が「地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約」をする旨の回答を求めたのに対し、債務者としては、清掃行政上本件施設の建設が不可欠であると認識しており、その建設は債務者の方針であった。したがって、特別委員会が求めるような内容の確約をすることには応じられないものの、特別委員会を初め地域住民の了解を求めるよう最大限の努力をする方針をとることを表明するという趣旨であった。特別委員会の同意を得られるまで本件事業を中止することを表明する趣旨のものではなかった。
また、本件回答書を特別委員会に交付することについては、施設建設室内の担当者等による稟議を一回経ただけで田口室長が決定し、森脇局長は、回答の原案に目を通しただけであり、本件回答書そのものを読んだのは特別委員会へ交付した後のことであった。
⑤ 債務者の事務分掌規則三条第一項は、局長、室長等は、上司の命を受け、所掌事務を掌理し、所属職員を指揮監督する旨定めている。また、局長等(局長、部長、室長、次長、技術長、課長、主管等)が行う専決及び代決について規定する債務者の局長等専決規程二条は、一項において、「局長等は、別に定めがある場合を除き、この訓令の定めるところにより、主管事務について専決し、その責任を負うものとする」とし、二項において、「局長等は、重要若しくは異例と認める事項又は解釈上疑義のある事項については、上司の決定を受けなければならない」として、重要事項等については、上司の決定を受けるべきである旨を定めている。
しかしながら、田口室長は、森脇局長名義の本件回答書を特別委員会へ交付することについては、前記のとおりの森脇局長の指示の範囲内のことであると考えていたため、同局長の決定を受けることなく自ら本件回答書の交付を決定した。また、森脇局長も、本件申入書に対してどのような回答をするかにつき上司たる債務者市長から特に指示は受けていなかったし、部下に対しては本件事業を進めることを前提とした回答書を作成するように指示していたので、回答書の交付により本件事業を推進するという債務者市長の決裁を経た債務者の方針を変更する結果になるとは考えていなかった。それで、回答書の内容について債務者市長の判断を求めたことはなかった。
(3) 本件回答書交付後の交渉等
① 説明会の実施等
債務者は、平成三年一一月九日、地元説明会を開催し(地元住民ら約五〇〇名が出席)、地元住民に対して、本件施設の必要性、計画の概要、本件施設建設地の選定過程、環境保全計画等について説明をした。さらに、特別委員会からの本件事業に関する資料提出の求めに応じて、同委員会に対して、本件事業の予備調査にかかる大気環境調査報告書等の資料を提出するなどした。
② 地元説明会におけるやり取り
本件回答書については、右地元説明会においても話題に上ったが、この点に関する債務者側の発言は、次のとおりであった。
ア まず、森脇局長は、冒頭の挨拶において、特別委員会からの申入れに対する回答として本件回答書を交付して、本件事業に対する債務者の基本姿勢を示したこと、清掃事業は住民の理解が是非必要であり、今後住民の十分な理解を得ながら計画を進めていくつもりであること、債務者は内陸都市であるためごみの埋立地の確保に苦慮しており、埋立地を確保するためにごみの容積を減らすことが必要であると考えていること及び埋立地周辺住民との約束で生ごみを埋め立てることはできないことから、ごみを焼却する必要があり、本件事業についても十分理解をして欲しいことを述べた。
イ その後、特別委員会の宮下事務局長が、右説明会の際債務者が配布した資料の中に「皆さんのご理解とご協力を求めてまいる考え」と記載されている点を捉えて、「貴特別委員会の了承を得て進めてまいります」と記載されている本件回答書の表現から後退している旨の指摘をした。これに対して、森脇局長は、「決して本件回答書の中身を後退してきたわけではございません。」「なお、事業を進めていくにあたっては……もちろん対策委員会のご了承を(得て)進めていくことについても回答書の通り、異なったということは(ございません)。」と、右資料中の記載内容と本件回答書における記載内容とは同趣旨のものである旨の回答をした。
ウ 宮下事務局長は、本件回答書の内容について、「今後都市計画上のさまざまな段階について、一方的に私ども住民側の理解と納得なしには、一歩も事を進めない、そういうことを約束頂けるわけですね。そのことを明言して頂きたい。」と発言した。これに対し、森脇局長は、「われわれとしても一方的に事を進めるという考え方をとらない。十分協議をして、了承して頂いた上で(進める)。」と、地元住民の意見を無視してすぐ本件事業を進めることはせず、その了承を得るように努力はするものの、本件事業自体は推進していく意図である旨述べた。結局、特別委員会や地元住民の同意が得られるまで本件事業を中止・凍結する旨は明言しなかった。
エ さらに、宮下事務局長は、「今後、本計画については地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます」との本件申入書による申入れに対する本件回答書では、「貴特別委員会の了承を得て進めてまいります」との回答がされている点につき、「了承が得られなければ、一方的に事を進めないという……あらためて最後に、局長の方から、住民の理解と納得なしには事を進めない確約をせよ。」と発言した。これに対し、森脇局長は、「……けれど、対策委員会の方と十分協議をして、その了承の上で建設を進めていく。」「まあわれわれも、……これから対策委員会の皆さん方と十分話合いをする。その中で、やはり、……理解、信頼……この地域を守り、なおかつ清掃にもプラスになるような状況を作りたい。」等と述べて、特別委員会が本件事業に同意しなかった場合に、本件事業を中止するか否かについては明確に触れることなく、本件事業の推進を前提として、特別委員会と協議をしつつその了承を得た上で本件施設の建設を進める意向である旨の回答をした。
(二) 本件確認書交付に至る経緯等
(1) 特別委員会と債務者との交渉経緯及び交渉内容
① 環境アセスメント予算の計上及び関係悪化
ア 前記(一)(3)①のとおり、債務者は、特別委員会との間で、本件事業に関する協議・交渉を進めていたが、その一方で、平成四年二月、本件事業にかかる環境アセスメント及び用地測量等の調査費用として四億六一〇〇万円を計上した予算案を債務者議会へ提出した。
イ これに対して、特別委員会は、同月二七日付申入書をもって、本件回答書で、「特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります。」と確約しているにもかかわらず、特別委員会の了承なく調査費用の計上を行ったのは、右確約違反であること、債務者が今なすべきは、全量焼却体制に代わる新たな清掃行政方針の策定及び本件事業計画の根本的な見直しであって、環境影響調査等ではないことなどを理由に、本件施設建設関連費目の撤回・削除を求めた。
ウ しかし、債務者は、同年三月一三日付け森脇局長名義の回答書の中で、「環境アセスメント等調査費の予算計上は、京都市の責務です。」との見出しの下に、「予算の調整は、市長の根幹的任務であり、予算を審議、議決する市議会を初めとする他の機関に制限されないものです。」とした上、環境アセスメントは、「一定の立場からの予断をもって主張されている『公害の発生、環境破壊の恐れ』について、科学的な解答を与えることができることからも、極めて重要な作業であります。今後に環境アセスメントの実施を予定していることは、再々貴委員会にも意思表示しているところであり、具体的な提案も近々行いたいと考えております。この提案の前提として、必要な経費について所要の予算措置を準備しておくことは、当然の行為と考えております。ごみ量の増加や市内各清掃工場の老朽化に伴う建替に対応するため、新規清掃工場の建設を円滑に推進する必要があります。このため、地元や市民の理解の下に、事業を進める努力を行うことは、行政の責務であると判断しているところです。」と本件事業を推進する方針を変更する意図はないこと、右事業を円滑に進めるために環境アセスメントが必要であり、その実施のための予算を計上するのは当然のことと考えていることなどを回答した。
そして、さらに、「環境アセスメント等調査費の予算計上は、貴委員会との確約に反していません」との見出しの下に、「私どもは、計画公表直後から『事業の各段階において、地元の皆様の御理解が得られるよう、誠意をもって説明していく。』ことを表明しており、昨年一〇月二二日付けの貴委員会への『回答書』の中でも明らかにしております。この間一貫して、『事業の各段階』や『重要な作業』については、事業が具体的にたどるべき階梯として、環境アセスメントや都市計画決定等を例示しているところであり、これらの前提となる予算計上や事業の理解を深めていただくための取組について述べたものではありません。予算案は、気象に関する通年観測を初めとする平成四、五年度に渡る環境アセスメントの作業について、その経費を計上したものであり、予算の議決が得られれば、貴委員会に対し調査方法等について十分な説明を行い、了承の下に現地調査を実施してまいりたいと考えております。」との回答をし、環境アセスメント等調査費の予算計上が本件回答書の内容に反していないと考えること、右費目を撤回する意思のないことなどを明らかにした。
エ 特別委員会は、右回答中の「一定の立場からの予断をもって」との文言に反発し、平成四年四月二二日、右文言を直ちに撤回・削除するよう要求した。さらに、同年五月一一日、債務者に対し、「確約」に基づいて住民と誠意をもって話し合うこと、ごみの減量、分別・リサイクルを推進することなどを求める約五万七〇〇〇名の請願署名を債務者議会議長に提出した。
オ 債務者は、同年五月一五日、同日付回答書において、特別委員会の配布した広報紙の内容等を取り上げて、同委員会は、「『現在ある工場はかまわないが、新しい工場は困る』との観点から、清掃施設への嫌悪感を表明し続けて」おり、「事実を科学的に解明していく立場ではなく、清掃施設への嫌悪感を煽る『一定の立場』である」から、右文言の撤回・削除に応じることができないことなどの回答をした。
カ 特別委員会は、債務者に右回答につき「不当な歪曲とデマに抗議し、誠実な対応を要求する!」と題する抗議書を提出し、特別委員会に対する債務者の認識を是正するよう求めた。
しかし、債務者は、同年八月、地元住民らに「新規清掃工場建設に係る地元説明経過ならびに今後の予定について」と題する債務者清掃局施設建設室名義の文書を配布し、同文書において、次のように述べて、本件事業の必要性を強調した上、特別委員会の意見を受け止めつつ早期に環境アセスメントを実施することを表明した。
「清掃工場は、言うまでもなく市民生活や都市環境を守るために極めて重要な役割を果たしています。そして、ごみ量の推移や既存工場の耐用年限の到来による建替の必要などから、新たな清掃工場の建設がぜひとも必要な状況にあります。もちろん、ごみ減量化の取組は、ごみ処理施設の整備とともに、適正なごみ処理のための車の両輪として重要であります。『京都市ごみ減量化等検討委員会』の提言の具体化を図り、市民、事業者と協力しながら実効ある減量化の取組をしてまいる考えでありますが、ごみの発生が経済構造やライフスタイルにも起因することから、安定したごみ処理体制を考えたとき、減量化・リサイクルの取組によってただちに新規清掃工場の建設が必要でなくなると判断することはできません。また、北清掃工場の耐用年限が具体的に迫ってきていることから、新規清掃工場の建設に向けた結論を、一定の期限内に出す必要があります。このため、昨年来の『特別委員会』との協議の経過を踏まえながら、できるだけ速やかに現地での環境調査等に着手できるよう、理解を求めてまいる考えです。」
さらに、同文書においては、前記平成四年五月一五日付回答書を援用して、特別委員会が、債務者の説明、提供資料等から導き出せない推論を広報紙等で発表されていることは残念である旨の意見を表明するなどして、特別委員会の右是正の要求を拒否した。
キ 以上のような経緯で、特別委員会と債務者との関係は悪化し、本件事業に関する話合いは、同年五月以後、実質的に中断した。
② 交渉・協議の再開
ア 右のような状況に陥り、森脇局長は、田口室長に対して、できるだけ早く地元住民の理解を得て円滑に本件事業に着手するため、早急に地元住民の窓口である特別委員会との関係修復を図るように指示した。田口室長は、平成四年九月二九日、荒川委員長と膠着状態を打開するため意見交換をした。
イ 債務者と特別委員会は、同年一〇月一八日、協議の場(拡大特別委員会)を設けた。
田口室長は、右協議の席上、「昨年の一〇月に局長名で示した『了承を得て進める』姿勢は変わっていませんし、今後も進めていきます。」、「特別委員会は地元自治会の規約に基づき住民の方々の総意により結成され、工場建設に関する地元窓口として、ご尽力されていることは十分承知しており、今後とも特別委員会の理解を求めて折衝を続けていきます。ごみ全般について多様な議論を広げられ、地域においては工場建設を契機として全住民に考えていただいていることに敬意を表します。全市に広がるのはごみ問題に大きな成果に繋がっていき、行政としても全力をあげみなさんのご協力により、成否も決まるのではと思っております。」と本件回答書の回答内容を変更するつもりはなく、特別委員会を地元住民との交渉窓口と考えており、本件事業につき同委員会の理解を得るよう努力をする旨発言した。
前記①オ記載の平成四年五月一五日の特別委員会に対する回答については、「(この回答が)特別委員会が工場の嫌悪感を煽ることを目的として活動していると決め付けられていると受け取られていることは、生産的な話合いの前進に繋がらないので、私どもから陳謝致します。」と特別委員会の基本的立場に関する記載に不適切な部分があったとして陳謝した。
さらに、特別委員会と債務者との話合いについても、「特別委員会が『賛成・反対でない、まだ市から説明がされていない』とおっしゃることは理解しており、我々も賛成・反対の話合いについても十分精力的に進めていかなければと考えております。……住民の不安、疑問を解消し、その後も地元とパイプを持って誠実に運営しています。その後も話合い等を含み、逃げたりしません。今回も誠心誠意進めたいと思っています。」と述べて、一方的に特別委員会との協議・交渉を打ち切らず、特別委員会との協議を行い、できるだけ住民の不安、疑問を解消しながら本件事業を進めていく意向であること、会合毎に論点を絞って話し合うことなどできるだけ地元住民の理解を求めるよう努力するつもりであることなどを表明した。
ウ さらに、右協議の席上、荒川委員長は、田口室長の右発言を文書化することに関して、「特別委員会より述べたいが、一〇月の局長名の確約を守るということ、この間あの文書の中身の理解が一方的な解釈をとっている、あの確約はどういうものか、正確な理解を改めて要請ということを申し入れるとともに、この前のアセスの予算計上にしても事前の説明もなく突然だった。遵守にかかわる具体的手立てを何らかの形で明確にするということを改めて話したい。」と発言し、さらに、話合いのテーマ毎に関連する債務者側の部署の責任者が出席することを求めた。
エ これを受けて、債務者は、本件回答書の解釈には触れることなく、本件施設の建設が不可欠であると考えていること、また、問題点ごとに債務者側の関係者が出席して、特別委員会と話し合う予定であると回答した。
オ 右協議において、債務者と特別委員会とは、協議結果につき債務者が確認書を作成する旨の合意をし、特別委員会は債務者から本件確認書案を作成することの依頼を受けた。
③ 本件確認書の交付
特別委員会は、同年一一月九日、債務者に対して、右協議に基づき別紙四の本件確認書案を作成して交付した。債務者は、右案を検討してほぼそのまま採用し、別紙五の田口室長名義の本件確認書を作成し、同月二〇日特別委員会に交付した。
(2) 債務者内部の協議内容等
① 田口室長は、ごみ焼却施設の建設及び建設後の運営を含めて地元住民との友好関係を保たなければならないと考え、特別委員会との悪化した関係を修復するため、前記平成四年一〇月一八日開催の協議の場において、特別委員会の要求に応じて陳謝した。
② また、田口室長は、本件確認書の作成については、特別委員会との関係を修復すること、そのために本件回答書で示した方針に戻ることに主眼があること、しかも、右協議の場における債務者の発言内容が本件事業を推進するという方針を変更するものではないことなどの理由により、特別委員会に本件確認書の文案の作成を任せることにした。
さらに、特別委員会から提出された本件確認書案に基づいて本件確認書を作成しても右の観点からみて差し支えないと考えられたため、右案につき意味内容を特に吟味することもなく、主語、文体等をいくらか修正しただけでほぼこれと同一の本件確認書を作成した。
③ 田口室長は、本件確認書が本件回答書の内容から逸脱するものではなく、特別委員会に対して回答をするに当たっては地元住民の了承を得ない限り事業を進めない旨の約束をしてはいけないとの森脇局長の指示に反するものではないと考えた。そこで、本件確認書を特別委員会へ交付することについても、森脇局長の決定を経ることなく、施設建設室内の担当者等による禀議を一回経ただけで自らが決定した。
④ 森脇局長も、本件確認書を特別委員会へ交付した後に読んだが、同文書は、本件回答書で示した債務者の方針を再度確認したものに過ぎないと考えたため、これについて何ら指示することはなかった。
(3) 本件確認書交付後の交渉等
① 債務者は、平成四年一一月四日、特別委員会との間で、今後の交渉の進め方につき打合せを行ったが、この際、ア 新規ごみ焼却施設の必要性、イ 本件施設の立地選定過程、ウ 本件施設の安全性、エ 交通問題の四項目につき、地元住民に対して説明会を開催し話合いを行うことで合意した。
② 債務者は、右合意に基づき、同年一二月一二日、説明会を開催し、地元住民ら約四五名が出席した。債務者は、清掃行政についての基本方針とともに、ごみの再資源化・リサイクルと焼却処理は両者とも進めていかなければならず、本件施設の建設が必要であることなどを説明した。
これに対し、特別委員会は、債務者に対し、他都市と比較して債務者のごみ減量化、リサイクル等が立ち後れていること、その結果ごみが増加して本件施設が必要となっているのであれば、清掃行政の遅れのツケを市原野住民にまわすものであり承諾できないこと、債務者はごみ減量化等推進検討委員会の一〇パーセントのごみ減量の提言を受けて一般廃棄物処理基本計画の見直しを進めており、新計画ではごみ減量化が盛り込まれるはずであるから、本件施設の必要性の判断に際しては、新計画の内容を知る必要があることなどを主張した。
③ その後、特別委員会は、債務者市長らに対し、債務者清掃条例の改正案(京都市廃棄物の減量及び適正処理等に関する条例案)について、環境保全・資源循環型社会システムの形成に向けた債務者の責務をより積極的・具体的に明らかにし、清掃行政における公開と市民参加の原則を明記すること、廃棄物発生源対策(発生抑制)の徹底、分別収集の徹底等を内容とする修正意見を提出した。また、債務者の一般廃棄物処理基本計画案を審議する京都市廃棄物減量等推進審議会について、その会議を広く市民に公開すること、同審議会に諮問を予定している同計画案の中から本件事業計画の部分を全面削除することなどを求めた。
④ そこで、債務者は、平成五年二月六日から同年六月二七日までの間に条例の改正案、一般廃棄物処理基本計画案等の説明を含む本件施設の必要性に関する説明会を四回開催し、地元住民ら約三五ないし五〇名が出席した。また、特別委員会との間で、説明会に関する事前折衝、京都市廃棄物の減量及び適正処理等に関する条例(改正条例)案等についての説明、右審議会についての申入れに関する質疑応答等を少なくとも一七回実施した。
(三) 本件事業着手に至る経緯
(1) 自治連は、右協議の間の平成五年六月六日、本件予定地付近の気象観測を独自に行い、その結果逆転層が観測されたとして、同月八日、自治連会長、特別委員会委員長及び特別委員会専門委員の連名で「京都市が『事前調査』で市原野は逆転層ができない安全な地域として位置付けていたことが誤りであるという重大な結果を得ました。」と結論付けた文書を新聞社ヘファクシミリで送付した。その結果、同月一〇日付け朝刊各紙に、「市の調査は誤り」「逆転層でき煙滞留」等の見出しのもとに、「市は『市原野地区は……逆転する層のできない安全な地域』と説明してきた」などの記事が掲載され、そのため債務者は各方面から厳しい追及を受けるなど大きな反響が起きた。
(2) そこで、債務者は、地域住民の不安を解消し、新規ごみ焼却施設の建設工事に着工するため、早期に環境アセスメントを開始する必要があると考え、同年六月二一日、特別委員会に対して環境アセスメントの実施を申し入れた。しかし、特別委員会は、本件施設の必要性につき議論が尽くされていないとの理由でその実施に反対した。債務者は、同年九月四日、立地選定過程及び本件事業に関する予備調査についての説明の実施を申し入れたが、特別委員会はこれも拒否した。
(3) ところで、特別委員会は、同年一二月二三日、債務者の計画している本件事業に関する環境調査につき、右調査に当たることが予定されていた財団法人日本気象協会関西本部による説明会を主催した。債務者は、予備調査の結果に基づく環境への影響の評価に関する説明については債務者が行うべきものと考えており、右説明会に担当者を出席させることを検討したが、特別委員会から同委員会の出席を認めた者についてのみ参加を認める旨の通知がなされたため、債務者の関係者は出席しなかった。同協会は、この説明会において、本件事業の予備調査の結果に関して、「排ガスの拡散等につき問題が生じるおそれがないとまでは言い切れない」と述べるなどしたところ、これを各新聞が報道し、地元住民等の不安をかき立てる結果となった。
(4) そこで、債務者は、特別委員会の行う第二回説明会には、債務者も出席し、予備調査の結果に基づく評価に関する質問については債務者から説明したい旨を申し入れたが、特別委員会はこれを拒否した。そのため、債務者は、特別委員会が不合理な本件施設建設反対運動に出たものであり、地元住民との折衝の窓口機能を果たすことはできなくなったと判断し、平成六年三月一日、特別委員会の了承を得ることなく環境調査を開始した。
(5) 債務者は、その後、特別委員会との間で本件事業についての協議を行うことはしなかったものの、地元住民に対しては、環境調査の進め方、その内容や地元住民からの意見に対する債務者としての見解等を記載した広報紙を配布するなどした。また、平成六年一〇月一六日には自治連と共催で環境調査説明会を開催し、平成七年七月九日には環境調査結果の説明会を開催するなどして、本件事業の進捗に応じて、地元住民との質疑応答・協議の場を設けてきた。そして、債務者は、右環境調査結果に基づき本件準備書及び本件評価書を作成するなどした上、平成九年一月、本件施設建設工事に着手した。
(6) また、債務者は、平成九年九月には自治連役員との間で、本件施設の基本的な建設計画を前提に、稼働後の環境保全対策等につき自治連と債務者とが話し合う場として「検討委員会」を設けることを合意した。そして、検討委員会の運営方法等についての協議を経て、平成一〇年九月一八日以後、検討委員会を開催し、本件施設建設基本計画、環境保全対策等についての議論を進めるなどした。
2 判断
前記認定事実に基づいて判断する。
(一) 契約(合意)としての拘束力
第一債権者らは、債務者に対する本件施設建設工事差止請求権の発生原因として、特別委員会を窓口として第一債権者らを代表する自治連と債務者との間で、自治連(特別委員会)の了承を受けないで、本件施設建設のための環境アセスメント手続、都市計画手続及びこれらに続く建設工事を強行することはしない旨の本件契約(確約)が成立したと主張する。仮に、その契約の内容が右のようなものでないとしても、債務者が必要なデータ、資料をすべて提供し、かつ、テーマ毎に問題を絞って納得のいくまで十分に説明を尽くしたにもかかわらず、自治連(特別委員会)が合理的な根拠もなしに了承を拒否している場合に初めて本件施設建設工事及びその準備作業を進める旨の本件契約(確約)が成立したと主張する。
よって、以下に右主張について検討する。
(1) 本件回答書の拘束力
①ア 第一債権者らの主張は、必ずしも明確でない部分もあるが、次のような趣旨のものであると解される。
すなわち、特別委員会の提出した本件申入書中、「今後、本計画については、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます。」との文言が、債務者に対して地元住民の同意がない限り本件事業を中止をする旨の合意すなわち地元住民の同意を解除条件とする本件事業の中止義務を債務者が負う旨の合意をするよう求めた契約の申込みに当たる。これに対して、債務者は、本件回答書で、「特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります」との回答をした。これが、同意を得る相手方を特別委員会とし、同意を得る対象を本件事業に関する環境アセスメントのための現地調査等の重要な作業に限定した上で、これにつき特別委員会の同意がない限り右作業を中止する旨の承諾の意思表示すなわち特別委員会の同意を解除条件とする本件事業にかかる右作業の中止義務を債務者が負う旨の承諾の意思表示に該当する。したがって、その限度で特別委員会と債務者との間に法的拘束力ある契約が成立した。
イ しかし、本件申入書中の右文言のうち、「確約」とは債務者に対してどのような行為を求めているのか、「地域住民」とは具体的に誰を指すのか、「理解と納得なしには一切事を進めない」とは具体的にどのような法的効果の発生を求めたものなのか等については必ずしも明確ではなく、したがって、右文言が債権者が主張するような契約の申込みに該当するものとは即断できない。
現に、右「確約」の意味内容が不明確であったために、前記1に認定したとおり、この「確約」の内容を巡り両者間に紛糾が生じ、事態を一層複雑にしてきたという経緯があったのである。
②ア 仮に、本件申入書中の右文言が右のような契約の申込みだとしても、以下の理由で、これに対応する債務者の承諾の意思表示は存在しないというべきである。
イ まず、本件事業の遂行の可否のように重要な事項につき法的拘束力のある契約を締結するのであれば、契約内容を文書化するだけでなく、双方当事者が、その内容を十分確認した上で記名押印した文書を作成することが通常であると考えられる。しかしながら、本件回答書の形式を見ると、その表題は、「回答書」とされており、作成名義人は債務者の長たる市長ではなく、債務者清掃局長であり(しかもその記名がされているだけで押印はない)、特別委員会の荒川委員長は名宛人として記載されているに過ぎない。
ウ 次に、本件回答書が作成・交付された経緯は、前記1(一)(1)に一応認定したとおりである。
すなわち、特別委員会は、債務者に対し、本件事業計画につき、「地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約」を強く求めた。これに対し、債務者は、「一切事を進めない」との回答をすること、つまり、地元住民の同意がない限り本件事業を中止する旨の回答をすることはできないとする態度を一貫してとり続け、「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、実施前にその説明を十分に行い皆さんのご理解をいただきながら進めてまいる考えです」との回答を記載した別紙二の平成三年一〇月一八日付回答書を特別委員会に交付するなどした。
しかしながら、結局、特別委員会から、右回答書の内容では、環境アセスメントのための現地調査等についての説明が十分か否か、地元住民が理解できたか否かをいかにして判断するのか問題が生じるから、せめて右作業につき特別委員会の了承を得て行う旨の回答をすることを望むとの意見が出され、右回答書を修正して本件回答書を作成の上、これを特別委員会に交付した。
エ そして、債務者が右の経緯で交付した本件回答書の内容は、「3 今後、本計画については、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます。」との特別委員会からの申入内容を示す見出しの下に、これと対比させる形で、本件施設の建設につき地元住民の理解と協力を得ることが重要であると考えているとの基本方針を示し、現地調査等につき地元住民の協力を要請するというものである。それとともに、本件申入書を巡る交渉の過程で特別委員会から本件事業に関する重要な作業につき債務者の行う説明が地元住民にとって理解できたか否か等につき同委員会が判断をすべきであるとの意見が出されたことを受けて、「特に環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります。」との回答がなされている。
しかしながら、特別委員会の同意がない限り本件事業や右事業に関する作業を中止する旨を明確に示した文言は記載されていない。かえって、本件回答書の前文では、「清掃工場は健康で快適な都布環境と市民生活を守るために不可欠の施設でありますので、なにとぞ建設へのご理解とご協力をお願いいたします。」として、債務者は本件事業の遂行を不可欠であると考え、あくまでもこれを遂行するとの基本姿勢を示し、特別委員会に対して本件事業についての理解と協力を要請しているのである。
オ さらに、本件回答書交付後も、前記1(一)(3)②に一応認定したとおり、森脇局長は、地元説明会において、その冒頭挨拶で、債務者としてはごみの容積を減らすために焼却処理が必要であると考えていること、本件事業についての理解を要請することなどを表明するとともに、宮下事務局長から地元住民の理解と納得なしに一切事を進めない旨を確約するよう執拗に求められても、本件事業につき地元住民の了承を得るように努力はするものの、本件事業自体は推進していく意図である旨述べており、特別委員会や地元住民が本件事業につき同意しなかった場合にこれを中止するか否かについては何ら言及することはなかった。
また、前記1(二)(1)①に一応認定したとおり、債務者は、その後特別委員会に対して発信した文書などにおいても、本件事業の中止に言及するどころか、むしろ、一貫して本件事業を推進していくことの必要性を強調してきた。
カ ところで、債務者は、前記1(一)(2)認定のとおり、地元説明会を開催して円滑に本件事業を進めるために、本件申入書に対して、地元住民の理解と協力を得ながら事業を進めるという債務者の方針を示すことが必要であると考えた。その一方で、本件回答書交付当時、本件施設を平成九年度中に完成させることが清掃行政上不可欠であり、地元住民らの了承が得られるまで本件事業を凍結・中止することを約束することはできないとも考えていた。そこで、本件回答書においても、本件事業を推進していく旨の基本姿勢を示すとともに、本件事業の中止義務については言及しなかったのである。
そして、債務者は、本件回答書の記載内容からは、同回答書を特別委員会へ交付しても、それによって特別委員会の同意を得られるまで本件事業を中止する旨の合意が同委員会との間に成立する結果にはならないと考えた。それで、本件回答書を交付することについては、一回禀議が行われただけで、その作成についても格別慎重な協議を経ることもなく、特別委員会への交付に先立ち債務者市長に判断を求めたこともなかった。しかも、同回答書が清掃局長名義の文書であるにもかかわらず、同局長の決定を受けることもなく部下である施設建設室長がその特別委員会への交付を決定したのである。
もし、本件回答書によって、債務者が本件事業にかかる重要な作業につき特別委員会の同意がなければ右作業を中止する旨の承諾の意思表示をしたことになり、右意思表示の範囲で特別委員会との意思の合致が認められることになれば、債務者としては、およそ「重要な作業」に関しては、その実施に特別委員会が同意しない限り、当該作業に着手できず、ひいては、本件事業を完成させることができないという結果になるわけである。債務者にとっては、右のような結果を受け入れることは、本件回答書交付時における債務者の本件事業の必要性に関する認識に照らすと、到底できないことであった。
キ 債務者は、特別委員会や地元住民の了承を得ない限り本件事業を進めることができなくなってしまうことを恐れて、本件申入書を巡る交渉の過程で一貫して「一切事を進めない」との回答をすることができない旨主張していたし、本件回答書の前文でも本件事業の必要性を強調していたのである。したがって、債務者が、本件事業の推進を前提に、特別委員会との協議の場を持ち、本件事業の円滑な推進の実現を目的として本件回答書を作成・交付していることからも、本件事業及び右事業に関する作業を中止する意思がなかったことは特別委員会として十分に了解可能であったというべきである。
③ア 右に検討したところによれば、次のように認められる。
ⅰ 本件回答書交付に至る経緯についてみると、同回答書は、債務者が、地元住民の同意がない限り本件事業を中止する旨の回答をすることはできないとの態度を一貫してとった末交付されたものであった。
ⅱ 本件回答書の形式についてみると、同回答書は、契約当事者の表示方法が通常の契約書と異なるものであるし、また、本件申入書記載の特別委員会側の申入れと対比する形で債務者側の回答が記載されたものであった。
ⅲ 本件回答書の内容についてみると、本件事業及びこれに関する作業について債務者の中止義務が端的に明記されたものではなく、全体としてみれば、本件事業の必要性を説き、特別委員会に対して事業への協力を要請するとともに、本件事業に関する作業の一部につき特別委員会の同意を得て実施する旨が記載されたものに過ぎないものであった。
ⅳ 本件回答書交付後の事情についてみると、債務者は、特別委員会に対して、本件事業の中止につき明確には言及していないどころか、一貫して本件事業の必要性を主張してきた。
ⅴ 本件回答書作成・交付当時の当事者の合理的意思についてみると、債務者としては、同回答書の交付により、特別委員会の同意の有無で本件事業の成否が決せられる結果となるとは考えておらず、他方、特別委員会としては、債務者に本件事業及び右事業に関する作業を中止する意図がなかったことは十分に了解可能であった。
イ ところで、この種公共事業につき中止義務を課する契約においては、それが中止されることにより生じる影響が甚大であることに鑑みると、中止義務が課される作業の範囲及び中止義務の存続期間・解除条件等の作業を開始しこれを完成させるための条件、期限等が、その本質的要素になるものと解される。しかし、前記のとおり本件回答書においては、そもそも本件事業及びこれに関する作業についての債務者の中止義務の有無が明記されていない。
この点、第一債権者らは、中止義務が課される作業の範囲は、本件回答書記載の「環境アセスメントのための現地調査等重要な作業」に限定されると主張する。しかし、右作業がいかなる範囲内のものを指すのかは具体的かつ明確ではない。現実にも、本件回答書交付後、前記1(二)(1)①に一応認定したとおり環境アセスメント等に要する費用を予算案に計上したことが「特別委員会の了承」を得るべき対象に当たるか否かに関して、双方の意見が対立し、紛争が生じたところである。
また、中止義務の存続期間は明確には定められておらず、第一債権者らが解除条件として主張する「特別委員会の了承」についても、具体的にどのようなものを予定しているのかは不明確である。
このような事情に鑑みると、本件回答書の内容は、法的効果の発生を意図した意思表示というにはなお具体性に欠けるものというべきである。
ウ 以上によれば、本件回答書を交付したことによって、債務者が本件事業及びこれに関する作業についての解除条件付中止義務の発生を意図した意思表示をしたものと一応認めることはできない。
債務者は、本件回答書の交付により、特別委員会の同意がない限り本件事業を中止する旨の合意をするよう求めた契約の申込みを拒否し、その一方で、本件事業の推進を前提としつつ、本件事業及びこれに関する作業につき同委員会の同意を得るよう最大限の努力をする旨の方針を表明したに過ぎないものと解するのが相当である。
(2) 本件確認書の拘束力
① 第一債権者らの主張は、本件確認書に関しても必ずしも明確ではないが、債務者は、本件確認書において、本件事業に関する環境アセスメントのための現地調査等の重要な作業につき特別委員会の同意がない限り本件事業を中止する旨の契約を成立させた本件回答書の内容を確認し、もって、特別委員会との間で、同委員会の同意を解除条件とする本件事業にかかる右作業の中止義務を負う旨の契約を締結したという趣旨のものであると解される。
しかし、前記(1)で検討したとおり、本件回答書自体が、第一債権者らの主張するような本件契約(確約)を成立させるものではないから、これを確認したからといって本件契約(確約)を締結したとはいえない。また、以下の理由によって、本件確認書の交付により、本件事業に関する環境アセスメントのための現地調査等の重要な作業につき、特別委員会の同意がない限りこれを中止する旨の契約が新たに成立したともいえないというべきである。
②ア まず、本件確認書も、その表題は、「確認書」とされているに過ぎず、作成名義人は、債務者市長ではなく、債務者清掃局施設建設室長であり(しかもその記名がされているだけで押印はない)、特別委員会の荒川委員長は名宛人として記載されているに過ぎない。
イ 次に、本件確認書が作成・交付された経緯は、前記1(二)(1)に一応認定したとおりである。
すなわち、債務者が特別委員会は清掃施設への嫌悪感を煽る立場に立って活動している旨の記載内容の文書を同委員会等に交付したことなどに端を発して本件事業に関する話合いが中断していたところ、話合いを再開することなどを目的として平成四年一〇月一八日特別委員会と債務者との間で協議が行われた。
同協議において、債務者は本件回答書の回答内容に変更がないこと、特別委員会との交渉の中で同委員会につき不適切な表現を使用したが、依然として同委員会を地元住民との交渉窓口であると考えていること、同委員会との協議においてできるだけ住民の不安、疑問を解消しながら本件事業を進めていく意向であることなどを発言した。そして、これらの発言内容等を文書化することになり、特別委員会の作成した本件確認書案をほぼそのまま採用して本件確認書を作成の上、同委員会に交付した。
ウ 本件確認書には、前文において、右協議に至る経緯及び右協議における田口室長の発言内容の要約が「経過」と題して記載され、「これらの経過を踏まえ、特別委員会に対して下記のとおり確認するものであります。」とした上で、一項において、「昨年一〇月二二日の局長回答を踏まえ、今後、事業につき特別委員会の了承を得て進めていくことを再確認します。」と本件回答書の内容を確認する旨の記載がされており、六項において、「問題をしぼって納得いくまで話合ってまいります。話合いの回数を重ねたからといって、一方的にことを進めるということはいたしません。」と、七項において、「新規清掃工場の必要性、市原野を予定地とするに至った立地選定経過、予備調査の内容をはじめとして、現時点で地元に納得していただけるだけの説明ができていないことを確認します。」などと記載されている。
しかしながら、特別委員会の同意がない限り本件事業や右事業に関する作業を中止する旨を明確にした文言はやはり記載されていない。債務者は、前記1(二)(1)に一応認定したとおり、本件回答書交付後、特別委員会に対して、一貫して本件事業推進の必要性を主張してきたし、平成四年一〇月一八日開催の右協議においても、本件施設の建設が不可欠であると考えている旨の発言をしていたのである。このような債務者の態度に照らしてみれば、特別委員会としては本件事業の中止に関しては明確な確認を要求して然るべきであろうと考えられるのであるが、本件確認書にはそのような記載はなされていないのである。
エ ところで、債務者は、前記1(二)(2)に一応認定したとおり、当時は、特別委員会との関係修復に主眼があったため、本件確認書の文案の作成を特別委員会に任せた。そして、文案の内容どおりに本件確認書を作成し、交付しても、本件回答書で示した方針を超えて新たに義務が生じるわけではないと考えたからこそ、ほぼ文案の内容どおりに本件確認書を作成したのであるし、その交付についても施設建設室長限りで決定したのである。
したがって、もし、本件確認書の交付により、新たに本件事業又は本件事業に関する作業の中止義務が生ずるならば、このような結果は債務者にとっては到底受け入れることのできないものであった。他方、特別委員会は、債務者が、一貫して本件事業の必要性を主張していることから、本件事業及び右事業に関する作業を中止する意思がなかったことは十分に了解可能であったというべきである。
③ 右に検討したところによれば、次のように一応認められる。
ア 本件確認書交付に至る経緯についてみると、同確認書は、中断していた本件事業に関する話合いを再開することなどを目的として開催された協議の場において、債務者が、依然特別委員会を地元住民との交渉窓口であると考えていること、特別委員会との協議を通じて地元住民の不安、疑問を解消しながら本件事業を進めていく意向であることなどを発言したことにつき文書化する目的で作成されたものであった。
イ 本件確認書の形式についてみると、同確認書は、契約当事者の表示方法が通常の契約書と異なるものであるし、また、その内容についても、本件事業及びこれに関する作業について債務者の中止義務が明記されたものではなく、全体としてみれば、本件回答書で表明した方針を確認し、争点を絞って特別委員会が納得できるまで協議・交渉を行いながら本件事業を進める意向であるとともに、現時点では本件事業につき特別委員会が納得するだけの説明ができていないとの現状認識を有している旨の記載がされたものに過ぎないものであった。
ウ 本件確認書作成・交付当時の当事者の合理的意思についてみると、債務者としては、同確認書の交付により新たに本件事業の中止義務が生じる結果となるとは考えていなかった。債務者は、本件回答書交付後本件確認書交付に至るまで一貫して本件事業推進の必要性を主張してきたにもかかわらず、特別委員会が作成した本件確認書案には本件事業に関する作業の中止義務が明確かつ具体的には記載されていなかったため、これに従って作成した本件確認書を交付しても本件事業に関する作業の中止義務につき法的拘束力のある契約を締結することになるとは考えてはいなかった。他方、特別委員会としては、債務者に本件事業及び右事業に関する作業を中止する意図がなかったことは十分に了解可能であった。
④ 以上の諸事実に照らすと、本件確認書は、特別委員会との関係を修復して円滑に本件事業に着手することに主眼をおいた債務者が、同委員会に対して、本件事業及びこれに関する作業につき同委員会の同意を得るよう最大限の努力をする旨の本件回答書で示した方針を確認するとともに、未だ本件事業に関して同委員会が納得するだけの説明ができていないとの現状認識及び今後争点を絞って協議・交渉を行う意向を表明したに過ぎないものと解される。したがって、その交付によって、第一債権者ら主張の本件契約(確約)が成立したと一応認めることはできない。
(3) 第一債権者らの主張について
① 第一債権者らは、債務者が、本件回答書の内容を指して「確約」との文言を繰り返し使用し、債務者の行為が「確約」に反していない旨の反論を続けて来た事実自体が、債務者自身、本件契約(確約)に法的拘束力があると考えてきたことの現れであると主張する。
たしかに、本件確認書においては、本件回答書の内容が「確約」であるとの表現がなされていること、また、特別委員会との交渉の過程で、本件回答書の内容が特別委員会に対して「確約」したものであり、これを遵守すべきものと考えることを前提として作成・交付された文書も存すること、「確約」という言葉は、一般に確言・約束を意味することに照らすと、本件回答書の交付をもって特別委員会と債務者との間に第一債権者ら主張のとおりの本件契約(確約)が成立したと解する余地がないわけではない。
② しかし、ある行為が、特定の法律効果の発生を欲する旨を表示する意思表示と認められるか否かについての判断に当たっては、当事者間で授受された文書が存在する場合には、その形式及び内容等並びに右文書の授受に至る経緯、背景事情及びその後の経過等の事情を考慮した上で全体的な見地から判断すべきであって、当事者間で授受された文書に記載された字句のみにとらわれるべきではない。
そして、前記(1)(2)のとおりの諸事実を全体的に考慮すると、本件回答書は、本件事業及びこれに関する作業につき特別委員会の同意を得るよう最大限の努力をする旨の方針を示したものであり、さらに本件確認書は右方針を確認するなどしたものである。そして、本件確認書で使用された「確約」の文言は、債務者が、右方針について最大限尊重する旨の特別委員会との間で守るべき道義的な約束との趣旨で用いたものと解すべきものであって、その内容が法的拘束力を有するものとみることはできない。
③ なお、特別委員会としては、本件回答書では、三回にわたる協議を経た上、右協議の過程で同委員会の提案したとおりの文言が採用されていること、本件確認書は、ほぼ同委員会の提出した本件確認書案どおり作成されたことなどに照らすと、本件回答書及び本件確認書の交付により、特別委員会の同意を解除条件とする本件事業にかかる環境アセスメントのための現地調査等の重要な作業の中止義務を債務者が負うという法的効果が生じたと期待したであろうことは想像に難くはない。
しかしながら、右の事実関係に鑑みれば、特別委員会は、債務者が行った法的拘束力を有しない単なる方針及び方針を守る旨の道義的な約束の表明をもって、一方的に法的拘束力ある契約が成立したものとみなしていたにすぎないものというべきである。
④ そして、第一債権者らは、仮に、本件回答書及び本件確認書の交付に当たって、債務者が、内心の意思としては、特別委員会の了承という条件が成就しない限り本件施設建設を進めないという意思を持っていなかったとしても、心裡留保(民法九三条本文)として有効である旨主張する。しかしながら、これまで検討したとおり、右各文書の交付をもって、本件事業及びこれに関する作業を中止するとの意思表示をしたとは一応認めることができないから、表示された意思と真意との間に不一致はなく心裡留保と認めることはできない。したがって、右主張は失当である。
⑤ ところで、第一債権者らは、仮に本件契約(確約)が自治連(特別委員会)に本件施設建設工事の着工に関して絶対的な拒否権を与えたものでないとしても、債務者が、必要なデータ、資料をすべて提供し、かつ、テーマ毎に問題を絞って納得のいくまで十分に説明を尽くしたにも拘らず自治連(特別委員会)が合理的な根拠もなしに了承を拒否している場合に初めて本件施設建設工事及びその準備作業を進めることができる旨の内容の本件契約(確約)が成立した旨主張する。
確かに、債務者は、本件回答書において、重要な作業について事前にその説明を十分に行い特別委員会の了承を得て進めていくこと、特別委員会から申出のあったデータないし資料は提供していく予定であることを回答した。
しかしながら、右回答内容のうち前者については、前記(1)において詳細に検討したとおり、本件事業及びこれに関する作業につき特別委員会の同意を得るよう最大限の努力をする旨の方針を表明したものに過ぎない。また、右回答内容の後者についても、特別委員会から申出を受けた本件事業に関するデータ、資料等を提供する方針を表明したものに過ぎない。いずれも、本件回答書中の文言上明白である。そして、債務者は、本件確認書においても、本件施設の必要性、市原野を予定地とするに至った立地選定過程、予備調査の内容等につき、十分な説明ができていない旨の確認をしているが、これも単なる現状認識を示したものに過ぎないと解される。
他に、第一債権者ら主張のような契約が成立したことを一応認めるに足りる疎明はない。
(4) 結論
以上によれば、本件回答書及び本件確認書が交付されたことをもって、特別委員会を窓口とする自治連と債務者との間に、自治連(特別委員会)の了承を受けないで、本件施設建設のための環境アセスメント手続、都市計画手続及びこれらに続く建設工事を強行することはしない旨の本件契約(確約)が成立したこと、あるいは必要なデータ、資料をすべて提供し、かつ、テーマ毎に問題を絞って納得のいくまで十分に説明を尽くしたにも拘らず自治連(特別委員会)が合理的な根拠もなしに了承を拒否している場合に初めて本件施設建設工事及びその準備作業を進める旨の契約が成立したことの各事実は、いずれもこれらを一応認めることはできない。
(二) 確約の法理について
(1) 第一債権者らは、本件契約(確約)が契約としての拘束力を有しないとしても、確約の法理により、本件契約(確約)に対する第一債権者らの信頼を保護すべきである旨主張する。
(2) 疎明資料(甲一九三)によれば、旧西ドイツにおいては、古くから判例学説において、行政が将来の行為又は不行為について拘束意思をもってする高権的自己義務付け(将来拘束)に法的拘束力を認めるための法理として確約の法理が展開されてきたところ、一九七六年、連邦行政手続法において行政行為の発付・不発付を対象とする確約についての規定が定められ(同法三八条)、同年、租税通則法において臨場検査に基づく確約についての規定が定められる(同法二〇四条以下)などしたことが一応認められる。
(3) しかし、我が国では、現行法上、確約の法理の成立を裏付ける実体法上の直接的な規定は存在せず、判例上も、確約の法理を認める理論がまだ確立されてはいない。そして、確約の法理は、その法的性質、適用領域、適用のための要件及び適用された場合の効果が不明確であり、未だ定説がない状況である。
したがって、確約の法理を採用して本件施設建設工事の差止めを認めることはできない。
(三) まとめ
以上により、第一債権者ら主張の本件契約(確約)に基づき、本件施設建設工事差止請求権を一応認めることはできない。
二 争点2(人格権、環境権等に基づく差止請求権の有無)について
1 差止請求権の要件
(一) 被保全権利
(1) 人格権
およそ個人の生命・健康が極めて重大な保護法益であることはいうまでもなく、人格権、特に生命・健康の安全に関する利益は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるから、生命・健康の安全に関する利益を違法に侵害され、又は侵害されるおそれのある者は、一定の要件の下に、人格権に基づき、侵害者に対して、現在及び将来の侵害行為の差止めを求めることができると解される。したがって、人格権は、本件差止請求権の被保全権利として認められる。
(2) 環境権
また、債権者らは、本件差止請求権の根拠として、環境権を主張する。その主張内容自体必ずしも明らかではないが、そもそも、環境権なる権利は、実体法上明文の根拠規定はなく、権利の主体となる者の範囲、権利の対象となる環境の範囲、権利内容等、その要件、効果等において明確でない点が多く、現段階においては、少なくとも差止めを求める権原となりうるような法的権利として確立したものと認められない。したがって、環境権を差止請求権の被保全権利と認めることはできない。なお、良好な環境の下で生活することが望ましいことはいうまでもないが、環境が破壊されることにより、その結果、住民の生命・健康が被害を受け又は受けるおそれのある場合には、前記の人格権に基づき、一定の要件の下に右行為の差止めを求めることができることは当然であるから、当該住民は、この限度において環境保全の目的を達することはできるのである。
(3) 不法行為
債権者らは、さらに、民法七〇九条の効果として本件差止めを求める。しかし、不法行為の効果としての差止請求権については、実体法上明文の根拠規定がないのみならず、民法が不法行為の効果を原則として金銭賠償としていること(同法七二二条一項参照)、その要件、効果等が明確でないこと、実質的にも、仮に、不法行為の直接的な効果として、他の要件の充足を求めることなく、当該行為の差止請求権が生じるとすると、差止めが認められる場合が広くなり過ぎ、相手方の活動の自由を不当に制限する結果となることなどに照らすと妥当でない。したがって、不法行為の効果として差止請求権を認めることはできない。
(二) 判断基準
ところで、本件施設のようなごみ焼却施設からは、一定の有害物質が排出されることは不可避であるから、仮に、本件施設の稼働により少しでも有害物質が発生する場合には、人格権に基づき本件施設の建設・稼働の差止請求権が認められるべきであるとするならば、およそごみ焼却施設を建設・稼働することは全く不可能となり、著しく社会通念に反する結果となる。したがって、本件施設の建設及び稼働により、債権者らが、社会生活上受忍すべき限度を超えて、生命・健康の安全に関する利益を違法に侵害され又は侵害される蓋然性が大きい場合に限って、本件施設の建設差止請求権が認められるというべきである。そして、右受忍限度を超えるか否かの判断に当たっては、侵害行為の態様・程度、被侵害利益の内容・性質、侵害行為の社会的有用性・公共性・必要性、侵害結果の発生防止のための対策の有無などの諸般の事情を総合的に比較衡量すべきであって、その結果、侵害の程度が受忍限度を超える場合に限って、差止請求権を認めるべきである。
2 ダイオキシン類の危険性
(一) はじめに
本件では、人格権等に基づく差止請求権に関して、争点が極めて多岐にわたっているものの、主要な争点は、本件施設の必要性及び安全性(本件施設の稼働により債権者らの生命・健康に被害が生じるか否か)である。そして、本件施設の稼働により、ダイオキシン類、ばいじん、いおう酸化物、窒素酸化物、塩化水素等の有害物質の含まれている排ガスが発生・排出されることは当事者間に争いないが、本件では、右各有害物質の中でも特に近時社会問題となっているダイオキシン類が本件施設から排出・拡散されることにより、債権者らの生命・健康に受忍限度を超えて被害を与える危険性があるか否かが大きな争点となる。ダイオキシン類は、他の有害物質に比べて、最近その存在が注目され、大きな危険性を有することが指摘されている。そこで、まず、ダイオキシン類の毒性等について検討する。
(二) ダイオキシン類の毒性等
本件疎明資料(甲一七九の1ないし3、一八〇、二一二、二四九、乙三二、三三、一一四、一一五、一二九)によれば、以下の事実が一応認められる。
(1) ダイオキシン類とは、法令上、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)及びポリ塩化ジベンゾーパラージオキシン(PCDDs)の混合物の総称で、二一〇種類の異性体を持つ化合物群である。
ダイオキシン類は、有機塩素化合物の生産過程、廃棄物の焼却過程、金属精錬の燃焼過程、紙などの漂白過程等で非意図的に生成する化学物質であり、その発生源は多岐にわたる。各種発生源からの排出状況は必ずしも明らかではないが、我が国においては、ダイオキシン類の総排出量のうち約八〇ないし九〇パーセントが廃棄物焼却炉から排出されているといわれている。
(2) ダイオキシン類は、常温では無色無臭の固体で、水にはほとんど溶けないが、脂肪などには溶けやすく、人間においては、主に肝臓と脂肪組織に蓄積し、代謝されにくいという性質を有している。そして、その毒性については、動物実験において、青酸カリの約一〇〇〇倍ともいわれる遅延性の致死毒性等の急性毒性並びに発ガン性、体重減少、免疫抑制、造血機能低下、タンパク合成・脂質代謝機能の低下、肝臓障害、生殖障害(催奇形性、妊娠率の低下等)及びホルモン撹乱障害等の慢性毒性が報告されている。人間においても、体重減少(消耗性症候群)、胸腺萎縮、肝臓代謝障害、心筋障害、性ホルモン・甲状腺ホルモン代謝等への影響及び皮膚症状としての塩素ざそう(クロロアクネ)等の毒性が報告されている。また、疫学データには不確実な点があるものの、高濃度暴露を受けた人間の集団において特に部位を特定せずに広範な部位にガンを発生させる可能性があることが示唆されるなどしているが、その毒性等についてはまだ未解明の部分も多い。
(3) なお、ダイオキシン類は、異性体毎にその毒性が異なるので、毒性評価に際しては、異性体のうちでも最強の毒性を示す2・3・7・8―四塩化ジベンゾーパラージオキシン(2・3・7・8―TCDD)の毒性に換算するのが一般的であり、2・3・7・8―TCDDの毒性を一として、各異性体の毒性の強さを2・3・7・8―四塩化ダイオキシン毒性等価係数(TEF・Toxicity Equivalency Factor)で表し、実際のダイオキシン類の環境影響を判定する際には、各異性体毎の実測濃度にTEFを乗じて2・3・7・8―TCDDの量に換算されることが通例である[この換算後の量を2・3・7・8―四塩化ダイオキシン毒性等価量(TEQ・Toxic Equivalents)という。]。
(三) 法的規制等
本件疎明資料(甲一七九、一七九の2、一八〇、乙三二、三三、一二九)によれば、以下の事実が一応認められる。
(1) ダイオキシン類は、昭和五八年ごみ焼却施設の集じん灰から検出されたとの報告がされたことを契機に社会的注目を集めるようになった。厚生省は、廃棄物処理に係るダイオキシン等専門家会議を設置し、同会議が、昭和五九年五月、廃棄物処理に係るダイオキシンの問題を評価観察するための評価指針を、一〇〇pg―TEQ/㎏/day[pg(ピコグラム)は、一兆分の一グラムを示す。]に設定して対策の検討を進めるなどした。また、同じく厚生省が設置したダイオキシン類発生防止等ガイドライン検討会は、平成二年一二月、「ダイオキシン類発生防止等ガイドライン」(以下「旧ガイドライン」という。)を策定し、当時において技術的に実施可能なごみ焼却施設におけるダイオキシン類対策を総合的にとりまとめ、新設の全連続炉のダイオキシン類排出濃度を0.5ng―TEQ/Nm3[ng(ナノグラム)は、一〇億分の一グラムを、N(ノルマル)は、〇℃、一気圧における気体の状態をそれぞれ示す。]以下とする期待値を示すなどした。
(2) その後、厚生省は、科学研究班において、平成七年一一月からダイオキシン類の毒性評価の研究を進め、平成八年六月、耐容一日摂取量[TDI。TDI(Tolerable Daily Intake)とは、健康影響の観点から人間が一生涯摂取しても耐容されると判断される一日当たり、体重一キログラム当たりの量を示す。]を一〇pg―TEQ/㎏/dayと提案する中間報告をまとめた。この提案を受けて、同月、厚生省水道環境部内にごみ処理に係るダイオキシン削減対策検討会が設置された。同会は、ダイオキシン削減対策技術に関する新たな知見を活用してごみ処理に関するダイオキシン類削減のための緊急対策及び恒久対策の検討を行い、平成九年一月、「ごみ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドライン―ダイオキシン類削減プログラム―」(以下「新ガイドライン」という。)を策定した。
新ガイドラインにおいては、緊急対策として、ごみ焼却施設の影響を最も受ける最大着地濃度地点においてもダイオキシン類の摂取量が右TDIを超えることのないようにするため、ダイオキシン類の排出濃度が八〇ng―TEQ/Nm3を超える既存のごみ焼却施設について施すべき対策が示された。さらに、恒久対策として、ごみの排出抑制及びリサイクルの促進のほか、炉の種類に応じ、最新の技術に照らして実現可能なダイオキシン類の排出濃度の基準値が定められた上(新設の全連続炉については0.1ng―TEQ/Nm3)、全焼却炉について右基準値以下の排出濃度を達成するため施すべき対策が具体的に提示された。
(3) 環境庁も、平成八年五月、専門家によって構成されるダイオキシンリスク評価検討会を発足させ、同会は、平成九年五月、「健康リスク評価指針値」(人の健康を維持するための許容限度としてではなく、より積極的に維持されることが望ましい水準として人の暴露量を評価するために用いる値)を五pg―TEQ/㎏/dayとすることが適当であるとする報告を発表した。さらに、同会は、中央環境審議会が同年六月二〇日右健康リスク評価指針値をもとに、排出抑制施策実施の指針となる大気環境濃度として、当面、年平均値0.8pg―TEQ/Nm3以下とすることが適当であると答申したことを受けて、同年九月、0.8pg―TEQ/Nm3との大気環境濃度指針値を示した。また、環境庁に設置された土壌中のダイオキシン類に関する検討会は、平成一〇年一一月、第一次報告(中間とりまとめ)において、対策をとるべき土壌汚染の暫定的なガイドライン値を一〇〇〇pg―TEQ/gとすることを提案した。
(4) この間、我が国では、ダイオキシン類については、法的規制がされていなかったが、ごみ焼却施設からも排出されるなどして周辺住民に不安を与え、社会問題化するに至った。そこで、平成九年八月、大気汚染防止法施行令が改正され、ダイオキシン類が人の健康に係る被害を防止するため早急に排出又は飛散を抑制すべき指定物質とされ(同法附則九項、同施行令附則三項四号)、その排出削減のため、指定物質抑制基準を定める告示(平成九年環境庁告示第二六、二七号)により、廃棄物焼却炉の煙突等から大気中に排出される排出ガス中のダイオキシン類の許容限度が定められた。
また、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則の改正により、燃焼室中の燃焼ガス温度を摂氏八〇〇度以上に保つこと、集じん器に流入する燃焼ガスの温度をおおむね摂氏二〇〇度以下に冷却することなどが求められるとともに、煙突から排出される排ガス中のダイオキシン類の濃度が規制されるなど焼却施設の維持管理の技術上の基準が定められた(同規則四条の五第一項二号ワ)。右各規則等の改正規定は同年一二月一日から施行された。
3 立証責任等
(一) 本件のように人格権等に基づきごみ焼却施設建設の差止めを求める事案においては、当該施設の建設・稼働により受忍限度を超える被害を債権者らが受ける蓋然性が存在することについての立証責任は、立証責任の分配の一般原則に従い、これを主張する債権者らが負うべきものと解される。
(二) ところで、本件においては、本件施設の稼働により一定量の有害物質特にダイオキシン類が発生し、環境に拡散されることは避け難いこと、債権者らの居住地域と本件施設とは近接しており、したがって、右有害物質が、拡散された上、債権者らの身体に到達する可能性が高いこと、そして、ダイオキシン類は未解明の部分が多いものの、微量でも人間の健康を損なう可能性があることについては一応の疎明がなされている。
そうすると、債権者らが、本件施設の稼働の必要性がないことを疎明した場合には、これ以上本件施設の建設・稼働により生命・健康に侵害が生じることにつき疎明するまでもなく、本件施設建設についての差止請求権の存在が疎明されたものというべきである。
(三) また、右(二)前段の事実が一応疎明されていることに加えて、本件施設の設備内容、稼働状況等に関する計画等の本件施設の安全性に関する資料をすべて建設主体である債務者の側が保持していることに鑑みると、債権者らが、右の本件施設稼働の必要性がないことにつき疎明できない場合でも、債務者の側において、本件施設を稼働してもその排出する有害物質により、債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超えて被害を生じさせる高度の蓋然性がないことについて、相当の根拠を示し、かつ、必要な資料を提出した上で疎明すべきである。債務者が右の疎明を行わない場合には、本件施設の稼働が債権者らに受忍限度を超えて被害を生じさせる高度の蓋然性があることが事実上推定されるものというべきである。そして、債務者において、右の高度の蓋然性がないことにつき一応の疎明を行った場合には、右の事実上の推定は破れ、債権者らにおいて、この高度の蓋然性があることにつき更なる疎明を行わなければならないものと解すべきである。
(四) 以上の観点から、まず、本件施設の稼働の必要性の有無につき検討した上、その必要性がないと一応認められない場合には、続いて、本件施設の稼働により排出される有害物質により、債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超えて被害を生じさせる可能性につき検討するものとする。なお、右の観点からは、本件施設の建設行為等その他の要因による被害発生の可能性については、右の事実上の推定が働かないことは当然である。
4 本件施設の必要性
(一) 将来の焼却処理量の予測等
(1) 現時点における債務者の予測
本件疎明資料(甲一九七、乙七五、八二、一五一、一五三、一六〇、一六一)によれば、以下の事実が一応認められる。
① 京都市廃棄物減量等推進審議会は、平成一〇年三月、平成二二年におけるごみ処理量を平成八年のごみ処理量から一五パーセント削減することが望ましいとの内容などを盛り込んだ「今後の清掃事業のあり方について」との提言をした。債務者はこれを踏まえ、平成一〇年五月、従来の大量生産、大量消費及び大量廃棄から脱却し、廃棄物の発生が極力抑制された「ゼロエミッション」の実現に向けた施策の方向性並びに市民、事業者及び債務者の役割と連携のあり方を示した「京都市一般廃棄物(ごみ)処理基本構想」を策定した。
② 債務者は、右構想の示す方向に従い、平成一一年六月、新基本計画を策定し、平成二二年度において、債務者が処理するごみ量を平成九年度の実績である年間七七万七七九〇トン[うち、年間焼却量七三万〇七九七トン(一日当たりの平均焼却量は二〇〇二トン。)、年間直接埋立量四万六九九三トン]から一五パーセント削減し、年間六六万一〇〇〇トン[うち、年間焼却量六一万五〇〇〇トン(一日当たりの平均焼却量は一六八五トン)、年間直接埋立量四万六〇〇〇トン]とする目標を設定した。焼却量だけを取り上げれば、一日当たりの平均焼却量は、平成九年度の実績二〇〇二トンから一六八五トンへと減少させることが目標とされており、約15.84パーセントの削減となる。ただし、右計画においては、各年度の減量予測値を積み上げて右目標を算出したものではないため、平成二二年度までの各年度におけるごみ焼却量の予測値又は目標値は示されていない。
(2) 当事者の主張等
① ところで、本件施設の必要性についての当事者双方の主張は、次のような経緯をたどってきた。
ア すなわち、債務者は、当初、焼却能力九〇〇トンを有する規模で本件施設の建設を計画していたが、その後、平成六年四月、ごみの発生抑制、リサイクルの促進等を目指して旧基本計画を策定し、債務者による処理の必要なごみ(焼却処理ごみと直接埋立処理ごみの合計)につき、平成三年度から一三年度まで間の年平均増加率を約1.3パーセントとの予測を示した。その上で、右予測ごみ量に基づき、平成一九年度までの新規ごみ焼却施設の必要規模を検討し、平成七年、本件施設の計画規模を焼却能力七〇〇トンに変更した。そこで、本件仮処分の審理においては、本件施設の必要性については、右旧基本計画の示したごみ量の予測が合理的か否か、平成一四年度以後も同計画の示した割合でごみ量が増えることを前提に本件施設の建設計画を立てたことが合理的といえるか否か等を中心的な争点としてきた。
イ その過程で、債権者らは、前記(1)の京都市廃棄物減量等推進審議会の提言を前提に、平成二二年度における焼却処理量を平成九年度の一日当たりの平均焼却量二〇〇二トンから約一五パーセント削減した一日当たりの平均焼却量一七〇二トンと想定し、平成九年度から二二年度まで同一の割合すなわち一年につき約二三トンの割合で一日当たりの平均ごみ焼却量が減少すると見込んだ場合には、本件施設建設の必要がない旨の主張をしてきた。
ウ ところで、前記(1)のとおり、平成一一年六月に、新基本計画が策定され、旧基本計画以上のごみ減量目標値を定め、将来の予測ごみ焼却量についても同計画より少なく設定したため、新基本計画の予測ごみ焼却量を考慮の上本件施設の必要性を検討する必要がある。しかしながら、同計画は各年度の予測ごみ焼却量を示していないため、同計画に基づいて各年度毎のごみ焼却施設の必要規模と既存焼却施設の焼却能力とを比較することができない。
エ そこで、債務者は、新基本計画に従って本件施設の必要性を検討するとしても、平成二二年度の目標値一日当たりの平均ごみ焼却量一六八五トンの達成に至るまで各年度のごみ焼却量が一定割合で減少することはない旨の主張をしつつ、仮に債権者らの主張どおり平成九年度から二二年度まで同一の割合すなわち一年につき約二三トンの割合で一日当たりの平均ごみ焼却量が減少すると想定したとしても、本件施設を建設・稼働する必要がある旨主張するに至った。
② 将来の一般廃棄物の処理に関わる基本的な事項を定めるべき新基本計画において、各年度におけるごみ焼却量の予測値又は目標値を定めていないという状態では、平成二二年度におけるごみ減量の目標を達成できるのか否か甚だ心許ないかぎりではある。しかしながら、当裁判所としては、右のとおりの審理経過及び事実関係に照らし、ごみ焼却量が、一応、平成九年度から二二年度まで同一の割合すなわち一年につき約二三トンの割合で一日当たりの平均ごみ焼却量が減少することを前提に、以下、本件施設の必要性を判断する。
(3) 各年度の予測ごみ焼却量・焼却施設の予測必要規模
前記(2)記載のとおりの事情を前提に検討すると、本件疎明資料(乙一八、一九、八二、一五三、一六一)によれば、以下の事実が一応認められる。
① 債務者における平成二二年度の一日当たりの予測平均ごみ焼却量を一七〇二トンと想定し、平成九年度から二二年度まで同一の割合すなわち一年につき約二三トンの割合で一日当たりの平均ごみ焼却量が減少すると見込んだ場合、平成一三年度から二二年度までの各年度における一日当たりの平均ごみ焼却量は、順に、一九一〇トン、一八八七トン、一八六四トン、一八四一トン、一八一八トン、一七九五トン、一七七二トン、一七四九トン、一七二六トン、一七〇二トンとなる。
② ところで、債務者の有する既存のごみ焼却施設については、労働安全衛生法、電気事業法等により義務付けられた定期点検・整備、これに伴う補修工事、正月期の休炉などのため、債務者における既存のごみ焼却施設の平成三年度から七年度までの年間稼働率は、平均で約80.9パーセントである。そのため、将来のごみ焼却施設の予測必要焼却能力は、焼却処理の必要なごみの予測量を0.8で除して算出することが適正である。そして、右の各年度の一日当たりの予測平均ごみ焼却量を0.8で除した結果、平成一三年度から二二年度までの各年度における一日当たりのごみ焼却処理場の予測平均必要焼却能力は、順に、二三八八トン、二三五九トン、二三三〇トン、二三〇一トン、二二七三トン、二二四四トン、二二一五トン、二一八六トン、二一五八トン、二一二八トンとなる。
(二) 焼却施設の耐用年数
本件疎明資料(乙一一、一四、一五、一六、一七、八二、九六、一〇二、一五三)によれば、以下の事実が一応認められる。
ごみ焼却施設については、次のような理由により、焼却能力の維持及び耐用年数の延伸のため稼働開始の約二〇年後に大規模改修を行うこと、稼働開始の約三〇年後に稼働を停止することが、経済的にも環境保全の観点からも好ましい。
(1) 焼却施設を構成する各種の機械設備の耐用年数は、おおむね一〇年から二〇年程度であり、これを過ぎると維持管理、補修費等が急激に増大する。また、焼却炉本体、焼却炉で発生する熱を吸収するボイラー等の基幹的な設備の耐用年数は三〇年程度である。
(2) 三〇年前と現在とを比較すると、ごみ質の変化が大きく、設計発熱量を超えるごみ質となっているため、焼却炉の定格能力に従ったごみ量を焼却することが困難となっている。たとえば、昭和四三年度竣工の北清掃工場は、設計発熱量が四八一ないし一八〇〇kcal/kgであるところ、平成七年度における平均発熱量は約二一〇〇kcal/kgである。
(3) 近時環境保全技術の進歩が著しく、環境負荷を可能な限り低減するため、早期に公害防止機器の刷新を行うことが要請されているが、機器単体での対応だけではなく焼却システム全体の見直しが不可欠である。
(4) 平成九年三月に厚生省生活衛生局水道環境部が作成した「ごみ処理施設の長寿命化技術開発」との報告書によっても、全国に稼働開始後三〇年を超えて稼働している焼却施設はない。
(三) 既存施設の焼却能力、稼働・整備計画等
疎明資料(乙一一、八二、九六、一〇二、一五一、一五三、一六〇、一六一)によれば、債務者は、現在、北清掃工場、西清掃工場、東清掃工場、南第一清掃工場及び南第二清掃工場の五工場を稼働して、債務者市内で排出されるごみの焼却処理を行っているところ、これらの稼働状況、整備計画等は次のとおりであることが一応認められる。
(1) 焼却能力等
北清掃工場 焼却能力四〇〇トン(二〇〇トンの焼却炉二炉で構成。)。昭和四三年度竣工。昭和六二、六三年度の大規模改修を経て、平成一〇年に稼働開始後三〇年目を迎えたものの、本件施設の建設が当初予定(平成九年度竣工の予定)よりも遅れたため、平成九、一〇年度に再度改修工事を実施し、耐用年数を迎えた後も稼働している。
西清掃工場 焼却能力六〇〇トン(三〇〇トンの焼却炉二炉で構成)。昭和四六年度竣工。平成一三年度に稼働開始後三〇年を迎える。
南第二清掃工場 焼却能力六〇〇トン(二〇〇トンの焼却炉三炉で構成)。昭和五〇年度竣工。平成一七年度に稼働開始後三〇年を迎える。
東清掃工場 焼却能力六〇〇トン(二〇〇トンの焼却炉三炉で構成)。昭和五五年度竣工。平成二二年度に稼働開始後三〇年を迎える。
南第一清掃工場 焼却能力六〇〇トン(三〇〇トンの焼却炉二炉で構成)。昭和六一年度竣工。平成二八年度に稼働開始後三〇年を迎える。
(2) 稼働・整備計画
債務者は、前記(二)記載の観点から、原則として稼働開始後三〇年を耐用年数と考え、できるだけ右の年数を超えて施設を稼働しないように努めるが、前記(一)(3)記載の方法で予測ごみ量から算定したごみ焼却施設の予測必要焼却能力と比べて、債務者の有するごみ焼却施設の焼却能力が不足を来す場合には、緊急避難的に右年数を超えて稼働する方針をとっている。そして、債務者は、右の方針により、新基本計画において、既存各施設の稼働・整備につきおおむね次のとおり計画しているが、前記のとおり各年度のごみ焼却量が予測されていないため、今後、右計画の目標達成のための種々のごみ減量施策を具体的に決定した上で、各施設のより詳細な施設整備計画をたてることを予定している。
北清掃工場 本件施設が平成一三年度から稼働を始めるため、同年度から一七年度まで稼働を停止して建替工事を行い平成一八年度から稼働する(ただし、建替後の焼却能力については未確定。)。
西清掃工場 平成一三年度に稼働開始後三〇年の耐用年数を迎えるが、仮に本件施設を平成一三年度から稼働しても債務者の有する焼却施設の焼却能力に不足を来すため、平成一二、一三年度に再延命工事を行い、平成一四年度以後も一定期間稼働する(ただし、稼働延長年数については、未確定。)。
南第二清掃工場 平成一七年度に稼働開始後三〇年の耐用年数を迎えるので、同年度で稼働を停止し、建替えの検討を行う。
東清掃工場 平成一三、一四年度に大規模改修を行うため、この間、一焼却炉分の焼却能力(一日当たり二〇〇トン)が低下する。
南第一清掃工場 平成一五、一六年度に大規模改修を行うため、この間、一焼却炉分の焼却能力(一日当たり三〇〇トン)が低下する。
(3) 焼却能力の過不足
本件施設が、平成一三年度から稼働せず、その他の施設は、前記(2)のとおりの計画に従って稼働すると仮定した上で、稼働施設による焼却能力と前記(一)(3)記載の各年度における一日当たりのごみ焼却施設の予測平均必要焼却能力とを比較して、各年度における一日当たりの平均焼却能力の過不足量を算出すると以下のとおりとなる。ただし、新基本計画では、前記(2)のとおり、西清掃工場については、稼働開始後三〇年の耐用年数を超えて何年間稼働を続けるかを定めていないため、同工場を稼働する場合と稼働しない場合とを両方想定し、北清掃工場については、建替えの上平成一八年度から稼働することが予定されているものの、建替後の焼却能力は定められていないため、同年度以後、建替前と同じ一日当たりの焼却能力四〇〇トンで稼働するものと想定する。
① 平成一三年度から一七年度まで
この間は、前記(2)記載の計画によると北清掃工場が稼働を停止するため、各年度における一日当たりの平均焼却能力の過不足量は、それぞれ以下のとおりとなる。
ア 西清掃工場を平成一四年度以後稼働しない場合
西清掃工場につき、平成一三年度に稼働開始後三〇年の耐用年数を迎えるため、同年度で稼働を停止すると仮定した場合、平成一三年度から一七年度までの各年度における一日当たりの平均焼却能力の不足量が、順に、一八八トン、七五九トン、八三〇トン、八〇一トン、四七三トンとなる。
イ 西清掃工場を平成一四年度以後も稼働した場合
前記ア記載のとおり焼却能力不足を回避するため、平成一四年度以後も西清掃工場を一日当たりの焼却能力六〇〇トンの規模で稼働すると仮定した場合、平成一三年度から一七年度までの各年度における一日当たりの平均焼却能力の過不足量は、平成一三年度から一六年度までが、順に一八八トン、一五九トン、二三〇トン、二〇一トンの不足、平成一七年度が一二七トンの超過となる。
② 平成一八年度以後
平成一八年度以後は、前記(2)記載の計画によると北清掃工場が稼働を開始するが、同年度以後、南第二清掃工場が稼働を停止するため、各年度における一日当たりの平均焼却能力の過不足量は、それぞれ以下のとおりとなる。
ア 西清掃工場を平成一八年度以後稼働しない場合
西清掃工場につき、平成一八年度以後稼働しないと仮定した場合、平成一八年度から二二年度までの各年度における一日当たりの平均焼却能力の不足量が、順に、六四四トン、六一五トン、五八六トン、五五八トン、五二八トンとなる。
イ 西清掃工場を平成一八年度以後も稼働した場合
前記ア記載のとおり焼却能力不足を回避するため、平成一八年度以後も西清掃工場を一日当たりの焼却能力六〇〇トンの規模で稼働すると仮定した場合、平成一八年度から二二年度までの各年度における一日当たりの平均焼却能力の過不足量は、平成一八年度及び一九年度までが、それぞれ四四トン、一五トンの不足、平成二〇年度から二二年度までが、順に一四トン、四二トン、七二トンの超過となる。
(四) 適正配置
疎明資料(乙八二、一五三)によれば、以下の事実が一応認められる。
債務者が、現在有している既存のごみ焼却施設は、南部方面に偏った配置状況となっている。債務者市内北部地域(北区、上京区、左京区、中京区及び右京区)で排出されるごみは、唯一市内北部に位置する北清掃工場に搬入されているが、焼却能力の不足のため搬入されるごみすべてを同工場で処理することはできない。処理しきれないごみについては、同工場内に設けられた中継施設で大型車に積み替えた上、債務者市内を縦断して西清掃工場、南第一及び第二清掃工場に搬入するという非効率的なことを行っている。このように、債務者市内における現在のごみ焼却施設の配置は適正であるとはいえない。特に、債務者は、南北に長く入り組んだ路地や狭い道路も多い上、中心部では交通量も多いため、このようなごみ焼却施設への搬入方法をとることは非効率的であり、かつ、交通事情にも悪い影響を与えている。平成一二年度で北清掃工場の稼働を停止して市内北部地域でのごみ焼却施設の稼働が皆無になった場合、右影響は一層大きくなる。
(五) 判断
(1) 前記(三)(3)認定の事実によれば、次のとおり一応認められる。
① 本件施設が平成一三年度から稼働せず、その他の施設は、前記(三)(2)記載のとおりの計画に従って稼働する(ただし、北清掃工場については、平成一八年度以後、建替前と同じ一日当たりの焼却能力四〇〇トンの規模で稼働するものとする)と仮定した上で、稼働施設による焼却能力と前記(一)(3)記載の各年度における一日当たりのごみ焼却施設の予測平均必要焼却能力とを比較すると、次のとおりとなる。
ア 平成一三年度から一六年度までの間については、西清掃工場の稼働の有無にかかわらず、焼却能力が不足することになる。
イ 平成一七年度については、西清掃工場を稼働しないと仮定すると、焼却能力が不足することになる。
ウ 平成一八年度と一九年度については、西清掃工場の稼働の有無にかかわらず、焼却能力が不足することになる。
エ 平成二〇年度から二二年度までの間については、西清掃工場が稼働しないと仮定すると、焼却能力が不足することになる。
② そして、本件施設を平成一三年度から焼却能力七〇〇トンの規模で稼働し、併せて、西清掃工場を一日当たりの焼却能力六〇〇トンの規模で平成一六年度まで稼働すれば、平成一三年度から二二年度までの間、焼却能力の不足が生じないことになる。
(2) 加えて、前記(四)認定の事実によれば、ごみ焼却処理の効率的運営及びごみ焼却施設の適正配置の観点からも、北清掃工場が稼働を停止する平成一三年度以後、現在の北清掃工場以上の規模で債務者市内北部で新規ごみ焼却施設を稼働する必要性が大きいことが一応認められる。
(3) 以上によると、債務者にとって、その計画どおり、本件施設を平成一二年度に竣工し、平成一三年度から稼働する必要性が大きいものということができる。
(六) 債権者らの主張に対する判断
(1) 西清掃工場及び南第二清掃工場の稼働期間の延伸について
① 債権者らは、北清掃工場の稼働を平成一二年度で停止し、かつ、本件施設を平成一三年度から稼働しないとしても、西清掃工場及び南第二清掃工場につき、稼働開始から三〇年を経過した後も、それぞれ、平成一七年度、平成一九年度まで稼働し、北清掃工場を建替えの上平成一八年度から六〇〇トンの焼却能力で稼働すると想定すれば、平成一八年度、一九年度もごみ焼却能力の不足は生じないのであって、右のとおりの西清掃工場及び南第二清掃工場の稼働についての想定は、そもそも債務者自身がかつて旧基本計画の下で策定したものであって、実行可能なものである旨主張する。
② しかし、仮に債権者らの主張どおり西清掃工場及び南第二清掃工場を稼働すると想定しても、前記(五)記載のとおり平成一三年度から一六年度までの間、ごみ焼却能力の不足が生じることが予測されるのであって、しかも、これに対するものとして債権者らの主張する方策も、後記(2)記載のとおり合理的なものではない。
③ 加えて、西清掃工場及び南第二清掃工場を稼働開始から三〇年間の経過により停止した場合に平成一七年度以後に予測されるごみ焼却能力の不足につき、両工場の稼働期間の延伸により対処すれば本件施設を稼働する必要がないとの債権者らの主張も、前記(二)のとおりごみ焼却施設は稼働開始の約三〇年後に稼働を停止することが経済的にも環境保全の観点からも好ましいことに照らすと、合理性がないものというべきである[この点、京都大学教授植田和弘も稼働期間が三〇年を超えた施設の運営をどのように行うかは今後の課題である旨指摘しているところである(甲二七五)。]。
④ 翻って、債務者は、旧基本計画の下では、西清掃工場及び南第二清掃工場については、各工場を三〇年の耐用年数で稼働停止した場合には、本件施設を焼却能力七〇〇トンの規模で稼働しても、焼却能力に不足を生じることが予測されたため、それぞれ稼働期間を延長することを計画又は想定したのである。そして、新基本計画の下で、南第二清掃工場については平成一七年度で稼働を停止するものの、西清掃工場については平成一四年度以後も一定期間稼働する旨の施設稼働計画へと変更しているのは、本件施設を焼却能力七〇〇トンの規模で稼働してもなお焼却能力の不足が生じることが予測されるからである。
このように計画を立案・変更することは、前記(三)(2)記載のとおり、原則的には稼働開始後三〇年間で稼働を停止するが、その停止により焼却能力に不足を来すことが予測される場合には緊急避難的に稼働を続けるという方針の下に策定したものであってやむを得ないものというべきである。
また、長期的に見た場合、右のように計画を変更することは、施策に一貫性がないと見られる部分もないわけではない。しかし、生活・地球環境を保全する意識の高まり、ダイオキシン類等の有害物質の可及的な排出抑制の要求、これらに伴う法的な整備の一層の充実等、近時の清掃行政をとりまく状況が急激に変化していることに鑑みれば、右のとおり計画を変更することは当然のことというべきである。老朽化の進んだ施設を可能な限り早期に稼働停止して、最新の公害防止設備を備えた施設に切り替え、可及的に環境負荷を少なくし、かつ、必要以上の規模の焼却施設は建設しないという債務者の姿勢は、右の変化に柔軟に対応したものであって合理的なものと評価されるべきである。
(2) 平成一三年度から一六年度までの間の焼却能力不足の解消方策について
① 練馬方式について
ア 債権者らは、北清掃工場につき練馬方式を採用して、焼却炉を入れ替えれば、本件施設を稼働しなくても平成一三年度から一六年度までの間の焼却能力の不足が解消される旨主張する。
イ そこで、検討するに、本件疎明資料(乙一〇二、一〇八、一五一、一五三ないし一五五)によれば、以下の事実が一応認められる。
ⅰ 債務者は、新基本計画において、ごみ焼却施設の新設、建替えに当たっては、再資源化施設の併設等による複合化、ごみ発電等によるエネルギー回収の最大化、ダイオキシン類等有害物質の排出最小化及び環境保全に寄与する取組みの強化を基本方針としている。ごみの再資源化の取組みについても、缶、びん、ペットボトル等の不要物を製品原料として利用するマテリアルリサイクルに加えて、これをエネルギー源、燃料として利用するサーマルリサイクルの活用を検討する方針をとっている。
ⅱ 北清掃工場の設備の更新に当たっても右方針に準拠する必要があるが、同工場について、最新の公害防止装置を導入し、サーマルリサイクルのための発電設備を設置すると、現在と同じ四〇〇トンの焼却能力の規模を想定しても、現在の工場の建築面積(約二四〇〇平方メートル)の約二ないし三倍の建築面積が必要となることが予想される。同工場において、建物の外壁を残して焼却炉だけを現在と同等の焼却能力を有するものに入れ替えた場合、十分な公害防止装置、サーマルリサイクルのための発電設備等の設置をすることはできなくなる可能性がある。
逆に、十分な公害防止装置、サーマルリサイクルのための発電設備等の設置をするとなると、現在と同等の焼却能力を維持することは不可能となる。現に、練馬方式が採用された東京都練馬清掃工場では、従来六〇〇トンの焼却能力を有していたところ、焼却炉の入替後の焼却能力は四六〇トンとなり、約二三パーセント焼却能力が低下しているのである。
ⅲ また、建物の耐用年数を四五年と仮定しても、北清掃工場の建物の残存耐用年数は約一五年であり、約一五年の残存耐用年数の建物について焼却炉の入替工事をすることは、経済的合理性に乏しい。
ⅳ なお、東京都においては、今後も可能な範囲で建物外壁を残して炉の入替えを行う予定のようであるが、これによって焼却能力の低下した分については、新たに別地点にごみ焼却施設を建設する計画のようである。
ウ 右の各事実によれば、北清掃工場につき練馬方式を採用することが、合理的な選択とはいえず、本件施設の稼働なくして平成一三年度から一六年度までの間の焼却能力の不足が解消されると一応認めることはできない。
② 広域連携について
ア 債権者らは、北清掃工場の建替え等によっては一時的な焼却能力の不足が生じるに過ぎないから、債務者の近隣自治体と連携を図ることにより、この間の能力不足を補うことを検討すべきである旨主張する。
イ しかし、本件疎明資料(乙一五三、一五六、一五七)によれば、次の事実が一応認められる。
ⅰ 厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課長が平成九年五月二八日に各都道府県一般廃棄物担当部(局)長宛に行った「ごみ処理の広域化計画について」と題する通知によれば、ダイオキシン類の削減対策等のために各都道府県の内部を数個のブロックに分け、各ブロック毎にごみ処理施設の集約化を図るべきこと、政令指定都市等の大都市は、積極的に周辺市町村のごみ処理を受け入れ、中核となって広域化を推進することが望ましいことが定められている。
ⅱ 京都府は、これを受けて、平成一一年三月「京都府ごみ処理広域化計画」を策定したが、これにおいては、京都府を七つの広域化ブロックに分けるが、債務者は他の市町村とは独立した一ブロックとして扱われている。
ウ 以上のとおり、「ごみ処理の広域化計画について」によれば、債務者のような政令指定都市は処理できないごみを周辺市町村で処理するどころか、むしろ積極的に周辺市町村のごみ処理を受け入れることが期待されているのであるから、債務者が、本件施設の建設の是非を決めるに当たって、広域連携の可能性を検討しなかったからといって、これを不当なものとみることはできない。
(3) その他
① 債権者らは、債務者が安易に全量焼却体制に頼らず、ごみの発生抑制、排出抑制等に力点を置き、ごみの減量、リサイクル等を徹底して促進すれば、本件施設を建設しないでも、債務者の既存施設の稼働だけでごみ焼却能力の不足は生じない旨主張する。
② たしかに、生活・地球環境の保全の要請が今まで以上に高まった今日、ごみの発生抑制、排出抑制等を通じた減量化、リサイクル等については、我が国政府、各地方公共団体においても最重要施策の一つとして推進が強く求められ、また、国民全体が積極的に取り組んでいるところである。平成一二年の容器包装リサイクル法の完全施行ともあいまって、ごみの減量、リサイクル等に向けた動きは今後更に加速していくであろうことは容易に予想される。
③ しかし、本件疎明資料(乙六ないし八、一一、七三ないし七五、七七、七八、八一、八二、八八、八九、九五、九九、一〇一、一〇四、一五一ないし一五三、一六〇、一六一)によれば、次の各事実が一応認められる。
ア 債務者においても、かねてから、ごみの発生抑制・リサイクルに取り組んできたところ、平成六年四月には、旧基本計画を策定し、ごみの発生を抑制し、リサイクルを促進することにより、平成一三年度において発生することが予測されるごみ量の14.1パーセントの減量を計画した。
イ 家庭系ごみについては、発生抑制を目標に、市民の啓発、フリーマーケットの開催、不用品リサイクル情報案内システムの運用など不用品の有効利用のための機会及び場の提供並びに京都市ごみ減量推進会議と連携した簡易包装推進キャンペーンの実施などをしてきた。また、リサイクル促進を目標に、空き缶、空きびん及びペットボトルの分別収集、市内全域における紙パック及び廃乾電池の拠点回収並びに廃食用油のバイオディーゼル燃料化事業などに取り組んできた。
ウ 事業系ごみについては、発生抑制を目標に、大規模事業用建築物の所有者等に対するごみの減量・適正処理の指導をしてきた。また、リサイクル促進を目標に、京都市ごみ減量推進会議と連携した「秘密書類のリサイクル事業」を実施するなど様々なごみ減量施策に取り組んできた。
エ その後も、平成一〇年五月、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄から脱却し、廃棄物発生の極力抑制された「ゼロエミッション」の実現に向けた施策の方向性並びに市民、事業者及び債務者の役割と連携のあり方を示した「京都市一般廃棄物(ごみ)処理基本構想」を策定した。
オ 平成一一年六月、同構想の示す方向性に従い、新基本計画を策定し、平成二二年度に債務者が処理するごみ量を平成九年度のそれから一五パーセント削減するという旧基本計画にも増したごみの減量目標を掲げた。右目標達成に向けて、市民及び事業者の環境意識の定着を図ることを目的として、「環境学習・エコロジーセンター(仮称)」を整備し、国際標準化機構が認定した環境マネジメントシステムの国際規格「ISO14001」の主旨を踏まえ、家庭向けの「エコライフ認定制度(家庭版ISO14001)」及び事業者向けの「京都スタンダード(京都版ISO14001)」を創設した。そして、平成一二年の容器包装リサイクル法の完全施行に対応するため、その他プラスチック類、その他紙類の容器包装について、既存の回収ルートの拡大・充実策等につき検討することを予定しているなど、今後一層徹底したごみの発生抑制・排出抑制のための方策をとることを計画している。
④ そうすると、新基本計画のたてたごみ減量目標は、現在の債務者として実施することが可能なごみ減量化施策を最大限考慮した上で立てられたものであって、決して不合理なものと認めることはできない。そして、右新基本計画のごみ減量目標値を前提にしても、なお本件施設を建設・稼働することが必要であることは、前記(一)ないし(五)に記載したとおりである。
⑤ 債権者らは、仮に焼却能力の不足に対応するため債務者が本件施設を建設・稼働しなければならないとしても、その原因は、債務者がごみの発生抑制、リサイクル等を怠り、全量焼却体制だけを堅持してきたことにある以上、本件施設を建設・稼働することは著しく不当であり許されない旨主張する。
たしかに、疎明資料(甲一九九、二七六)によれば、債務者は、現時点では、他の地方公共団体の一部では既に実施している空き缶以外の金属類、紙パック以外の新聞、雑誌、段ボール等の紙類、古着・布類等の資源となりうるごみの分別収集を行っておらず、ごみ処理総量に占める焼却処理量の比率が全国平均と比して高いことが一応認められる。これによると、債務者におけるリサイクルの推進及びごみ減量化の取組みが、他の地方公共団体に比して立ち後れていると見られなくもない。
⑥ しかし、地方公共団体が、廃棄物につき、どの範囲で分別収集を行ってリサイクルを図り、どの範囲で焼却以外の中間処理を行い、そして、どの範囲で直接埋め立て又は直接焼却処理するかは、人口構成、住民の職業構成、生活様式等の社会的要素、廃棄物の埋立地の確保が比較的容易な海域に面した都市であるか否かなどの地理的要素、総生産額、経済成長率、地方公共団体の財政状況等の経済的要素などの多種多様な要素を前提に、各地方公共団体が決定するものである。社会的・経済的諸条件が異なる各都市間で、右のような要素を捨象して統計に現われた数字だけからその施策の妥当性を判断することは、必ずしも相当ではない。そして、債務者としては、前期のとおりごみの排出抑制、リサイクル等のごみ減量化に取り組んでいるのであって、その他、一件記録を精査しても、債務者のごみ行政に関する誤謬あるいは懈怠等のために本件施設を建設することが不当であるとすべき理由はない。
(七) 結論
以上に検討したところによれば、本件施設の稼働の必要性がないと一応認めることはできない。
5 本件施設の建設・稼働による被害発生の蓋然性
(一) 本件施設から排出される有害物質により生じる被害
(1) 総論
前示のとおり本件施設の稼働により、ダイオキシン類、ばいじん、いおう酸化物、窒素酸化物、塩化水素等の有害物質の含まれている排ガスが排出されることは当事者間に争いがない。このような排ガスが排出される場合、排ガス中の有害物質によってどのような地理的範囲でどの程度の被害が生ずるのか、また、逆に、どの程度の有害物質の排出量・排出状況であればごみ焼却施設が住民の生命・健康に悪影響を及ぼさないのかについて具体的かつ正確に予測することは容易ではない。特に、ダイオキシン類の人間に与える悪影響については、前記のとおり現在の科学的知見を結集しても未だ十分に解明されていないのである。そうすると、本件施設が稼働し、その排出する有害物質により、債権者らの生命・健康に社会通念上受忍すべき限度を超えて被害を生じさせる高度の蓋然性があるか否かを、いかなる基準に基づいて判断すべきかは、はなはだ困難な問題である。
ところで、大気汚染物質に関しては、ダイオキシン類が問題とされるより以前から、国及び各地方公共団体が、大気汚染物質等から人の健康を保護し、生活環境を保全するなどの目的で(大気汚染防止法一条、環境基本法一六条一項参照)、大気汚染防止法、環境基本法(かつての公害対策基本法)、廃棄物の処理及び清掃に関する法律及びこれらに基づく省令並びに条例等により、ごみ焼却施設を含むばい煙発生施設から発生するばい煙に関する排出基準、大気の汚染等に係る環境上の条件に関して維持されることが望ましいとする環境基準等を定め、大気汚染物質を排出する施設等に関して公法上の規制を課すなどしてきたところである。これらの規制は、もとより個別の事情を捨象して課された画一的な基準であるから、これらの基準を充足するからといって、直ちに当該施設から排出される有害物質による被害が受忍限度を超えず私法上も適法であると即断することはできない。しかしながら、右数値を決定するに当たっては、人の健康等を保護する観点から科学的な検討を経た上、私法上の受忍限度の判断と同様の考慮を経ているものと考えられる。これは、環境基本法一六条三項で、環境基準について、「常に適切な科学的判断が加えられ、必要な改定がなされなければならない」と定められていることからも窺われるのである。そうすると、当該施設からの排ガスに含まれる大気汚染物質の濃度が、右規制の排出基準に適合し、排ガス中に含まれる大気汚染物質が現在の環境条件(バックグラウンド濃度)に寄与したとしてもなお、大気汚染に係る環境条件が環境基準を充足すると予測されるならば、これらの事実自体を前記受忍限度の判断の際の一つの重要な要素とすべきである。
そこで、以下、本件施設が排出基準、環境基準等の公法上の規制を遵守することができるか否かを中心に検討することとする。
(2) 排ガス中の大気汚染物質に関する規制遵守の可能性
本件疎明資料(甲一七九、乙一ないし三、三二ないし三四、三五、八四、九七、一〇六)によれば、以下の事実が一応認められる。
① 国及び京都府の排出基準
大気汚染防止法附則九項及び指定物質抑制基準を定める告示、大気汚染防止法三条一項及び大気汚染防止法施行規則、京都府の定める条例並びに廃棄物の処理及び清掃に関する法律八条の三及び同法施行規則によれば、本件施設と同程度の排ガス量及び焼却能力を有する全連続炉については、以下のとおりの排出基準が定められている。
ダイオキシン類 0.1ng―TEQ/Nm3以下
ばいじん 0.15g/Nm3以下
いおう酸化物 約五〇ppm以下(総量規制。なお、ppmとは、一〇〇万分の一を示す。)
窒素酸化物 二五〇ppm以下
塩化水素 約四三〇ppm以下
水銀及びその化合物 0.2mg/Nm3
カドミウム及びその化合物 0.2mg/Nm3
② 新ガイドラインに定めるダイオキシン類削減の方策
本件疎明資料(乙三三)によれば、前記2(三)記載のとおりダイオキシン類削減のための対策を提示した新ガイドラインにおいては、その方策として以下のものが挙げられていることが一応認められる。
ア 施設運営
ごみ質が均一になるように努めるとともに、適正負荷による安定した燃焼を継続する。停止後の起動から燃焼が安定するまでの間と停止時に比較的高濃度のダイオキシン類が発生するため、連続運転を可能な限り長期化し、停止・起動に当たっては、助燃バーナの活用により燃焼室の温度をできるだけ高温に維持する。また、排ガス中のダイオキシン類濃度を定期的に(原則的に一年に一度)測定し、その結果を記録に残す。
イ 受入れ供給設備
安定した燃焼の継続のために、施設の設計に当たっては、十分なごみピット容量を確保するとともに、自動ごみクレーンによる効率的な攪拌と定量的な供給が可能となるよう配慮する。特に規模のあまり大きくない施設などにおいて、搬入されるごみの形状、大きさにより燃焼の安定化が困難になることが予想される場合には、受入れごみの解砕装置、破袋装置等の設置によりごみ質の均一化を図る。
ウ 燃焼設備
ダイオキシン類の発生は、一般的に燃焼状態の善し悪しと密接な関係があり、燃焼ガスの完全燃焼を継続して達成することにより、ダイオキシン類の発生を抑制でき、また、燃焼温度が高く滞留時間が長いほどダイオキシン類及び前駆体の熱分解には有利である。そこで、焼却炉の設計に際しては、炉形式、構造、炉規模、燃焼方法、ごみ質等を考慮するとともに、安定した燃焼の継続に配慮しつつ、下記条件を指標に維持管理する。
燃焼温度 八五〇℃以上(九〇〇℃以上が望ましい)
ガス滞留時間 二秒以上
一酸化炭素濃度 煙突出口において三〇ppm以下(酸素一二パーセント換算値の四時間平均値)
安定燃焼 一〇〇ppmを超える一酸化炭素濃度瞬時値のピークを極力発生させないように留意
エ ガス冷却設備
ガス冷却方式は、エネルギーの有効利用促進の観点から廃熱回収ボイラー方式を原則とする。廃熱回収ボイラーは、燃焼室については、ボイラー水管壁で構成するものとし、高温を保持し十分な滞留時間を確保できる構造、設計とする。廃熱回収ボイラーの設計に当たっては、ボイラー伝熱面上におけるダストの堆積を抑制できる構造とし、排ガスのボイラー通過時間の短縮化に留意する。
オ 排ガス処理設備
低温化された集じん器による吸着除去、チタン、バナジウム、タングステン系の脱硝用触媒をベースとした酸化触媒等による分解除去など、ばいじん等の有害物質等について既に確立された除去プロセスの一部を構成する排ガス処理システムを流用・改良することにより、ダイオキシン類を除去することができる。また、活性炭系吸着剤の充てん塔でダイオキシン類を吸着除去することにより、安定して低濃度にダイオキシン類の排出濃度を保つことができる。
③ 本件施設から排出される大気汚染物質の濃度
ア 自主基準値
ⅰ 本件疎明資料(乙三四)によれば、債務者は、本件施設から排出される排ガス中の大気汚染物質の濃度について、以下のとおりの自主基準値を公害防止基準として設定し、本件施設建設工事の請負人川崎重工業株式会社(以下「川崎重工」という。)は、債務者に対して、右基準の達成について性能保証をしている。
ダイオキシン類 0.1ng―TEQ/Nm3以下
ばいじん 0.01g/Nm3以下
いおう酸化物 一〇ppm以下
窒素酸化物 三〇ppm以下
塩化水素 一〇ppm以下
水銀及びその化合物 0.05mg/Nm3以下
カドミウム及びその化合物 0.2mg/Nm3
ⅱ なお、本件施設は、当初、本件施設の大気汚染物質排出濃度の自主基準値につき、ダイオキシン類の排出濃度を旧ガイドラインに示された基準とするなど次のとおり計画していた。
ダイオキシン類 0.5ng―TEQ/Nm3以下
ばいじん 0.02g/Nm3以下
いおう酸化物 二〇ppm以下
窒素酸化物 七〇ppm以下
塩化水素 一五ppm以下
水銀及びその化合物 0.05mg/Nm3以下
ⅲ ところが、京都市環境影響評価審査会は、京都市環境影響評価要綱に基づき右自主基準値を基礎に行った本件環境影響評価の内容が記載された本件準備書に関して、右準備書の内容全般につき「おおむね妥当」とするものの、排ガスなどについて、更に良好な排出条件を確保することが必要であるとの答申をした。これを受けて、債務者は前記2(三)(4)記載のとおり平成九年八月になされた大気汚染防止法施行令の改正等によるダイオキシン類の排出規制に先駆け、平成八年六月、環境負荷の低減に一層努めるため、前記性能保証濃度に相当する自主基準値を設定した。
イ 排ガス処理対策・設備
本件疎明資料(甲一七九、乙一、三二、三三、八四)によれば、本件施設において、排ガスは、別紙六ないし八(乙八四の五頁・図3、同添付の資料2、資料3)のとおり、焼却炉からガス冷却装置、バグフィルター、湿式ガス洗浄装置、活性炭吸着装置、触媒脱硝装置を経て、高さ一〇〇メートルの煙突から大気中へと放出されること、債務者は、本件施設につき右アiの排ガスにおける自主基準値を達成するため、以下のとおり新ガイドラインにも記載されている有害物質排出防止のための対策、設備の設置などを予定していることが一応認められる。
ⅰ ダイオキシン類対策
ダイオキシン類の発生機構は、未解明の部分も多いものの、これまでの研究成果から次第に明らかになりつつある。クロロフェノール、クロロベンゼン等の塩素化前駆体(ダイオキシン類になる前の物質)が、焼却炉内で反応した場合、ごみの不完全燃焼に伴う未燃有機物が、飛灰[集じん器で捕集されたダスト(ばいじん)及びボイラー、空気予熱器等に付着して払い落とされたダストの総称]表面において比較的低い温度域(二〇〇ないし六〇〇℃程度)で塩化銅等の触媒作用を受けた場合などに生成すると考えられている。
そこで、本件施設では、以下のとおりダイオキシン類発生防止のための対策及び発生したダイオキシン類の除去のための設備の設置を予定している。
a 連続運転による燃焼の安定化
自動燃焼制御(ACC)を導入し、自動運転が可能な焼却負荷範囲を公称能力の六〇ないし一一〇パーセントと広範囲に設定し、ごみ処理計画の変動に応じて一定負荷での長期連続運転を可能にする。焼却炉の起動・停止時に助燃バーナを活用して炉の起動時間を短縮し、焼却炉内でのごみの安定燃焼を図り、ダイオキシン類の発生を抑制する。
b 大容量ごみピットの確保及びごみ質の均一化
約一〇日間のごみ搬入量をストックできるよう、一万四〇〇〇m3の大容量ごみピットを確保する。ごみをごみピットからごみ投入ホッパへと運び入れるためのクレーンとして全自動ごみクレーンを採用し、このクレーンでピット内のごみの効率的な攪拌、積替え等を行い、ごみ質の均一化を通じて、ごみの安定燃焼を図り、ダイオキシン類の発生を抑制する。
c ごみの完全燃焼の徹底
燃焼室出口温度を八五〇℃以上九五〇℃以下と、燃焼ガス滞留時間を八五〇℃以上で二秒以上と、煙突出口一酸化炭素濃度を五〇ppm以下(酸素一二パーセント換算)と設定する。並行流焼却炉を採用し、局所的に発生した未燃ガスにつき高温燃焼ゾーンを通過させた後、ガス反転効果と二次空気混合により強制攪拌し、長時間の高温保持ゾーンを形成する。さらに、自動燃焼制御で燃焼状態を管理することを通じて、ごみの完全燃焼、安定燃焼を図り、ダイオキシン類の発生を抑制する。
d ダスト付着の防止
ボイラー(焼却炉で発生する熱を伝導管を通して吸収し、伝熱管内部の水を蒸気に変える装置)のスートブロー(伝熱管に蒸気を吹き付け、ダスト付着を防止する装置)を定期的に稼働する。ボイラー内の排ガスの流れを反転させ、ダストを落としやすい構造にする。ボイラー内部の構造につき清掃を容易に行えるものにする。これらによって、ダスト付着を防止し、ダストの触媒作用によるダイオキシン類の再合成を抑制する。
e ダイオキシン類の生成温度域の通過時間の短縮化
過熱器(発生した蒸気の温度を排ガスとの熱交換により更に高める装置)、エコノマイザー(ボイラーの熱効率を高めるため、ボイラーへの給水を排ガスとの熱交換で加熱する装置)及びガス急冷装置(水を噴射することにより排ガス温度を低下させる装置)を設置し、排ガスにつき、過熱器及びエコノマイザーを通過する間に六〇〇℃から二七〇℃まで低下させ、引き続き、ガス急冷装置を通過する間に二七〇℃から一五〇℃まで低下させる。これによって、排ガスが、ダイオキシン類が生成しやすい冷却過程の二〇〇ないし六〇〇℃の温度領域(特に三〇〇℃前後で最も生成反応が盛んになるとされている。)を短時間で通過するようにし、ダイオキシン類の生成を抑制する。
f 排ガス処理設備の充実
α バグフィルター(ろ過式集じん器)
バグフィルターとは、別紙九(乙八四の七頁・図4及び図5)のとおり、繊維の布(ろ布)を円筒形の袋状にして排ガスを通すことによって、排ガスに含まれる固体微粒子をろ過して分離する装置である。ろ布目による単純なろ過を行うものではなく、粒子をろ布上に捕集させて一次付着層を形成させ、この付着層によりばいじんを捕集し、捕集されたばいじんは、ろ布の内側から空気を勢いよく吹き付けて、一次付着層を残して払い落とす(パルスジェット方式)仕組みになっている。一μm(一ミリメートルの千分の一)以下のダスト粒子についても高い集塵率が得られる。
ダイオキシン類は、排ガス中のばいじんに多く含まれているため、バグフィルターによる除去が可能である。本件施設では、前記ガス急冷装置等によりバグフィルターの入口までに排ガスをダイオキシン類の生成されにくい一五〇℃と低温化するとともに、ろ過効率を上げるためろ過速度を下げる(本件施設では、設計値は1.2m/min、最大値は3.0m/min)ことにより、効率的に一次付着層に吸着除去させることができ、ダイオキシン類を約0.5ng―TEQ/Nm3以下に除去することができる。
なお、排ガス中のばいじん等を除去する集じん装置の種類は、複数あるが、静電気を利用したばいじんを捕集する電気集じん器に比べて、ろ過式集じん器の方が、低温で運転できるためダイオキシン類のデノボ生成[焼却炉内で発生した排ガス中の未燃物(ばいじん、すす)を捕集する集じん器の内部で、未燃物中の銅、コバルト等の金属が触媒になって無機炭素、無機塩素などからダイオキシン類が二次的に生成されること]が少ない。
β 活性炭吸着塔
活性炭吸着塔とは、別紙一〇(乙八四の二一頁・図13)のとおり、集じん後の排ガスにつき、活性炭系吸着剤の充てん塔を通過させる装置である。排ガス処理温度が低い方が吸着除去効果が大きくなる一方、低温腐食を防止するため、本件施設では、同装置の手前でガス再加熱器により排ガスを約一五〇℃となるよう調整することにより、効率的にダイオキシン類を吸着除去できる。また、活性炭系吸着剤は、処理時間の経過とともに吸着能力が失われるため、連続的に順次少量ずつ引き抜き、新しい吸着剤を供給する仕組みになっている。この装置により、ダイオキシン類を自主基準値の0.1ng―TEQ/Nm3以下となるよう吸着除去することができる。
γ 触媒脱硝装置
触媒脱硝装置とは、別紙一一ないし一三(乙八四の一四頁・図11、一三頁・図10、一二頁・図9)のとおり、排ガスとガス状アンモニアとを均一に混合した上、これを反応塔内で微細な孔が無数にあいた多孔質構造を持つ脱硝触媒と接触させることにより、アンモニアを触媒によって選択的に排ガス内の窒素酸化物と反応させて、窒素酸化物を無害な窒素と水蒸気とに分解させる装置である。触媒を納めた反応塔、アンモニアを排ガスに注入混合する装置及び注入アンモニア量を脱硝性能に見合うよう調整する制御装置により構成される。同装置は、右のとおり窒素酸化物を分解するに止まらず、ダイオキシン類を分解できる。
本件施設では、前記β記載のとおり活性炭吸着塔通過後には排ガス中のダイオキシン類濃度は、0.1ng―TEQ/Nm3以下となる。さらに、排ガスを、現在開発されているものの中で最も耐久性のある酸化チタンを基材とし、バナジウム酸化物を活性成分とする触媒脱硝を使用した触媒脱硝装置中を通過させる。排ガス処理温度が高い方が触媒の活性が高くダイオキシン類の分解率も高くなるため、同装置の手前でガス再加熱器により排ガスを約二一〇℃となるよう調整することなどにより、効率的にダイオキシン類を分解することができる。
ⅱ ばいじん対策
ばいじんは、ごみ焼却によって飛散する粒子状の物質である。焼却炉内において燃焼用空気や燃焼排ガスによって吹き上げられた微小な灰分が飛散したもの、高温の炉内で蒸発気化した塩類や重金属などが、排ガス冷却の過程で凝縮し又は化学反応で生成したもの、燃焼過程で生成した炭素を主成分とする未燃物(すす)等が飛散したものなどの混合物である。このばいじんについては、前記ⅰfα記載のとおりの仕組みとろ過能力を有するバグフィルターにより、効率的に(0.01g/Nm3以下まで)除去することができる。
ⅲ いおう酸化物及び塩化水素対策
いおう酸化物は、ごみが燃焼する際に、ごみ中のいおう分が燃焼により酸素と結合して発生し、塩化水素は、ごみ中の塩素(塩化ビニール等に含まれる)が化学反応して発生する。いずれについても、アルカリ剤との化学反応により除去することができる。
a バグフィルターでの除去(乾式除去)
排ガスが前記ⅰfα記載のバグフィルターを通過する前に消石灰の粉体を噴霧し、主としてバグフィルターの表面上で消石灰といおう酸化物及び塩化水素を反応させることにより、これらを効率よく除去することができる。排ガス温度が低いほど、効率よく除去することができ、本件施設で予定しているように排ガスを一五〇℃でバグフィルターを通過させると、いおう酸化物及び塩化水素は約九五パーセントの除去が見込まれる。
b 湿式ガス洗浄装置での除去(湿式除去)
湿式ガス洗浄装置とは、別紙一四(乙八四の一〇頁・図8)のとおり、排ガスに苛性ソーダを噴霧することで、いおう酸化物及び塩化水素を気液接触により吸収させて、反応生成物をいおうソーダ、塩化ナトリウムなどの溶液として回収する装置である。気液接触による吸収が効率的に行われるように排ガス温度を下げるとともに吸収処理を行う冷却吸収部と排ガスに含まれる水分を除去しながら吸収を行う減湿吸収部とから構成され、非常に効率よくいおう酸化物及び塩化水素を除去することができる。
ⅳ 窒素酸化物対策
窒素酸化物は、ごみ中に含まれる窒素分(タンパク質系厨芥、窒素系樹脂等)及び燃焼空気中の窒素が、高温燃焼により酸素と結合して生成される。ごみ焼却炉におけるボイラー出口における排ガス中には、一〇〇ないし一五〇ppm程度の窒素酸化物が含まれていると言われているが、前記ⅰfγ記載のとおりの触媒脱硝装置により、これを分解除去することができる。
ⅴ その他
バグフィルター、活性炭吸着塔、湿式ガス洗浄装置等により、水銀、カドミウム、重金属についても相当除去することができる。
ウ 他のごみ焼却施設における排ガス処理設備の性能に関する実績等
ⅰ バグフィルター
仙台市葛岡工場(平成七年八月竣工。焼却能力は、三〇〇トン/日×二基。)は、排ガス処理方式として、バグフィルターを装備するのみであるが、0.13ng―TEQ/Nm3のダイオキシン類排出濃度を達成している。また、横浜市鶴見工場(平成七年三月竣工。焼却能力は、四〇〇トン/日×三基。バグフィルターのほか、排ガス処理設備として、湿式ガス洗浄装置を備える。)及び神戸市西クリーンセンター(平成七年三月竣工。焼却能力は、二〇〇トン/日×三基。バグフィルターのほか、排ガス処理設備として、触媒脱硝装置を備える。)は、それぞれ、0.00ng―TEQ/Nm3、0.08ng―TEQ/Nm3のダイオキシン類排出濃度を達成している。また、バグフィルターの使用により、排ガス中のばいじん濃度につき、0.0004ないし0.0014g/Nm3を達成した例が報告され、いおう酸化物については、測定下限値である一〇ppm未満、塩化水素については、三ないし一九ppmの排出濃度を達成した例が報告されている。
ⅱ 活性炭吸着塔
活性炭吸着塔によるダイオキシン類の除去については、これまで我が国内のごみ焼却施設では採用例がないため実績はない。日本以上にダイオキシン類対策の進んだ欧州においては、バグフィルター(ろ過式集じん器)よりもダイオキシン類の発生する可能性が大きいとされている電気集じん器のほか、二段の湿式スクラバー及び二段の活性炭フィルター(第一段は渇炭ベースの活性コークス、第二段はハードコールベースの活性炭で脱硝に一二〇℃でアンモニアを吹き込んだもの。)を装備した有害廃棄物焼却プラントにおいて、ハロゲン化溶剤、廃油汚泥、塗料汚泥、実験廃棄物、医療廃棄物等を固形廃棄物として2.5ないし三t/h、汚泥として2.5ないし三m3/hを処理した際の測定結果では、排ガス中のダイオキシン類濃度につき0.0009ないし0.0014ng―TEQ/Nm3との報告がされ、また、活性炭固定床に触媒脱硝を加えた複数のシステムでの測定結果につき、0.003ないし0.03ng―TEQ/Nm3との報告がされている。
ⅲ 触媒脱硝装置
我が国内では、触媒脱硝装置を採用した大阪市西淀工場(平成七年四月竣工。焼却能力は、三〇〇トン/日×二基。同装置のほか、排ガス処理設備として、バグフィルター及び湿式ガス洗浄装置を備える。)及び前記神戸市西クリーンセンターで、それぞれ、0.16ng―TEQ/Nm3、0.08ng―TEQ/Nm3の排ガス中のダイオキシン類濃度の実績がある。
欧州においても、ⅱ記載の電気集じん器のほか、二段の湿式スクラバー及び酸化チタンベースの選択的還元脱硝触媒を装備したプラントにおいて、脱硝触媒装置の手前で排ガス温度を二八〇℃まで上げることにより、約一年六か月、二万四〇〇〇時間の運転中、排ガス中のダイオキシン類濃度が0.015ないし0.093ng―TEQ/Nm3であり、二週間連続サンプリングによる結果も0.034ng―TEQ/Nm3であったとの報告がされている。また、通常の電気集じん器ラインをバイパスしたバグフィルター排ガスを二三〇℃まで加熱後、選択的還元脱硝触媒を通すことにより、0.1ng―TEQ/Nm3未満の排ガス中ダイオキシン類濃度を実現できたとの報告がされている。
窒素酸化物に関しても、脱硝率九〇パーセント以上の触媒脱硝装置が開発されていることから、自主基準値の三〇ppmを達成することは十分可能である。
ⅳ 湿式ガス洗浄装置
債務者の有する東清掃工場及び南第一清掃工場では、湿式ガス洗浄装置を装備しており、平成九年度に実施した六回の測定結果によると、いずれの工場においても、いおう酸化物については、すべて0.5ppm未満、塩化水素については、最大でも7.4ppmとなっている。
ⅴ その他
本件施設建設を請け負う川崎重工が建設し、平成九年三月に竣工した名古屋市新南陽工場(五〇〇トン/日×三基)は、排ガス処理設備として、バグフィルター、湿式ガス洗浄装置及び触媒脱硝装置を備える施設であるが、平成九年度の測定結果で、排ガス中のダイオキシン類濃度につき、最小0.00091ng―TEQ/Nm3、最大0.024ng―TEQ/Nm3、平均0.012ng―TEQ/Nm3を、ばいじんにつき、0.002g/Nm3未満を、窒素酸化物につき、最小九ppm、最大二二ppm、平均一四ppmをそれぞれ達成している。
エ 検査・監視
本件疎明資料(乙三四、三五、九七、一〇六)によれば、以下の事実が一応認められる。
ⅰ 債務者は、本件施設の建設終了後、各三か月間の試運転を二回行うが、第一次試運転においては、第二次試運転による連続稼働を行うために必要なすべての運転試験を、第二次試運転においては、試運転期間の内二か月間は連続運転をそれぞれ行う予定である。右各試運転中に、全設備につき、二度にわたり、関係法令及び全国都市清掃会議発行のごみ焼却施設各種試験マニュアル等の規格等に準拠して、性能確認試験を実施することを予定している。
ⅱ 第一次試運転期間の末期に行う第一次性能確認試験においては、各機器の運転調整及び整備の完了を確認した上、連続定格負荷運転に移行できることを確認するため、三日間連続の定格負荷運転を行う。請負人たる川崎重工の保証する性能が得られない場合には、補修・調整後、改めて三日間連続の定格負荷運転を行い保証性能の確保を確認する。
ⅲ 第二次試運転期間のうち二か月間行われる連続定格負荷運転中に三日間連続で行う第二次性能確認試験においては、性能試験に不備のある場合、又は、結果の数値に疑義がある場合には、引き続き同一連続運転中に性能確認試験を繰り返すことが予定されている。第二次性能確認試験合格後に各設備の点検整備を行い、債務者が、竣工検査を行う。
④ 判断
以上に一応認定したとおり、本件施設においては、バグフィルター、活性炭吸着塔、触媒脱硝装置等を組み合わせるなど最新の有害物質発生防止対策が講じられることが予定されている。新ガイドラインの示すダイオキシン類生成防止策が遵守されることが見込まれ、右の各装置等は、内外でダイオキシン類をはじめとする大気汚染物質の除去に十分な実績を有している。さらに、債務者は、本件施設の引渡しを受ける前に、本件施設から排出される排ガス中の大気汚染物質に関する排出濃度について、自主基準値を確保することができることを十分確認し、右基準値を達成できない限り稼働をしない予定である。以上によれば、本件施設は、国及び京都府の定める排出基準はもちろん、これよりも厳しく設定された自主基準値をも充たすことが可能な設備であると一応認めることができる。
(3) 大気汚染物質による被害発生の蓋然性
① 大気汚染物質にかかる環境基準等
本件疎明資料(甲一七九、乙一、二五、三二、八三)によれば、以下の事実が一応認められる。
ア 環境基準
環境基本法一六条一項に基づき、昭和四八年五月八日環境庁告示第二五号等により定められた環境基準(以下「環境基準」という。)は、次のとおりである。
二酸化いおう 一時間値の一日平均値が0.04ppm以下であり、かつ、一時間値が0.1ppm以下であること。
二酸化窒素 一時間値の一日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること。
浮遊粒子状物質 一時間値の一日平均値が0.10mg/m3以下であり、かつ、一時間値が0.20mg/m3以下であること。
イ 京都市環境保全基準
昭和六一年四月一日告示の京都市環境保全基準(以下「市保全基準」という。)は、次のとおりである。
二酸化いおう 一時間値の一日平均値が0.02ppm以下であること。
二酸化窒素 一時間値の一日平均値が0.02ppm以下であること。ただし、当分の間は一時間値の一日平均値が0.04ppm以下とする。
浮遊粒子状物質 一時間値の一日平均値が0.10mg/m3以下であり、かつ、一時間値が0.20mg/m3以下であること。
ウ その他
前記ア及びイに基準が定められていない有害物質についても、以下のとおり指針等が定められている。
二酸化窒素については、前記アでは、一時間値の環境基準は設定されていないが、昭和五三年三月なされた中央公害対策審議会答申では、短期暴露指針を0.1ないし0.2ppmとしている。また、ダイオキシン類、塩化水素及び水銀については、いずれも大気汚染に関する環境基準及び市保全基準は設定されていないが、ダイオキシン類については、環境庁によって、前記2(三)記載とおり、大気環境濃度指針値として、年平均値0.8pg―TEQ/Nm3が示され、塩化水素については、昭和五二年「大気汚染防止法に基づく窒素酸化物の排出基準の改定等について」において、目標環境濃度が0.02ppm以下と定められ、水銀については、世界保健機構(WHO)により、一五μg/m3がガイドラインとして定められている。
② 債務者の行った大気汚染予測及び環境影響評価
本件疎明資料(甲二五六、乙一、三、二五、八三、九八、一〇三、一〇五、一一〇、一一一)によれば、債務者は、以下のとおり、本件環境影響評価において、本件施設から排出される大気汚染物質が環境に与える影響を予測・評価した上、本件準備書を作成したことが一応認められる。
ア 大気汚染予測・評価の手法
ⅰ 債務者は、前記①記載の各基準の達成に支障が生じないことなどを環境保全目標として設定した上、ごみ焼却施設建設に関する環境アセスメントについて、全国的、統一的な観点から参考にすべきものとしてまとめられた厚生省マニュアル、環境庁大気保全局大気規制課編「窒素酸化物総量規制マニュアル(改訂版)」及び京都府環境影響評価技術マニュアル等に示された調査方法等に準拠して、本件予定地周辺の複雑地形を考慮して、平成六年三月から平成七年二月までの一年間、地上・上層気象観測及び大気質濃度測定を行った。さらに、地形模型を用いた風洞実験及び現地拡散実験により大気拡散の状況を把握した上で、これら現状調査結果から得られた知見に基づいて、本件予定地周辺の地形に複雑地形モデルを採用することの適否の検討や適切な拡散幅の検討を行うなど試行錯誤を経た。その上で、正規型プルームモデルを基本に、本件予定地周辺の現状に適した大気汚染の予測モデルを構築した。なお、債務者は、気象の現状調査、予測手法の選択及び予測計算の実施については、日本気象協会に委託した。
ⅱ 排ガスの濃度は、風向、風速、有効煙突高(煙突の実体高に排出ガスが煙突頂部から上昇した高さを加算したもの)及び排ガスの拡散幅によって規定される。これらの要素を数式に組み込んで、排ガス濃度を計算する予測式の一つがプルームモデルであり、同モデルは、厚生省マニュアルでも推奨され、他の地方公共団体がごみ焼却施設建設に関する環境アセスメントを行う場合などにも広く使用されている。
ⅲ そして、債務者は、右ⅰ記載のとおり構築した予測モデルを用いて、本件施設から排出されると予測される二酸化いおう、二酸化窒素、浮遊粒子状物質及び塩化水素(ただし、一時間値のみ)につき、本件予定地を中心とする約一〇キロメートル四方の範囲で、本件予定地で実施した気象測定から得られた気象条件毎に大気拡散計算を行い、その結果に各気象条件の年間出現率を乗じて、年間の平均的な寄与濃度である長期平均寄与濃度(以下「年平均値」という。)を、本件予定地から風下主軸上一〇キロメートルの範囲で、上層気象測定で得られた気温逆転層の発生状況等の一定の気象条件下における短期寄与濃度(以下「一時間値」という。)をそれぞれ予測した。
ⅳ そして、債務者は、本件予定地周辺の大気汚染物質のバックグラウンド濃度に本件事業実施による右各寄与濃度を加算したものが、環境基準又は市保全基準の維持達成に支障を来すものでないか否か、現状に対して本件事業が寄与する割合の程度などについて検討した。その上で、右環境保全目標を達成できるか否かについての評価を行い、右の予測、評価等について記載した本件準備書を作成した。これらの具体的内容は、以下のとおりである。
イ 現状調査
ⅰ 大気質測定
a まず、本件施設から排出される排ガスが移流、拡散する地域の大気質の状況を把握し、予測結果を評価する際のバックグラウンド濃度を得ることを目的として、本件予定地を中心とする半径約一〇キロメートルの範囲に位置する京都市大気汚染常時監視測定局六か所のデータを収集した。そして、本件予定地近傍には同測定局がないため、一般環境につき、本件予定地、鞍馬小学校、市原野小学校及び柊野小学校の四か所、沿道環境につき静市ポンプ所及び加茂街道北の二か所で、一年間連続で、二酸化いおう等の現地調査を行うなどした。
b その結果、二酸化いおう及び浮遊粒子状物質については、いずれの現地調査地点においても、環境基準及び市保全基準に共に適合していた。二酸化窒素については、市原野小学校、柊野小学校、静市ポンプ所及び加茂街道北において、年間における一日平均値のうち、低い方から九八パーセントに相当するもの(以下「一日平均値の年間九八パーセント値」という。)につき、それぞれ0.023ppm、0.024ppm、0.028ppm、0.025ppmが測定されるなど、環境基準には適合するものの市保全基準を超える結果となった。
c なお、厚生省マニュアルでは、大気質濃度については、二期各二週間程度の測定を二ないし三地点で行うことが望ましいとされているが、債務者の行った大気質測定は、これを大きく上回るものである。
ⅱ 地上気象測定
a 本件予定地周辺の地上付近の風の流れを把握するとともに、ごみ焼却施設の排ガスが移流、拡散する場を支配する要素の一つである大気安定度を把握するため、本件予定地等五か所で風向・風速を、同予定地で日射量(太陽からのエネルギーの強さを示す量)及び放射収支量(鉛直上向きと下向きのエネルギーの流れの差を示す量)を、いずれも一年間連続で測定した。その結果、いずれの観測地点でも、地上付近の風向は、周辺地形の影響により谷の走向に沿った風向の出現頻度が高くなっていること、平均風速は、本件予定地で1.1m/s、周辺地域で1.0ないし2.2m/sと比較的小さいことが判明した。
b そして、本件予定地において測定した風速、日射量及び放射収支量から、パスキル安定度階級分類表を用いて大気安定度を分類した。その結果、約三八パーセントが強安定を示す「G」に、次いで、約三〇パーセントが中立を示す「D」に、約一二パーセントが不安定を示す「A―B」、「B」に分類され、この地域は風が弱いため、安定度階級の出現が、強不安定、強安定の両極及びその間の中立の三つに偏った分布になっているという特徴が現われた。
c なお、厚生省マニュアルでは、地上風については、一地点での測定を指定しているが、債務者の行った地上風測定は、これを大きく上回るものである。
ⅲ 上層気象測定
a 風向・風速の測定
本件施設から排出される排ガスの移流、拡散を大きく支配する要素の一つである上空の風の流れを把握するため、本件予定地において、ドップラーソーダー(地上から上空に向かって音波を照射し、風によるドップラー効果を利用して上空の風向、風速等を測定する装置)を用いて、地上から高度四〇〇メートルまで(高度二〇〇メートル以下は二五メートルごと、高度二〇〇メートル以上は五〇メートルごと)の毎正時前一〇分間の平均風向・風速を、一年間連続で測定した。
その結果、本件予定地上空では、平均風速は、高度が高くなるに従って大きくなっていること、地上から五〇メートルまでは、谷の走向に沿った西南西及び東北東の風向の出現が卓越していること、本件施設の煙突実体高である地上一〇〇メートル以上については、地上一〇〇メートル付近では、卓越した風向の出現は見られないが、地上二〇〇メートル以上になると、北西から北北西の風向の出現が卓越していることが判明した。
なお、厚生省マニュアルでは、上層気象については、一般に長期にわたって観測を実施することが困難であるため、暖候期、寒候期の二期又は四季について各五ないし七日程度実施することが理想的であるとされている。しかし、債務者は、本件予定地周辺のような複雑地形においては、地上での風向・風速から上空の風向・風速を単純に予測することは困難であることを考慮して、ドップラーソーダーを用いた一年間連続の観測を行った。これは、全国的に見ても、ごみ焼却施設建設にかかる環境アセスメントとしては初めてのものである。
b 気温の測定(逆転層の測定)
大気安定度が安定の場合で、高度が増すにつれて気温が上昇する場合を逆転といい、逆転になっている空気の層を逆転層という。逆転層は、その発生原因が複数あり、排ガスの拡散と密接な関わりがあるが、高濃度の出現と結びつくものは、接地逆転層が解消する過程で発生するフュミゲーション及び上層逆転層であって、それ以外の逆転層については、逆に、最大着地濃度は低くなる。接地逆転層は、主に風の弱い晴夜に、地表面からの放射冷却によって地表面が冷却されるのに伴い、地表面に接する空気塊も冷却され、その結果生じる逆転層である。日出から日中にかけて地表付近が暖められて空気の対流が起こり、接地逆転層が地表面近くから崩壊したとき、上層の安定層内に放出された排出ガスが地表近くの不安定層内に取り込まれることなどにより、急激な混合が生じて高濃度をもたらす現象が、フュミゲーションである。また、上層逆転層は、有効煙突高よりも上層に逆転層が発生したものであり、排ガスの上昇を抑制し、地上の排ガス濃度を高める可能性がある。なお、この接地逆転層は、本件予定地周辺に特有のものではなく、全国各地で発生するものである。そして、上層逆転層及び接地逆転層は、いずれも、ほとんどの場合に短い時間に生じる現象である。
債務者は、このような上層逆転層及び接地逆転層の発生状況を把握するため、本件予定地において、ヘリウムを充填したバルーンにゾンデと呼ばれる測定装置を吊して放球し、分速二〇〇ないし三〇〇メートルの速度で上昇させ、地上から高度一五〇〇メートルまで五〇メートルごとの気温を三時間ごと(一日当たり八回)に測定した。この測定は、四季各七日間(合計二八日間)実施し、また、測定の頻度についても、接地逆転層の崩壊の生じる時間帯である午前六時から正午までについては、必要に応じて一時間ごとにデータを取得するなどした。
その結果、次のような知見が得られた。すなわち、本件予定地における接地逆転層の出現頻度は、全二二四観測中(八観測×二八日)の54.0パーセントで、特に夜間に多くなっているが、その大部分の発達高度は、一五〇メートル以下であった。有効煙突高を地上からの高度二〇〇メートルと仮定した場合、逆転なしが、31.3パーセント、右高度よりも低いところで出現する下層逆転が、58.0パーセント、右高度が出現した逆転層中にある全層逆転が、3.6パーセントと、合計92.9パーセントを占めた。これに対し、地上の排ガス濃度を高める可能性のある右高度以上で上層逆転が出現したのは、約7.1パーセントであり、また、フュミゲーションが生じた事例は、全観測中の0.9パーセント(二回)であった。
なお、厚生省マニュアルでは、気温についても二期又は四季について各五ないし七日程度実施することが理想的であるとされているが、債務者は、右のとおりこれに比べても充実した測定を行っており、他都市における環境アセスメントと比べても充実している。
ⅳ 現地拡散実験
大気中での現実のガスの拡散状況を調べる目的で、本件予定地において、本件施設の煙突頂部付近に位置する地上からの高度一三〇メードルに係留気球を浮揚させてホースを吊り下げ、このホースの先端から、トレーサーガス(大気中で変質せず微量で追跡が可能なガス)を約六〇分間放出した。移流拡散されたトレーサーガスを風下側約五キロメートル以内に位置した約四〇地点で空気を捕集した上、分析装置ガスクロマトグラフを用いてトレーサーガスの濃度を測定した。捕集点は、地形の状況、住居の分布状況等を考慮した上、平均的には三〇〇ないし六〇〇メートルごと、市原野地区だけに限れば一〇〇ないし二〇〇メートルごとに配置された。この実験は、平成六年五月に八回、同年一二月に一一回実施したが、実験当時の大気の安定度については、不安定時が七回、中立時が六回、安定時が六回であった。
実験時期について、五月は、煙突からの排出ガスが地表に大きな影響をもたらしやすい大気の不安定条件が出現する時期であるからであり、一二月は、一般に窒素酸化物の環境濃度が高くなり、朝夕に強い逆転層が出現しやすい時期だからである。
現地拡散実験の結果、以下の知見が得られた。
a プルームモデルによる計算値に比べ、最大着地濃度が近くに出現する例が多かった。これは、地形効果によって鉛直方向の拡散幅が増大したためと考えられる。
b 鉛直方向の拡散の度合いが大きい。これは、本件予定地周辺のように起伏が大きい地形では水平・鉛直方向での風のシヤーが大きいこと、日中は気温の上昇によって熱的効果が加わることなどに起因する乱流の増大が原因と考えられる。
c 夜間においては、特に風が弱く逆転層が形成されやすいが、上空から放出されたトレーサーガスの地表濃度は、昼間の中立・不安定時と比較してかなり低い。これは、安定成層の中で鉛直方向の混合が少なく、上空からのトレーサーガスの拡散が抑制されたためと考えられる。
ⅴ 風洞実験
本件予定地周辺における排ガスの拡散を再現して、風向や風速を変えるなど種々の条件下における排ガスと地表濃度の関連を調べることを目的として、三菱重工業株式会社長崎研究所において、測定部断面が二×三メートル、測定部長さが二五メートルの大型拡散風洞内の半径六メートルのターンテーブル上に、本件予定地周辺の地形、本件施設等の模型を置くなどして、以下の実験を行った。
a 平板実験
地形実験に先立ち、風洞内に本件施設の模型のみを設置した上、右模型の煙突頂部からトレーサーガスを排出し、これが、有効煙突高算出式であるコンケィウ式により算出される排ガス上昇高まで上昇するように煙突出口口径を調整して、有効煙突高の再現を行った。この際、風洞内は、乱流格子と境界層制御装置を風洞測定室の前流端に取り付けて気流を制御し、中立状態である七分の一乗則を満足する風速の鉛直分布とパスキル・ギフォード線図の拡散幅を再現し、中立状態の大気の自然風と相似となるようにした。
b 地形実験
風洞内に、縮率二〇〇〇分の一の地形模型及び本件施設の模型を設置し、煙流実験、地上分布濃度測定、拡散幅の測定等を行った。なお、この縮率は、地形模型による風洞の閉塞率(風洞断面に占める地形の割合)が一定以下の値(五パーセント以下)となるよう検討して定めた。
地表濃度分布測定条件の設定に当たっては、まず、本件施設の模型の煙突頂部から白く着色した煙(流動パラフィン)を排出して、全風向につき、その挙動を観察し(煙流実験)、この煙流実験の結果から、排ガスの上昇及び移流・拡散に対する地形効果の大きい風向を確認した。さらに、風下側に比較的住居が大きい風向、年間の出現率が高い風向等も考慮して、地表濃度分布測定を行う風向として、南東、南西、西、西北西、北西及び北北東の六風向を設定した。また、本件施設の模型の煙突頂部付近の風速については、安定度C―Dの中立状態で最大着地濃度(排ガスによって地表に現われる最も高い濃度)が高くなる風速として、三m/sを、前記ⅲ記載の上層気象測定の結果六m/sを超える風速の出現頻度は低いことから、ダウンドラフト(風速が大きくなるにつれて建物、山、煙突自身等の背後で気流が剥離してできる渦などの負圧部に煙突からの排ガスが引き込まれて、その風下で下降する現象)、ダウンウォッシュ(煙突下流側の渦に煙が巻き込まれる現象)等の現象が現れやすい風速として、六m/sをそれぞれ設定した。そして、測定点として、本件施設の模型の煙突を中心とした風下側の地表面に約三〇〇ないし四〇〇の測定口を配置した上、本件施設の模型の煙突頂部からトレーサーガスを後記ウ記載の排出条件に示した排ガス速度二〇m/sで放出し、右測定口から空気を吸引して、トレーサーガス濃度を分析し、六風向、二風速の合計一二例について、地表濃度分布の一時間平均値を測定した。
c 実験結果
風洞実験の結果、以下の知見が得られた。
α 平板実験に比べて、地形実験では、最大着地濃度の出現距離は短くなっており、地形効果が大きいことが窺われ、また、最大着地濃度の数値も大きい結果となった。
β 平板実験に比べて、地形実験では、鉛直方向の拡散幅が大きくなり、水平方向についても拡散が促進された。
γ 全風向にわたって、排ガスの流れを観察した結果、瞬時的な排ガスの上下変動は見られたが、環境基準等が設定されている一時間の評価時間で捉えた場合、ダウンドラフト現象は見られなかった。
δ 排ガスの上昇高については、排ガスは、有効煙突高を保ちながら地形に沿って流れた。
ε 排ガスの主軸については、排ガスの流れの外縁部では、谷筋の影響で濃度分布のゆがみが見られたが、地形表面に沿って高い高度を排ガスが流れるため、主軸(濃度の最も高いところ)には明らかな枝分かれ現象や蛇行現象は見られなかった。
ζ 排ガスの拡散幅については、地表の濃度分布は、プルームモデルによる濃度分布と同じパターン(左右対称)であった。
η 地形実験において、有効煙突高は、風下八〇〇メートルまでは平板と同程度かそれ以上に上昇した。これは、周辺地形の影響を受けて、煙突頭頂部付近の風速が低減することによるものと考えられる。
ウ 排出条件等
排出条件等については、本件施設の計画値に従って、次のとおり設定した。
ⅰ 排出条件
排ガス量 二五万Nm3/h
排ガス温度 一八〇℃
煙突高 一〇〇m
排ガス速度 二〇m/s
ⅱ 排出濃度
いおう酸化物 二〇ppm
窒素酸化物 七〇ppm
ばいじん 0.02g/Nm3
塩化水素 一五ppm
ⅲ 排出量
いおう酸化物 5.0Nm3/h
窒素酸化物 17.5Nm3/h
ばいじん 5.0kg/h
塩化水素 3.75Nm3/h
エ 年平均値
ⅰ 拡散実験等の特徴
拡散実験は、実験の風向・風速や捕集地点が限定されるなどの短所を有するものの、強不安定条件から気温逆転層形成時のような強安定条件まで幅広い気象条件の中で実験を実施した上で、汚染物質の移流・拡散についての知見を得ることができる。一方、風洞実験は、不安定条件や安定条件においての実験が技術的に困難なため、中立ないしやや不安定条件での実験という制約条件はある。しかしながら、平板実験との比較によって、複雑地形の特徴を拡散予測式に用いる拡散パラメータ等の相違として定量的に測定でき、また任意の風向・風速や捕集地点を設定できるなどの長所がある。
そこで、債務者は、大気汚染予測モデルの構築に当たって、風洞実験から得られた定量的知見に基づき、風洞実験結果を数式で再現できる拡散モデルを構築し(中立又はやや不安定時)、このモデルを用いて排出高度を一三〇メートルとした場合の計算濃度と現地拡散実験(中立時)との整合性を確かめながら、不安定時や安定時の拡散実験結果にも適合する拡散モデルの修正を行うという手順をとった。なお、大気安定度は、拡散パラメータの設定のために把握する必要があるが、本件予定地での風速、日射量及び放射収支量の測定結果から、パスキル大気安定度階級分類表を用いて分類した。
ⅱ 拡散モデル
複雑地形における拡散モデルについては、研究段階のものを含めて多数のものが提案されている。債務者は、クレスタモデルやERTモデルについても、中立時における風洞実験の結果と整合するか否かを検討したが、整合性が低かった。これに対して、厚生省マニュアルで推奨されているプルームモデルについては、前記イvcのδないしζ記載のとおりの風洞実験結果による知見からも、風洞実験結果との整合性が比較的高かった。
そこで、債務者は、有風時の大気拡散の予測モデルとして、プルームモデルを採用することができると判断し、同マニュアルに従い、有風時(風速1.0m/s以上)につき、プルームモデルを採用した。また、弱風及び無風時(風速0.9m/s以下)については、地形による風の影響が少ないと考えられることから、同マニュアルに従い、一般的な予測モデルであるパフモデルを採用した。
ⅲ 有効煙突高の計算式
複雑地形においては、地形によるダウンドラフトや乱流による排ガス浮力の低下、山の稜線の上下における風の鉛直シヤー等による有効煙突高の低下が危惧される。そこで、債務者は、風洞実験において、平板実験時に確保したコンケィウ式による排ガスの上昇高が、地形実験において低下するか否かを検討したが、前記イvcη記載のとおり、山地の風下気流による直接的な影響は見られず、むしろ地形効果によって、煙突上部の風速が弱まるため、平板実験時よりもやや上昇気味の傾向を示した。
このような検討結果に基づき、債務者は、安全側の見地に立っても、本件予定地においてコンケィウ式を採用することに支障はないと考え、厚生省マニュアルに従い、有風時(風速1.0m/s以上)につき、コンケィウ式を採用し、弱風及び無風時(風速1.0m/s未満)につき、ブリッグス式と有風時(風速1.0m/s)の値から線型内挿した値を用いた。弱風及び無風時の温位傾度については、同マニュアルで記載されている、昼間は0.003℃/m、夜間は0.010℃/mの値を採用した。
ⅳ 拡散パラメータ
a 有風時(風速1.0m/s以上)
α 中立及びやや不安定時に関する拡散パラメータの設定
風洞実験において、拡散幅の測定も適宜行った結果、次のとおりの知見が得られた。
・平板実験の結果によると、σy(水平方向拡散幅)は、パスキル・ギフォード線図のC―Dによく一致するが、σz(垂直方向拡散幅)は、実際の排煙上昇を対象にした測定結果から導かれたTVA線図によく近似する。
・地形実験の結果によると、煙源近傍でも既にσzの増大が測定される。
・σzは風下距離に応じて大きくなるが、その増加割合は、平板実験結果はもとよりTVA線図よりも大きい。
・風向によりσzに相違が見られる。
そこで、σyの予測については、地表濃度分布から最小自乗法により見積もらざるを得ないため、地表付近の起伏(標高差)がσyの誤差として反映されてしまい、拡散パラメータとしては過大に評価され、予測濃度が過小評価される結果となる嫌いがあること、他方で、環境アセスメントに際しては、安全側の予測を行う必要があることを考慮して、厚生省マニュアルに従い、一般的手法であるパスキル・ギフォード線図を用いることとした(ただし、σyの予測値は、長期平均濃度の予測においては、一風向内の濃度分布は一様とするので必要ではなく、一時間値の予測においてのみ必要である。)。
σzの予測については、TVA線図を用いることとしたが、右実験結果によると風上・風下両者の地形影響が融合されて濃度分布が生じていること、地形の効果は全方位均一ではなく風向によって変化することなどを考慮して、風洞実験で測定した主軸濃度分布と標高データ(煙源を中心とした半径五〇〇メートルでの方位別の平均標高)を用いて、帰納的に、1.5又は2.0の風向別の係数を見積もり、TVA線図から求めたσzに風向に応じてこの係数を乗じることとした。
右のとおり拡散パラメータを設定した結果、このパラメータと風洞実験結果との整合性は、風速三m/s、六m/sの場合いずれについても良好であった。
β 現地拡散実験結果に基づく拡散パラメータの検討
債務者は、風洞実験の結果前記αで設定した拡散パラメータを用いた拡散計算に基づく予測地表濃度と現地拡散実験結果とを比較することにより、右パラメータの有用性を検証した。検証に用いた気象条件等の拡散実験データは、主として、現地で春季と冬季に行った拡散実験のうち、有風時の比較的主軸濃度がはっきりした事例のものであり、風向変動幅が大きい、風速が弱いなど主軸のはっきりしない事例については、最高濃度地点における濃度を有効なデータとして取り上げて検証に利用した。その結果、右パラメータは、強安定時を除いて有効煙突高が一三〇メートルの場合の現地拡散状況を比較的良く再現していると認められた。そして、強安定時(安定度G)の拡散実験結果については、TVA線図のより安定側の拡散幅(d)を用いて計算した拡散幅により、右実験結果による地表濃度を再現することができることが確認された。
γ まとめ
以上の検討の結果、債務者は、σzについては、大気安定度AないしD(不安定から中立時)に関しては、TVA線図の(a)によって、大気安定度のEないしG(弱安定から強安定)に関しては、同図の(b)ないし(d)によって、それぞれ拡散幅を算出した上、いずれも風向別の係数を乗じることにより予測し、σyについては、パスキル・ギフォード線図のσyによって予測することとした。
b 弱風時及び無風時(風速0.9m/s以下)
拡散幅パラメータ(α、γ)には、ターナー図による拡散幅をパスキル大気安定度に対応させて予測した。
ⅴ その他
a 弱風時の風向出現率の補正
年平均値の算出に当たっては、一方位以内では排ガスが一様分布するとして扱った。ただし、弱風時においては、風速が弱くなるにつれて風向変動が大きくなり、風速が〇になると排出源を中心として同心円上に広がるため、弱風時の状態を再現するよう、一様分布するとして扱う方位の大きさを風速等に応じて変更するよう補正した。
b 二酸化窒素への変換
債務者の構築した拡散モデルによって算出された窒素酸化物濃度を二酸化窒素濃度に換算するため、「窒素酸化物総量規制マニュアル(改訂版)」に記載の指数近似Ⅰ式を用い、オゾンの現地調査結果を用いてパラメータKを求めた。
ⅵ 予測・評価結果
a 平成六年三月から平成七年二月までの一年間のデータ(約八七〇〇個)を用いて、二酸化いおう、二酸化窒素及び浮遊粒子状物質につき、拡散予測を行った。その結果、年平均値の予測最高濃度は、二酸化いおうが、0.00012ppm、二酸化窒素が、0.00027ppm、浮遊粒子状物質が、0.00012mg/m3であり、いずれも本件予定地の南西方向約一キロメートルの場所に出現していることが判明した。
b そして、債務者は、右の年間最大着地濃度地点及び現況大気質濃度を測定した本件予定地など四か所について、右拡散予測に基づく本件事業による寄与濃度の年平均値に、現況の環境濃度をバックグラウンド濃度として加算して、環境濃度の年平均値を予測した。さらに、この年平均値を現地調査結果から得られる換算式により、環境濃度の一日平均値の年間九八パーセント値又は年間二パーセント除外値(年間における一日平均値のうち、高い方から二パーセントに相当する測定日数を除いた濃度)を予測した。
c その結果、二酸化いおう及び浮遊粒子状物質については、いずれの予測地点についても、環境基準及び市保全基準に適合すること、寄与割合は、それぞれ、2.0ないし3.8パーセント、0.2ないし0.4パーセントに過ぎないことが予測された。それで、債務者は、二酸化いおう及び浮遊粒子状物質について、環境保全目標を達成できると評価した。
二酸化窒素については、最大着地濃度地点、市原野小学校及び柊野小学校において、一日平均値の年間九八パーセント値が、それぞれ、0.025ppm、0.024ppm、0.024ppmと予測された。これは、環境基準及び市保全基準の当分の間の基準には適合するものの、市保全基準を超える結果となった。しかし、債務者は、二酸化窒素についても、環境濃度に対する本件施設からの排ガスの寄与割合が、1.7ないし3.3パーセントと予測され、軽微であることから、やはり環境保全目標を達成できると評価した。
オ 一時間値
ⅰ 条件設定
債務者は、一時間値に関しては、一般的な気象条件時、上層逆転発生時及びフュミゲーション時の三つの場合につき予測することとし、現地での気象観測結果を基に、それぞれ次のとおりの気象条件を設定した。
a 一般的な気象条件時
α 比較的高濃度が生じやすい気象条件時
風速と大気安定度(パスキル安定度)の組合せを設定して高い濃度になる場合及び本件予定地の大気質測定結果により高濃度が出現した気象条件を選定して、拡散計算式により予測した。
β 年間出現率の高い気象条件時
風速階級別大気安定度出現率について、年間出現率の高い条件について拡散計算式により予測した。
b 上層逆転発生時
煙突高より上空に逆転層が存在し排煙の拡散が抑制される気象条件時について、逆転層の底部(リッド)を上限とする反射を考慮した拡散計算式により予測した。具体的には、本件予定地での上層気象測定時に確認された上層逆転のうち、逆転層の高度、風速等を考慮して、合計一六個の事例を予測対象として選定した。
c フュミゲーション時
早朝に接地逆転層が発達し、日の出後に地面付近から不安定になり逆転層が解消した典型的な測定結果について、拡散計算式により予測した。具体的には、平成六年四月六日の上層気象測定時に確認された接地逆転層について、日の出後の午前六時から午前九時にかけて日射により地面付近から解消した典型例を予測対象として選定した。
ⅱ 予測モデル
a 一般的な気象条件時
拡散計算式については、プルーム、パフモデルを基本とした式を用い、有効煙突高、二酸化窒素への変換及び拡散幅σzは、年平均値の予測と同様とし、拡散幅σyは、パスキル・ギフォード線図により求め、平均化時間による補正を行った。
b 上層逆転発生時
煙流が上層の逆転層を突き抜けるか否かの判定を行い、突き抜けない場合につき、リッドが存在する場合に関する拡散式を用いた上、有効煙突高、二酸化窒素への変換及び拡散幅σzは、年平均値の予測と同様とし、拡散パラメータについては、一般的な気象条件時の予測と同様として、予測を行った。
c フュミゲーション時
拡散計算式については、厚生省マニュアルに記載されている接地逆転層崩壊時の地表最大濃度推定式(カーペンターモデル)を用い、拡散パラメータにつき、TVA線図を用いるなどして、予測を行った。
ⅲ 予測・評価結果
a 右のとおりの条件設定・予測モデルに従って、二酸化いおう、二酸化窒素、浮遊粒子状物質及び塩化水素につき、それぞれ一時間値を予測したところ、上層逆転及びフュミゲーション時の濃度が、他の気象条件における濃度に比べて高くなることが判明した。
b 債務者は、右予測結果の中から最高濃度の事例について、各予測条件のうちバックグラウンド濃度の想定が困難なものについては単独で、同濃度の想定が可能なものについては同濃度に右予測結果を加えて、一時間値の予測値とし、これらと環境保全目標とを比較した。その結果、いずれの条件、大気質においても、一時間値が環境基準等を下回ることが予測された。
c 環境基準等に占める本件施設からの排ガスの寄与割合に関しても、二酸化いおう、二酸化窒素及び浮遊粒子状物質については、一般的な気象条件時、上層逆転時及びフュミゲーション時それぞれにおいて、0.9ないし2.6パーセント、4.2ないし8.3パーセント、4.4ないし11.9パーセントと予測され、軽微であることから、債務者は、環境保全目標を達成できると評価した。
また、塩化水素については、環境基準等に占める本件施設からの排ガスの寄与割合が、一般的な気象条件時、上層逆転時及びフュミゲーション時それぞれにおいて、7.0パーセント、31.0パーセント、32.5パーセントとやや大きいものの、塩化水素は、ごみ焼却施設特有の排出物質で、一般的なばい煙成分ではないため、本件予定地周辺における単独煙源寄与として捉えることができるとして、やはり、環境保全目標を達成できると評価した。
③ 審査会の答申結果
本件疎明資料(乙一、三、一一二)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。
ア 審査会への諮問
債務者市長は、平成七年一〇月、評価要綱一五条に基づき、審査会に対して、前記②記載のとおり作成された本件準備書につき、環境影響評価に関する専門的かつ技術的な事項について検討し、意見を提出するよう諮問した。この審査会は、環境影響評価にかかる大気環境工学、路盤基礎工学、森林生物学、昆虫生態学、交通土木工学、衛生工学、気象学、災害気象学、都市計画学及び土木工学の各分野の専門的な学識を有する者の中から債務者市長からの委嘱を受けた者で構成されることになっており、当時の委員は、京都大学大学院教授(衛生工学専攻)高木興一ら一三名であった。
審査会は、同月から翌平成八年三月までの約半年間にわたり、大気・悪臭・廃棄物小委員会五回を含む合計一五回の会合を開き、関係地域住民の意見も考慮しながら慎重な審議をした。そして、同月、債務者市長に対し、債務者が行った調査、予測及び評価はおおむね妥当であるとした上で、さらに、施設の建設及び稼働に当たって、環境保全上留意すべきことについての意見を加えた内容の答申をした。
イ 現状調査について
審査会は、一般に、複雑地形における大気汚染を予測する場合には、拡散実験や風洞実験を行って、予測モデルの検証や改良に活用することが多く、大気汚染に及ぼす影響を考慮しなければならないごみ焼却施設等の事業の場合は、これらの実験が特に必要と考えられるとして、債務者の行った調査方法等についておおむね妥当と考えるとの答申をした。
ウ 年平均値
審査会は、次のように答申した。
ⅰ 債務者の行った年平均値の予測につき、環境影響評価において複雑地形に十分対応できるモデルが確立されていない現状においては、年平均値に関して種々改良を加えて拡散モデルを構築し、予測していることはやむを得ないと考える。また、有効煙突高、二酸化窒素への変換、風向・風速の代表高度及び運転条件等については、おおむね妥当と考える。しかしながら、本件予定地は複雑地形であり、予測の結果を補うため、本件施設完成後に環境監視を十分に行うこと、更に良好な排出条件を確保するよう努めることが必要と考える。
ⅱ 債務者の行った年平均値の評価につき、おおむね妥当と考える。二酸化窒素に関して市保全基準を三地点で超過していること、予測に関する右のとおりの事情から、本件施設完成後に環境監視を十分に行うこと、更に良好な排出条件を確保するよう努めることが必要と考える。
エ 一時間値
審査会は、次のように答申した。
ⅰ 債務者の行った一時間値の予測につき、環境影響評価において一時間値の予測方法等に関し十分確立されていない現状においては、本件予定地での四季の気象調査、通年の大気汚染調査結果を基に気象条件を設定し、風洞実験で求めた拡散幅を用いて一時間値の予測を行っていることについてはやむを得ない。微風又は無風の状態で有効煙突高度周辺に漂う汚染物質が、フュミゲーションの発生により地表に到達することも考えられるが、この時の地表濃度を正確に予測することは予測方法等が確立されていない現状から困難である。しかしながら、より安全側に配慮して、施設の詳細な設計に当たっては、排ガス濃度を可能な限り低下させ、高い有効煙突高を確保するなど排出条件を一層改善するよう検討するとともに、施設の稼働時においても施設の適正な管理を行い、更に良好な排出条件を確保するよう努めること、連続測定等による環境監視を行うことが必要と考える。
ⅱ 債務者の行った一時間値の評価につき、おおむね妥当と考える。塩化水素の寄与割合が高いこと、予測に関する右のとおりの事情から、施設の詳細な設計に当たっては、排出条件を一層改善するよう検討するとともに、施設の稼働時においても施設の適正な管理を行い、更に良好な排出条件を確保するよう努めること、連続測定等による環境監視を行うことが必要と考える。
オ ダイオキシン類及び水銀について
ⅰ 債務者は、本件環境影響評価手続を実施した平成六年当時、前記2(三)記載のとおりダイオキシン類に関する法的規制がなかったため、同手続中で、ダイオキシン類に関して、大気質調査、本件施設から排出されるダイオキシン類の環境への影響予測を行わず、同様に環境基準の定められていない水銀等の重金属についても濃度予測を行わなかった。そこで、審査会は、債務者に対し、ダイオキシン類及び水銀についての大気汚染予測を検討するよう求めた。
ⅱ これを受けて、債務者は、審査会に対し、次のとおり説明した。
ダイオキシン類の排出濃度計画値が0.5ng―TEQ/Nm3であるところ、本件準備書に示した大気汚染物質の年平均値の最大着地濃度と排出濃度との比を用いてダイオキシン類の地表濃度を推定した。この推定地表濃度と人間の一日当たりの換気量(一五m3/日)から吸収量を推定した上、廃棄物処理に係るダイオキシン等専門家会議が、昭和五九年五月に定めた評価指針値一〇〇pg―TEQ/kg/dayと比較すると、最大着地濃度地点においても、ダイオキシン類の濃度は、右評価指針値の約一三万三〇〇〇分の一となる。
また、水銀についても、排出濃度計画値が0.05mg/Nm3であるところ、ダイオキシン類と同様に濃度予測を行うと、年平均の地上最高濃度は0.00029μg/m3と予測される。これはWHOのガイドライン一五μg/m3と比較すると極めて小さく、また、現状調査結果では、大気中の水銀濃度は本件予定地で平均0.004μg/m3であり、影響は小さいと考えられる。
ⅲ これを受けて、審査会は、前記ウ記載のとおりの答申をした。
④ ダイオキシン類
ア ダイオキシン類については、前記③記載のとおりの経緯を経て同ウ記載のとおりの答申結果が出されているが、その後、債務者が本件施設に関して一層厳しい自主基準値を設定する一方、環境庁により大気環境濃度指針値が設定されるなどしている。そこで、本件施設からのダイオキシン類の拡散による影響を検討する。
イ 本件疎明資料(乙一、三二、一四九)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。
ⅰ 前記②記載のとおり、二酸化いおうにつき二〇ppmの排出条件を設定したところ、年平均値の最大着地濃度は0.00012ppmであることが予測されたから、その拡散倍率は一六万六六六六倍と予測される。この拡散倍率がダイオキシン類にも該当すると仮定した上、ダイオキシン類の排出濃度を前記(2)③ア記載の自主基準値0.1ng―TEQ/Nm3とすると、年平均値の最大着地濃度で0.0006pg―TEQ/Nm3と予測される。
ⅱ ところで、債務者が、平成九年一月に、発生源周辺(債務者市内。場所は不明)及び債務者市役所において、ダイオキシン類の大気環境調査を実施したところ、それぞれにおける平均濃度は、0.52pg―TEQ/Nm3及び0.26pg―TEQ/Nm3であった。また、債務者が、平成一〇年五月、七月及び一一月に、債務者市内の中京区、左京区、山科区、右京区及び南区の五地点(場所は不明)で、一般環境中のダイオキシン類の大気環境調査を実施したところ、0.021ないし0.77pg―TEQ/Nm3の濃度が観測された。
ⅲ そして、右各ダイオキシン類測定値のうち、最も濃度の高い0.77pg―TEQ/Nm3をバックグラウンド濃度と仮定した上、前記の年平均値の予測最大着地濃度である0.0006pg―TEQ/Nm3を加算したところ、環境濃度は0.7706pg―TEQ/Nm3と予測され、環境庁が平成九年九月に示した大気環境濃度指針値0.8pg―TEQ/Nm3に適合する。また、右のとおり仮定したバックグラウンド濃度に対する右ダイオキシン類最大着地濃度の予測値の寄与割合は、0.07パーセントと極めて少なく、ダイオキシン類についても、環境負荷は極めて少ないと予測される。
ウ なお、債務者は、コプラナーPCBに関しては、自主基準値を設定しておらず、本件環境影響評価においても拡散予測を行っていないが、この点について、本件疎明資料(甲一七九)によれば、次のとおり一応認められる。
ⅰ コプラナーPCBについては、ダイオキシンリスク評価検討会では、その毒性は、ダイオキシン類似のメカニズムを持つことから、人の健康に対するリスクに十分留意する必要があり、今後とも毒性に関する研究と知見の収集が必要であるとされた。
ⅱ しかしながら、平成九年五月に前記2(三)記載の報告を発表した段階では、環境中の残留濃度等のデータが不足しており、暴露評価を行うには十分とはいえない状況にあり、また、コプラナーPCBの各異性体の毒性評価についても、等価換算係数についての評価が定まっているとは言い難い状況であることから、正確な暴露評価を行うことは困難であるとした。
ⅲ そこで、ダイオキシン類のほかにコプラナーPCBを含めてリスク評価を行うことについては、未だ知見が不十分であると判断し、ダイオキシン類のみを対象として健康リスク評価指針値を設定した。
以上によれば、債務者が、本件環境影響評価において、コプラナーPCBの環境影響予測を行わなかったことはやむを得ないというべきである。
⑤ 環境汚染監視等
本件疎明資料(乙一、二四、八三、一〇六)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
ア 債務者は、本件施設稼働後、本件予定地周辺の環境を常に監視し、環境保全に万全を期すため、「市原野環境保全モデル地域(仮称)」として、空気、水、緑を守り環境を美しくする対策を実施するとともに、環境調査等の結果を公表することを予定している。具体的には、大気測定所を市原町内に一か所設置し、通年二四時間連続で窒素酸化物、二酸化いおう、浮遊粒子状物質等に関する大気質を監視すること、ダイオキシン類の定期測定を行うこと、窒素酸化物、二酸化いおう及び塩化水素に関する排ガスの排出濃度を常時表示すること、定期的(五年ごと)に小学生、成人を対象とした健康調査を行うことなどである。
イ また、本件施設からの排ガス中の大気汚染物質の濃度に関して、ダイオキシン類については、廃棄物処理法に従い少なくとも一年に一回の、ばいじん、いおう酸化物、塩化水素及び窒素酸化物については、二か月に一回の、水銀については、四か月に一回の測定を行い、定期的な監視を継続していく。
ウ 右測定の結果、自主基準値を達成していないことが判明した場合には、本件施設の稼働を停止することを予定している。
⑥ 既存施設の稼働状況等
本件疎明資料(乙二五ないし三〇、八三、一四九)によれば、以下の事実が一応認められる。
ア 大気汚染物質の排出・拡散状況
債務者が、平成一〇年一一月ないし平成一一年一月の間に、債務者の稼働する既存のごみ焼却施設の排ガス中のダイオキシン類濃度を調査したところ、0.25ないし4.6ng―TEQ/Nm3が測定されたが、そのうち平成一〇年度にダイオキシン類削減対策工事を実施した焼却炉については、0.25ないし0.75ng―TEQ/Nm3の測定結果であった。そして、債務者が、平成一〇年一二月ないし平成一一年一月の間に、右の各施設周辺(風下五〇〇メートル、風下一キロメートル、風上一キロメートルの各地点)において、大気中のダイオキシン類濃度を調査したところ、0.024ないし0.78pg―TEQ/Nm3が測定され、いずれも、前記2(三)記載の環境庁が示した大気環境濃度指針値0.8pg―TEQ/Nm3を下回る結果であった。
イ 京都府医師会による健康調査等
京都府医師会は、平成二年、債務者から委託を受け、北清掃工場周辺地域の大気環境の特徴と同工場排ガスが周辺大気環境に与える影響に関する調査報告をした。同工場は、北側に白砂山など標高二五〇メートル程度の山々があり、南側に煙突実体高と同程度の音戸山など標高一五〇ないし二〇〇メートルの丘陵地に挟まれるなど、本件予定地と地形状況が類似した複雑地形のもとにある。
この調査報告に当たっては、工場が稼働している時期と、オーバーホール等で稼働を停止している時期とのそれぞれ約一か月間の合計二か月間にわたって、主風向の風下に当たる北清掃工場の南東約二〇〇メートルの地点における大気質(窒素酸化物、いおう酸化物、一酸化炭素)及び気象(風向、風速など)の連続測定並びに工場周辺約一キロメートルの範囲内の約三〇か所におけるフィルターバッジ(二酸化窒素の簡易測定法)による大気中の二酸化窒素濃度の面的濃度分布の測定を実施した。右測定の結果、大気質の平均濃度は、同工場周辺よりも債務者市内の中心部の方がはるかに高濃度であり、同工場の稼働時と停止時とで大気質の平均濃度に顕著な差異が見受けられなかった。そこで、京都府医師会は、同工場周辺地域の大気環境は、測定を行った窒素酸化物、いおう酸化物、一酸化炭素については、比較的良好な環境であり、直接健康影響を生じる可能性はきわめて少ないこと、同工場からの排ガスが周辺大気環境にもたらす影響については、特に問題とするところは認められなかったとの報告をした。
また、京都医師会は、昭和六一年及び平成九年の二度にわたり、債務者から委託を受け、東清掃工場周辺住民の健康調査に関する報告をした。いずれにおいても、調査結果として、全体として同工場の要因の影響は小さく、道路要因に影響を受ける部分が大きく、同工場の稼働によって周辺住民の健康に影響が及んでいることを示す所見は見当たらなかったとの報告をした。
⑦ 判断
ア 以上のとおり、債務者は、本件環境影響評価において、前記②ウ記載の排出条件を前提に、本件施設からの排ガスによる予測寄与濃度を算定した上、大気汚染物質のバックグラウンド濃度に加算して、本件施設から排出される大気汚染物質が環境に与える影響を予測した。その結果、予測項目のほとんどが前記①記載の環境基準等に適合しており、また、適合しない項目についても、本件施設からの寄与割合が軽微であるなどの事情が見受けられたことから、環境保全目標を達成することが可能であるとの評価をした。そして、本件環境影響評価において予測を行っていないダイオキシン類及び水銀についても、前記①ウ記載の指針値等に適合するとともに環境負荷が極めて少ないと予測される。
債務者は、本件環境影響評価を行うに当たり、学問的知見を集大成した厚生省マニュアル等に従って、綿密な現状調査を行い試行錯誤を経て予測モデルを構築した上で、右のとおりの予測・評価をした。各分野の専門家で構成される審査会の答申においても、本件環境影響評価についておおむね妥当との意見が示された。さらに、債務者は、右答申の意見を受けて、債務者は、国及び京都府の定める排出基準よりも一層厳格な大気汚染物質排出に関する自主基準値を設定し、この自主基準値についても、前記(2)記載のとおり達成が可能なものであると一応認められる。
イ 以上によれば、本件施設は、稼働しても、排出基準、環境基準等の法的規制値を充たすことが十分可能な設備であると一応認めることができる。
さらに、債務者は、本件施設稼働後も、排出する排ガスが大気汚染物質についての自主基準値を充足するか否かの監視を行うとともに、本件予定地周辺の大気汚染状況の監視を行い、住民の健康調査を行うなど、本件施設付近住民の健康被害を未然に防止するための方策をとる予定である。また、債務者が稼働する他のごみ焼却施設は、本件施設の予定排出濃度に比べてより高濃度のダイオキシン類を含む排ガスを排出しているにもかかわらず、その施設周辺で環境庁の大気環境濃度指針値を超えるダイオキシン類の高濃度の汚染は見受けられていない。そして、東清掃工場周辺においても、その稼働によって住民の健康に影響が及んでいることを示す所見は見当たらず、本件施設同様複雑地形に位置する北清掃工場周辺においても、その稼働時と停止時とで大気汚染物質の濃度に大きな差異が見受けられなかった。
ウ 以上の事実を併せ考慮すると、債権者らの更なる主張・疎明がない限り、本件施設の稼働に伴い排出される排ガス中の大気汚染物質によって、債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超えて被害を生じさせる高度の蓋然性がないことが一応推認されるというべきである。
(4) 土壌汚染、水質汚染による被害発生の蓋然性
① ばいじん等の処理
本件疎明資料(乙三三、八四)によれば、以下の事実が一応認められる。
ア 本件施設では、焼却後の灰については、水封された灰押出装置で冷却し、灰中に残る鉄分を磁力選別で回収後、灰ピットに排出した上、灰クレーンにより残灰運搬車に積み込み、埋立処分場へ搬出する。バグフィルターで捕集したばいじん及び活性炭吸着塔で使用済みの活性炭系吸着剤については、ダイオキシン類等の有害物質が含まれているため、溶融固化処理すなわち溶融炉で右ばいじん等を加熱溶融してスラグとして取り出す処理をする計画である。
イ 溶融炉の形式には、数種類のものがあるが、本件施設では、高温を保ちやすく均質なスラグを得ることができるプラズマ式を導入する。これは、別紙一五(乙八四の二五頁・図15)のとおり、炉の上部に設けたプラズマトーチ(これをプラス電極とする)と炉の底に設けたマイナス電極の間にアーク放電を起こすとともに、プラズマトーチの周囲から送る空気を高温のプラズマ流とし、主にこのプラズマの持つ熱により捕集したばいじん等の溶融を行い、その結果、ダイオキシン類等の有機塩素系化合物は九九パーセント以上分解される。
ウ ばいじん溶融炉からの排ガスは、専用のバグフィルターで鉛、亜鉛等の低沸点重金属を溶融飛灰として除去した後、焼却炉の排ガスと同じ処理がなされる。集じんされた溶解飛灰は、溶解飛灰処理装置で薬剤による安定化処理を行った上で、固化物ピットに貯留し、埋立処分場へ排出される。また、溶融固化処理の過程で取り出されたスラグについては、冷却固化によりガラス質又は結晶質となるため、重金属類が溶出することはなく、ダイオキシン類等の有機塩素系化合物を含まない無害なものとなる。
② 排水処理
本件疎明資料(乙一、八四、九七)によれば、以下の事実が一応認められる。
ア 本件施設から排出される排水の種類は、プラント系排水と風呂水、トイレ排水等の生活系排水に大別される。プラント系排水は、さらに、ボイラー排水、ガス洗浄排水、純水装置逆洗排水、灰ピット排水等のプラント排水とプラットホーム床洗浄排水、洗車排水等の雑排水とに区別される。
イ プラント系排水のうち、プラント排水については、凝集沈殿により重金属を、ろ過により浮遊物質をそれぞれ除去し、その後、イオン交換樹脂によりほう素を、キレート樹脂により水銀をそれぞれ除去し、雑排水については、油分及び残滓物を除去し、有害物質の含有率が下水道法及び京都市下水道事業条例による法的規制値以下の水質となるように処理した上で、総合排水槽を経て公共下水道へ放流する。生活系排水については、適宜公共下水道へ放流する計画である。
ウ 本件施設においては、湿式ガス洗浄装置のうち減湿吸収部を構成する減湿用冷却器については、密閉式の間接冷却方式を採用することが予定されており、有害物質を含む水分と大気とが直接触れることはないので、湿式ガス洗浄の過程で排ガス中の有害物質が排水とともに環境中へ排出されることはない。
③ 審査会の答申結果
本件疎明資料(乙一ないし三)によれば、以下の事実が一応認められる。
ア 債務者は、次のような理由により、本件施設の稼働が土壌汚染に与える影響は軽微であるとして、本件環境影響評価では、本件施設の稼働による土壌汚染及び水質汚染については、予測・評価の対象とする環境要素として設定しなかった。
ⅰ 排ガスに含まれる重金属については、既存施設における排出濃度が低いことから、本件施設においても、現状大気中の重金属濃度に与える影響は軽微である。
ⅱ 本件施設では、既存のごみ焼却施設で設置している電気集じん器よりも集じん効果の高いバグフィルターの設置を計画しており、排出される重金属の更なる低減が望める。
ⅲ 焼却残渣に含まれる重金属等については、債務者の管理型最終処分場において埋立処分を行う。
ⅳ 排水中に含まれる重金属等については、前記②記載のとおり排水処理後に下水道放流し、排水処理後に生じる汚泥は焼却残渣同様の処理を講じる。
イ 審査会は、以上のような内容の本件準備書の記載を受けて、本件施設の稼働による土壌汚染及び水質汚染を対象とする環境要素として設定しなかったことも含め、調査項目全般をおおむね妥当と考える旨の答申をした。
④ 既存施設の稼働状況等
本件疎明資料(乙一二八、一二九、一四九)によれば、以下の事実が一応認められる。
債務者が、平成一〇年六月及び同年一一月から平成一一年一月の間に、債務者の稼働する既存のごみ焼却施設周辺(各施設から約五〇〇メートル、約一キロメートル、約二キロメートルの各地点)において、土壌中のダイオキシン類の濃度調査を実施したところ、3.1ないし59pg―TEQ/gの濃度が測定され、いずれも、前記2(三)記載の環境庁が示したガイドライン値一〇〇〇pg―TEQ/gを十分下回る結果であった。また、債務者が、平成一〇年一一月から平成一一年一月の間に、債務者の稼働する既存のごみ焼却施設から放流される排水中のダイオキシン類の濃度調査を実施したところ、0.050ないし2.1pg―TEQ/lの濃度が測定され、いずれも、河川水質に係る平成九年度の環境庁全国調査の範囲内となっていた。
⑤ 判断
以上のとおり、本件施設では、有害物質を含有するばいじん、排水等が拡散することを防止するための設備が整えられる予定である。そして、審査会も、本件施設の稼働による土壌汚染及び水質汚染を対象とする環境要素として設定しなかったことも含め、調査項目全般をおおむね妥当と考える旨の答申をした。加えて、債務者の稼働する他のごみ焼却施設周辺でもダイオキシン類による高濃度の土壌汚染、水質汚染が生じてはおらず、前記(2)(3)で検討したとおり本件施設を稼働しても排出基準、環境基準等の法的規制値を充たすことが十分可能であると一応認められる。
これらの事情に鑑みると、債権者らの更なる主張・疎明がない限り、本件施設の稼働に伴い排出される有害物質に基づく土壌汚染、水質汚染によって、債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超えて被害を生じさせる高度の蓋然性がないことが一応推認されるというべきである。
(5) 債権者らの主張に対する判断
① 自主基準値達成の可能性について
ア 債権者らは、特にダイオキシン類について、除去装置の性能に関する実験データが提出されていないこと、デノボ生成が起きる可能性があることなどを理由に、本件施設が自主基準値を達成できる保障がない旨主張する。
ⅰ 本件疎明資料(乙三三)によれば、ごみ処理に係るダイオキシン削減対策検討会が、新ガイドラインにおいて、新設の全連続炉につき、ダイオキシン類の排出濃度の基準値を本件施設における自主基準値と同じ0.1ng―TEQ/Nm3と定めたのも、新設の全連続炉においては、最新の技術を用いることにより、ダイオキシン類の排出濃度を0.1ng―TEQ/Nm3未満とすることが可能と判断したからであることが一応認められる。
さらに、実際にも、前記(2)③ウ記載のとおり、この値を達成している焼却炉が存在することに鑑みると、本件施設において、ダイオキシン類について自主基準値を達成することは可能であるというべきである。
ⅱ そして、債権者らがデノボ生成の可能性を主張する点についても、本件疎明資料(甲一七九、乙三二、三三、八四、一〇六)及び審尋の全趣旨によれば、デノボ生成が発生するには、無機炭素、無機塩素などのダストと触媒となる未燃物中の銅、コバルト等の金属とが存在することが必要であるが、本件施設においては、触媒脱硝装置よりも前の過程で、バグフィルターによって、デノボ生成の原因となるこれらの物質が相当程度除去されると窺われること、触媒脱硝装置における排ガス処理温度は、高い方が触媒の活性が高くダイオキシン類の分解率も高くなり、実用的な温度範囲は二〇〇ないし二三〇℃であるところ、本件施設では二一〇℃で右装置を通過させる予定であることが一応認められる。
ⅲ 以上によれば、債権者らの主張するように触媒脱硝装置を通過する段階でデノボ生成が起きる可能性が高いと一応認めることはできない。
イ また、債権者らは、除去装置の性能に関する実験データが提出されていない以上、本件施設において排ガス中のダイオキシン類濃度が自主基準値を達成できることの疎明がされていない旨主張する。しかし、本件において、債務者は、本件施設における大気汚染物質除去装置・方策の計画概要を明らかにするとともに、同様の装置を備えた他の施設における大気汚染物質除去の実績を示すなどしているところであり、これによって、前記認定のとおり自主基準値を達成できることについての一応の疎明はなされたものというべきである。
ウ なお、債務者はダイオキシン類に関する性能確認試験の具体的方法を未だ定めていないが、次のような事情を考慮すると、これをもって、本件施設が自主基準値を達成することができない施設であるということはできない。
すなわち、本件疎明資料(乙三四、一〇六)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
ⅰ 発注仕様書等でダイオキシン類に関する性能確認試験の方法を定めなかったのであるが、これは、本件施設の建設工事につき川崎重工に対して発注を行った平成八年一〇月当時、前記2(三)記載のとおり厚生省などによりダイオキシン類対策の検討が進められており、これに伴いダイオキシン類測定分析の手法についても法令により定められることが予測されたからであった。
ⅱ 平成九年一二月一日厚生省告示第二三四号でダイオキシン類の濃度測定方法が定められたので、債務者もこの方法に沿って測定を行う予定であり、今後、川崎重工に対し、性能確認試験要領書を作成させて債務者の側でその当否につき判断した上で、試験方法を確定することを予定している。
これらの事実に加えて、性能確認試験は一般にその実施時期までにその方法が確定していれば何ら支障ないことに照らせば、現時点においてダイオキシン類に関する性能確認試験の具体的方法を債務者が定めていないからといっても必ずしも不合理ではない。
② 排出基準・評価指針値が不適切との主張について
債権者らは、そもそも、厚生省の設定したTDIや環境庁の定めた健康評価リスク評価指針値は、諸外国の基準に比して低過ぎ、これらに基づいてダイオキシン類につき定められた排出基準0.1ng―TEQ/Nm3が守られたとしても、債権者らに被害が生じないとは限らない旨主張する。
そこで、検討するに、本件疎明資料(甲一七九、一七九の2、一八〇、乙三三)によれば、次の事実が一応認められる。
ア 環境庁の定めた健康リスク評価指針値
ⅰ ダイオキシンリスク評価検討会は、ダイオキシン類の人への暴露が環境汚染に起因するものであり、健康影響の未然防止のためには環境汚染の低減が必要との判断から、ダイオキシン類に係る健康保全対策を講ずるに当たっての目安となる値として健康リスク評価指針値を設定することとし、次のとおりの検討を行った。
ⅱ ダイオキシン類の人に対する影響については、ダイオキシン類への職業暴露、事故による過剰な暴露等により、クロロアクネが強く現われ、また、肝障害、神経症状、呼吸器系への影響などが報告された。持続性の健康影響としては、クロロアクネが広く認められているが、生殖毒性等については、正確に論証した報告はないのが現状である。したがって、人の疫学データに基づき健康リスク評価指針値を算出することは、現時点では適当ではない。
ⅲ ダイオキシン類に関する各種動物実験結果につき、最も低いレベルで影響が観察されるものとして、次のとおり四種類の実験結果を選択の上検討した。
a トス(Toth)らの試験
トスらのスイス系マウスを用いた一年間の経口投与試験では、オスにアミロイドーシス(硝子様物質が沈着して腎臓の細胞が壊れる病気)及び皮膚炎が観察されており、最低投与量の一ng―TEQ/kg/dayがLOAEL(最少毒性量、すなわち、毒性の症状が現われてくる最も少ない量)とみなされている。
しかし、右試験におけるマウスのアミロイドーシスと皮膚炎が人の健康影響において持つ意義が不明であることなどの指摘がされた。なお、同試験結果をダイオキシン類のTDI設定根拠に使用している国はない。
b コシバ(Kociba)らの試験
コシバらのSDラットを用いた長期投与試験(混餌試料・一〇五週)では、肝過形成結節につき、一ng―TEQ/kg/dayを、肝がんにつき、一〇ng―TEQ/kg/dayをNOAEL(無毒性量、すなわち、毒性が現われることのない量)と認めている。
右試験は、明確な量―反応関係が見られること、対照群からの肝臓がんの発生がほとんど見られず特異性が高いこと、そして、NTP(米国国家毒性評価計画)がOMラットを用いた長期投与試験(強制・一〇四週)を実施し、同様の結果(七〇ないし一〇〇ng―TEQ/kg/dayで肝臓がんが発生)が得られていることなどから、信頼性が高いものであると判断された。なお、この試験結果は、ダイオキシン類のTDIを設定しているすべての国でその設定根拠に使用されている。
c ミュレイ(Murray)らの試験
ミュレイらのSDラットを用いた三世代繁殖試験の結果では、一〇〇ng―TEQ/kg/dayでは受胎率が著しく低下し、一〇ng―TEQ/kg/dayでは子宮内死亡、生後の体重の増加抑制等の生殖毒性が見られ、F1世代及びF2世代では、一〇ng―TEQ/kg/dayで影響が見られた。これらの結果から、一ng―TEQ/kg/dayをNOAELとしている。
なお、この値は、ダイオキシン類のTDIを設定する根拠としていくつかの国で使用されている。
d リア(Rier)らの試験
リアらのアカゲザルを用いた生殖毒性試験の結果では、対照群及び五ng―TEQ/kg(投与量一二六pg―TEQ/kg/dayに相当)、二五ng―TEQ/kg含有飼料(投与量六三〇pg―TEQ/kg/dayに相当)で飼育したアカゲザルに子宮内膜症がそれぞれ三三、七一、八六パーセント見られた。重篤度で分類すると、中程度以上の子宮内膜症は対照群では見られなかったのに対し、五ng―TEQ/kg、二五ng―TEQ/kg投与群でそれぞれ四三、七一パーセントで、対照群より有意に高いという結果が得られた。これらの結果から、一二六(一〇〇ないし一八〇)pg―TEQ/kg/dayをLOAELとしており、最も低いレベルで影響が生じている。
ところで、アレン(Allen)ら及びボーマン(Bowman)らの行ったアカゲザルを用いた試験においては、それぞれ、1.26ng―TEQ/kg/day、六三〇pg―TEQ/kg/dayのダイオキシン類の投与量で不妊、流産等の生殖障害が生じたとの結果が得られており、量―反応関係も見られ、ダイオキシン類の半減期の長さや体内負荷量が最も人に近い動物種である霊長類で実施されたものであった。右試験は、リアらの試験結果を支える重要なデータとみることができるものであった。
しかし、リアらの試験は、追試などこれを裏付ける結果がこれまでのところ得られていないこと、対照群からも子宮内膜症の発生が高率に認められることなどから、これを人における健康影響の評価に直接用いることについてはなお若干の問題があるとされた。
ⅳ 発がん性に関しては、職業暴露者の調査結果からダイオキシン類の高濃度暴露を受けた人の集団において各部位にがんを発生させる可能性をもつ物質であること、特に軟部組織肉腫についてはそのリスクが増加することが示唆されているが、これらの疫学データにおける暴露の評価には不確実な点も多い。
また、ダイオキシン類の発がん性については、閾値の有無については争いがあるところである。しかしながら、2・3・7・8―TCDDは、ラット及びマウスの肝臓、肺及び皮膚の二段階発がんモデルにおいてプロモーター作用が認められていること、間接的なDNA障害は認められるが、直接的な結合は認められないこと及び各種の変異原性試験等においても陰性を示す結果が多く、遺伝毒性はないものと判断されることなどから、ダイオキシン類の発がん機構には閾値があるものとして評価することが妥当である。
ⅴ 以上の検討結果から、コシバらの試験結果に基づいて健康リスク評価指針値を設定することとし、同結果によるNOAELを、ラットと人の種差、人の個体差及び影響の重大性を考慮して算出した不確実係数で除すると、一〇pg―TEQ/kg/dayが算出される。しかし、健康リスク評価指針値の趣旨に鑑みると、その設定に当たっては、エンドポイントをがんの発生にとどまらずそれに関連する影響の発生や健康からの偏りの状況にも着目することが適当である。
リアらの実験結果には前記のとおりの問題点があることから、直接これに基づいて健康リスク評価指針値を算定することには議論の余地が残る。一方で、量―反応関係が見られること、子宮内膜症の発症メカニズムは必ずしも明らかになってはいないもののホルモン作用や免疫作用の関与が想定されており、その発生にAh受容体の関与が示唆されていることなどから、同指針値の設定に当たって同実験に一定の評価を与えるべきであるとの結論に至った。
結局、検討会は、コシバらの実験データで得られた右一〇pg―TEQ/kg/dayに、更に二倍の安全を見込み、同指針値として五pg―TEQ/kg/dayとすることを適当と判断した上、右のとおりの検討の経過及び結果を記載した報告書を平成九年五月に発表した。
なお、同報告においては、報告時点において、健康リスク評価指針値を五pg―TEQ/kg/dayより低い値に設定する必要があると判断できる明確な科学的データは得られていないとしながらも、今後とも一層のリスク削減の努力を進めるとともに、科学的知見の集積に努めるべきであるとしている。
イ 厚生省の定めたTDI
厚生省は、平成八年六月、ダイオキシン類には遺伝毒性がないこと、ダイオキシン類は直接遺伝子に損傷を与え更に増殖させてがんを発症させるいわゆる発がん性物質ではないこと、職業的暴露者におけるがんの疫学調査の結果を一般人に適用することは、暴露濃度から考えて適切ではないこと及び前記アⅲd記載のアレンらによるアカゲザルの生殖障害のデータは実験匹数が少なく、サルの年齢にばらつきが多いことから採用することは適切ではないことなどの判断を前提に、前記コシバらの実験結果に基づき、TDIとして、一〇pg―TEQ/kg/dayを設定した。
ウ 判断
ⅰ 以上に一応認定した事実によれば、右のとおりの検討過程を経て、環境庁及び厚生省が設定した各基準は、現時点においては、いずれも一応の合理性を有するものというべきである。
ⅱ この点、債権者らは、ダイオキシン類を発ガン性物質であり閾値がないとの判断に基づいて米国食品医薬品局がたてた0.006pg―TEQ/kg/day等のTDIを取り上げ、これらの基準に比して、我が国におけるTDI等の基準が緩やかに過ぎる旨主張する。
しかし、ダイオキシン類の発がん性については、閾値の有無につき争いがあるところ、前記アⅳ記載のとおりの理由などから、環境庁及び厚生省は、ダイオキシン類の発がん機構には閾値があるものとして評価しており、この評価には、前記のとおり一応の合理性があるものと認められる。
加えて、本件疎明資料(甲一七九の2)によれば、我が国のほか、イギリス、ドイツ、カナダ等の諸外国においてもTDIとして一〇pg―TEQ/kg/dayを採用していることが認められるのである。
したがって、債権者らの右主張を採用することはできない。
ⅲ そして、本件施設については、前記(3)で検討したとおり、債務者が設定した自主基準値を遵守して稼働することにより、その周辺のダイオキシン類濃度が、環境庁の定めた健康リスク評価指針値五pg―TEQ/kg/dayに基づいて中央環境審議会が示した大気環境濃度指針値0.8pg―TEQ/Nm3を超えることはないと一応認められ、その他本件疎明資料を精査しても、本件施設からの有害物質の排出により債権者らの生命・健康に被害が生じる蓋然性が高いことを裏付ける疎明はない。
ⅳ もちろん、前記2(二)記載のとおり、ダイオキシン類は強い毒性をもつ一方、その毒性については依然未解明の部分が多く、発がん性についての閾値にも争いがあるため、TDIについても世界各国で統一した基準が作成されていないところであって、債権者ら主張のとおり相当厳格にTDIを算定している国もあることを考慮すると、最大限ダイオキシン類を削減する努力をすることが必要であることはいうまでもない。
しかしながら、本件施設では、前記(2)記載のとおり、最新のダイオキシン類発生・拡散防止の対策が講じられ、また、稼働後も周辺の環境についての監視を行うことが予定されていることに照らすと、やはりダイオキシン類等の大気汚染物質による受忍限度を超えた被害発生の高度の蓋然性があることの疎明がなされたとみることはできない。
ⅴ また、本件疎明資料(甲一七九、一七九の2、二四九、乙一一四)によれば、ごみ処理に係るダイオキシン削減対策検討会の構成員でもある摂南大学教授宮田秀明は、新しいダイオキシン対策をとったごみ焼却施設については、排出される排ガス中に含まれるダイオキシン類の環境濃度への寄与率は小さく、むしろ、小規模のごみ焼却施設におけるごみ焼却、野焼き等の寄与率の方がはるかに大きいことを明らかにしているのである。この点からも、最新のダイオキシン類の発生・拡散防止策を講じる予定の本件施設の危険性は相対的に低いものということができる。
③ 本件環境影響評価の適正について
債権者らは、債務者が行った環境影響評価及びその前提となった予測の過程には多数の不適切な点があり、適正な環境アセスメントが行われていたら、本件予定地周辺で、環境基準等を上回る高濃度の大気汚染物質が予測されたはずである旨主張するので、以下検討する。
ア 債務者の予測手法の適正
ⅰ 拡散予測モデルについて
a プルームモデル及びパスキル大気安定度の採用について
債権者らは、工場煙突高を上回る山が近傍に存在する複雑地形の本件予定地について、平坦地を想定したプルームモデル及びパスキル大気安定度を用いて排ガス濃度予測を行うことは誤りである旨主張する。
しかし、プルームモデルに関しては、前記(3)②イⅴ記載のとおり、債務者の行った風洞実験結果と比較的整合性が高いものであった。さらに、本件疎明資料(乙三一、一三四、一四二)によれば、厚生省マニュアル及び平成一〇年一〇月厚生省生活衛生局水道環境部による「廃棄物処理施設生活環境影響調査指針」においても、拡散計算式はプルームモデルを基本とするものとされていること、最近の一二大都市のごみ焼却施設の環境アセスメントでも、すべてプルームモデルが使用されていることが一応認められる。
また、大気安定度に関しては、本件疎明資料(乙三一)によれば、厚生省マニュアルにおいて、パスキル大気安定度階級分類表に従い大気安定度を求める旨の記載がされていることが一応認められる。
そして、債務者は、本件環境影響評価において、前記(3)②記載のとおり、プルームモデルを基本にしつつ、拡散パラメータに関しては、パスキル大気安定度と拡散幅に関するTVA線図又はパスキル・ギフォード線図を機械的に組み合せるのではなく、風洞実験及び現地拡散実験の結果から得られた本件予定地周辺の地形影響に関する知見と右のパスキル大気安定度等の拡散パラメータに関する数式から導かれる予測値とを比較対照して、両者が整合性を有するか否かにつき試行錯誤を行った上で、予測モデルを構築したものである。また、右のような手法で構築された予測モデルは、現地拡散実験が逆転層の発生時にも実施されている以上、逆転層が発生した場合の排ガスの拡散状況も反映したものと一応認めることができる。
そうすると、債務者の構築した予測モデルは、一応、本件予定地周辺の地形及び気象状況に対応したものであると認めることができる。したがって、債権者らの右主張は採用できない。
確かに、厚生省マニュアルでは、複雑地形などパスキル大気安定度が必ずしも現地の乱流の程度を推定しうるのか否か疑問に思われる場合には、現地でできるだけ乱流の観測を行い、乱流観測値から拡散パラメータを推定したり、安定度階級を求める方法が推奨されている旨の記載がされている。しかし、現実には、本件施設の煙突のような高所での乱流の測定は相当の困難を伴う一方、風洞実験、現地拡散実験等の他の手段のみによって複雑地形を反映した予測モデルの構築が一応可能な場合には、乱流を観測しなくても、厚生省マニュアルの求める水準を充たすだけの複雑地形に対応した予測モデルを構築することができると考えられる。したがって、本件予定地上空での乱流を直接観測することなく行った本件環境影響評価が、同マニュアルの求める水準を充たしていないとはいえない。
b 拡散パラメータの検証について
債権者らは、債務者が、本件環境影響評価において、風洞実験結果から構築した拡散パラメータの検証に際して、本来、現地拡散実験の全データとの対比を行うべきであるにもかかわらず、プルームモデルを基本に構築した右拡散パラメータと整合性の悪い現地拡散実験結果については、検証のためのデータとして採用することなく予測モデルを作り上げているから、右モデルは、本件予定地周辺の拡散状況を全く反映していないものである旨主張する。
しかし、前記(3)②エⅳ記載のとおり、債務者は、右検証の過程で、現地拡散実験のデータのうち、有風時で比較的主軸濃度がはっきりした事例及び主軸のはっきりしない事例については最高濃度地点における濃度を有効なデータとして取り上げているのであるから、債務者としては、安全側の見地から、予測モデルの検証・構築を行っているものと一応認めることができる。そして、本件疎明資料(乙一四三)によれば、他の環境アセスメントにおける比較検討結果と照らしても、右拡散パラメータと現地拡散結果との間には、十分整合性があると一応認められる。さらに、大気の流れは複雑であり、すべての事象を網羅的に反映した予測モデルを構築することが極めて困難であり、そのため、前記(3)③記載のとおり、専門家で構成された審査会も、本件施設予定地周辺のような複雑地形に対応したモデルが確立されていない現状においては、債務者の行った予測モデルの構築につき、やむを得ないものと評価したのである。
これらの事情に照らすと、債務者の行った、拡散パラメータの検証過程には一応の合理性があるものと認めることができる。
なお、債務者は、本件評価書においても、また、本件仮処分審尋中でも、風洞実験結果から構築した拡散パラメータの検証に際して、現地拡散実験のデータにつき具体的にどのような取捨選択を行ったかについては個別的に明らかにしていない。このこと自体は、債権者らを含む本件予定地周辺住民に対して、債務者の構築した予測モデルの妥当性につき疑念を生じさせる契機ともなりかねないものではある。しかし、右に検討したところに照らすと、このような事実だけから、本件環境影響評価において構築された予測モデルが合理性を有しないと一応認めることはできないというべきである。
ⅱ 有効煙突高について
a コンケィウ式の適用について
債権者らは、本件予定地付近では、ダウンドラフト及び逆転層が頻発しているにもかかわらず、債務者が、この点を考慮しないで、コンケィウ式を適用して環境への影響を予測したのは誤りである、仮にコンケィウ式を適用するとしても、安全側の見地から、同式による計算結果に0.5を乗じた数値を有効煙突高の予測数値として採用すべきであるなどと主張する。
しかし、本件疎明資料(乙二五、八三、一一一、一三六、一三七)によれば、次の事実が一応認められる。
有効煙突高の予測式については、いくつかのものがあるが、コンケィウ式は、西ヨーロッパの石油系会社の研究グループにより、煙突排ガスの観測結果から統計的な回帰によって求められた実験式である。有効煙突高の実測値との整合性の検討結果については内外の研究者によって報告されているが、いずれの報告でもこの式が比較的整合性の良い予測式として評価されている。
コンケィウ式の基礎となったデータは、諸外国における数多くの中小規模煙源の測定結果であり、これらのデータは、逆転層発生時も含む様々な気象条件下を対象として測定されたものである。そのため、厚生省マニュアルでは、有効煙突高を比較的低めに見積もるいわば安全側に立って有効煙突高を予測する式として、有風時につき、コンケィウ式を唯一推奨している。
環境庁マニュアルにおいても、有風時の有効煙突高予測式として、かつては、コンケィウ式とモーゼス・カーソン式が記載されていたが、平成七年九月刊行の増補改訂版ではコンケィウ式が唯一推奨されている。
コンケィウ式が紹介された約一〇年後に、国内外の排出源のデータを集めて複数の排ガス上昇高の計算式について比較検討した岡本真一らの論文(乙一三七)でも、コンケィウ式による計算値に比べて実測値はおおむね大きい旨の記載がされている。
ところで、本件疎明資料(乙二五)によれば、風が強い場合は、空気の対流が起こり上下の温度勾配が生じにくくなるため、一般的には、逆転層(温度勾配)の強度は風が強くなるほど弱まることが一応認められるが、本件環境影響評価においては、前記(3)②エⅲ記載のとおり、弱風及び無風時(風速1.0m/s未満)については、逆転層による上昇抑止効果を考慮したブリッグス式によって有効煙突高を算出している。
さらに、前記(3)②エⅲ記載のとおり、風洞実験中の地形実験結果からも、排ガス上昇高が、予定地周辺の地形にもかかわらず、平板実験時に比べてやや上昇気味の傾向が確認されており、ダウンドラフト等による排ガス上昇高の低下が認められてはいない。また、前記(3)②イⅲb記載のとおり、接地逆転層の大部分が発達高度一五〇メートル以下であり、逆転層の影響を受けて排ガスの上昇高が抑えられることは多くはないことが窺われる。
これらの事実に照らすと、債務者が、有風時の有効煙突高予測式としてコンケィウ式を採用したことが、不合理であるとも、安全側の見地から、同式による計算結果に0.5を乗じた数値を有効煙突高の予測数値として採用すべきものとも一応認めることはできない。
b ブリッグス式の適用について
債権者らは、本件予定地周辺では強い逆転層が頻発するにもかかわらず、弱風及び無風時の有効煙突高につき、夜間の温位傾度を0.01℃/mとして求めることは不当である旨主張する。
しかし、本件疎明資料(乙二五、一一〇)によれば、債務者によるゾンデ気温鉛直分布観測結果から、煙突頂部に相当する高度一〇〇ないし三〇〇メートルまでにつき、夜間の温位傾度の平均は、0.007℃/mであること、夜間のうち無風・弱風時のみに関する平均温位傾度も、0.008℃/mであることが一応認められる。これらの温位傾度は債務者が本件環境影響評価に関する予測で用いた温位傾度0.01℃/mよりも小さいものであるから、同予測は安全側すなわち予測濃度が高めに計算されるものであると解される。
この点、債権者らは、排ガス上昇に大きい影響を与えるのは高度一〇〇ないし二〇〇メートルであるから、観測結果から温位傾度の平均値を算出して、予測に用いる温位傾度値の合理性を確認する場合には、右の高度の範囲で算出を行うべきである旨主張する。しかし、排ガスが上昇する過程では、まず吐出力による慣性効果や排ガス温度が周囲の気温よりも高いことによる浮力効果があり、相当の高度まで排ガスが上昇してこれらの効果が薄れてきたときに温位傾度が効いてくることを考慮すれば、高度一〇〇ないし三〇〇メートルまでの間につき、温位傾度の平均値を算出した上で、予測に用いた温位傾度と比較したからといって、必ずしも不合理であるとはいえない。また、本件疎明資料(乙三)によれば、仮に、有効煙突高が低くなり相対的に大気汚染物質濃度を高くする温位傾度として、強逆転の0.0173℃/mで濃度予測を行ったとしても、二酸化窒素の年平均値の最大着地濃度は、0.00029ppmとなり、温位傾度を0.01℃/mで計算した結果の0.00027ppmと大差ないことが一応認められる。
以上によれば、弱風及び無風時の有効煙突高につき、夜間の温位傾度を0.01℃/mとして求めた上で行った債務者の予測は、一応の合理性を有するものというべきである。
c 負荷率低下に伴う有効煙突高の低下
債権者らは、焼却炉が常に一〇〇パーセントの負荷率で稼働するわけではないにもかかわらず、債務者は一〇〇パーセントの負荷率を前提に有効煙突高を予測しているが、これは、現実よりも不当に有効煙突高を高く見積もり、環境への影響を少なめに予測するものである旨主張する。
しかし、本件疎明資料(乙三、一一〇)によれば、負荷率が低下した場合には、排ガス量が減少するため、有効煙突高は低下するが、一方で、大気中に拡散される大気汚染物質も少なくなり、大気汚染物質の最大着地濃度も減少すると予測されること、したがって、むしろ負荷率一〇〇パーセントで予測した方が、安全側の見地から環境への影響を評価できること、そして、各分野の専門家で構成される審査会も、その旨の説明を債務者から受けた上で、債務者の本件環境影響評価における予測手法につきおおむね妥当との意見を示したことが一応認められる。
したがって、債務者の本件環境影響評価における予測手法が、環境への影響を少なめに予測するものである旨の債権者らの主張には理由がない。
イ 現状調査の適正
債権者らは、仮に債務者の予測モデル作成の過程が正しいとしても、その検証の過程で使用した現状調査のデータが不十分又は不適切である旨の主張をするので、以下検討する。
ⅰ 上層気温測定
a 債権者らは、債務者が本件環境影響評価で行った上層気温測定につき、観測回数が少な過ぎる旨主張する。
本件疎明資料(乙二五、三一、八三)によれば、厚生省マニュアルにおいては、上層気温については、一般に長期にわたって実施することが困難なので、暖候期、寒候期の二期又は四季について各五ないし七日程度実施することが理想的であるとされていること、債務者も、我が国には四季それぞれ特徴ある気圧配置のパターンがあること、天気の移り変わりの周期がおおむね一週間であること、逆転層については、生成のメカニズムが分かっていることなどを考慮して、本件環境影響評価において、四季各七日間、合計二八日間の上層気温の観測を実施したことが一応認められる。
以上によれば、債務者が行った観測回数が少な過ぎるとはいえず、債権者らの右主張は採用できない。
b 債権者らは、本件地元観測の結果によれば、本件予定地周辺における強い逆転層は、五月のほか、二月、六月及び一一月に発生しているところ、債務者は、この時期における現地拡散実験を行っていないのは不適切である旨主張するが、右地元観測結果は、後記ウ記載のとおりその精度に疑問があるので、右の結果を根拠とした債権者らの主張には理由がない。
c 債権者らは、債務者が上層気象観測の際に使用したドップラーソーダーによる温度成層ファクシミリ記録及び鉛直成分風速の観測結果を本件環境影響評価において利用すべきであったにもかかわらず、これを利用しないどころか破棄してしまったことは不当である旨主張する。
しかし、本件疎明資料(乙一一一)によれば、次の事実が一応認められる。
国内で唯一気象観測器の検定、精度評価等を行う立場にある気象庁は、平成五年、ドップラーソーダーにつき技術評価を行い、水平方向の風向・風速の測定に関してのみ一定の精度確認を行うという条件付で認知した。
原子力安全委員会も、平成六年四月、発電用原子炉施設の平常運転時及び想定事故時における大気中の放射性物質の拡散状況を推定するために必要な気象観測方法等を定めた気象指針を改訂し、水平方向の風向・風速についてのみ、ドップラーソーダーを測定器として認知した。
債務者は、通常野外での鉛直流観測については、その測定値が毎秒数センチメートルから数十センチメートルの範囲での精度が要求されるところ、ドップラーソーダーの鉛直流の測定精度は、0.2m/sであるため、測定値と誤差とが同程度の大きさとなってしまい、鉛直流に関してはその実用性に問題があると考えた。そして、債務者が、温度成層ファクシミリ記録とゾンデ観測による逆転層の観測結果とを比較検討したところ、両者の間に有意な関係は認められなかった。
これらの事実に照らすと、債務者が、本件環境影響評価において、ドップラーソーダーによる温度成層ファクシミリ記録及び鉛直成分風速の観測結果を利用せず、破棄したことを不当なものとみることはできない。
ⅰ 風洞実験
a 債権者らは、北風及び南風による地表濃度測定を実施することを要求したにもかかわらず、債務者は、意図的にこの二風向の実験を行っておらず、本件予定地周辺の地形影響ができる限り少なくなる風向での風洞実験のみを行ったものであり、現状調査のデータとして不十分である旨主張する。
b しかし、本件疎明資料(乙一、三、二五、一一一)によれば、次の事実が一応認められる。
風洞実験の際に地上濃度分布測定に先立ち行った煙流実験では、西北西ないし北東の風向においては、煙流の上下方向の変動状況はどの風向も同程度であった。
本件予定地周辺の地形状況は、西北西ないし北東にかけて向山の尾根筋が連なっており、地形断面も、北―南の断面と地表濃度分布測定を行った北北東―南南西の地形断面とでは大差がない。本件予定地近傍で山の斜面の勾配が最も大きいのは、北西―南東断面である。
風洞実験で実施した風速三ないし六m/sの風速における有効煙突高と予測される地上二〇〇ないし三〇〇メートルの地点での年間の出現率が最も高い風向は、債務者の実施した上層気象観測結果からは北西である。
c 右の事実に照らすと、前記(3)②イⅴ記載のとおり、排ガスの上昇及び移流・拡散に対する地形効果の大きい風向を確認した上、さらに、風下側に比較的住居が多い風向、年間の出現率が高い風向等も考慮して、南東、南西、西、西北西、北西及び北北東の六風向を地表濃度分布測定を行う風向として選択したことは、一応の合理性を有するものと認められる。北及び南の風向による地表濃度分布測定を行わなかったからといって、風洞実験結果が本件予定地周辺の地形影響を反映したものではないということはできない。
d そして、債権者らが、厚生省マニュアルに従って、ダウンドラフト時の短期高濃度予測を行うべきであった旨主張する点についても、既に検討したとおり、風洞実験結果を用いて拡散パラメータの構築を行っている以上、当然、ダウンドラフトの出現可能性・影響を加味した上で予測モデルが構築されていると考えられるし、審査会も本件環境影響評価においてダウンドラフト時の短期高濃度予測を行っていない点につき、右同旨の説明を債務者から受けて、債務者の行った一時間値予測の方法についてはやむを得ないと考えるとの答申をしているのである。
そうすると、ダウンドラフト時の短期高濃度予測を行っていないからといって、本件環境影響評価がダウンドラフトの影響を全く考慮しないで大気汚染物質の拡散予測を行った不合理なものであるとまで一応認めることはできない。
e 確かに、債務者は、本件風洞実験を視察した自治連推薦者から、北風による煙流実験の際、ダウンドラフトの発生が確認されたとして、北及び南の風向による風洞実験を行い地表濃度分布を測定するよう要請されたにもかかわらず、これらの風向による風洞実験は行わなかった。そこで、債権者ら本件予定地周辺の住民が、債務者は有害物質の高濃度汚染の可能性のある風向を敢えて除外したとの疑惑を抱いたことは無理からぬところであって、北及び南の風向による地表濃度分布の測定を行わなかったことは、環境影響評価を行う者の姿勢としては適切ではなかったというべきである。しかし、前記のとおり、他の風向による実験により、一応、本件予定地周辺の地形影響を反映させることができると認められるのであって、この一事をもって、本件風洞実験結果を用いて予測モデルを検証した債務者の行為が不合理なものであると一応認めることはできない。
ⅲ 現地拡散実験
a 債権者らは、債務者が本件環境影響評価で行った現地拡散実験につき、捕集点が少ないこと、観測回数が少ないこと、観測時間が不適切であることなどの問題点がある旨主張する。
b しかし、本件疎明資料(乙一、二五、三一、一一〇)によれば、次の事実が一応認められる。
捕集点については、厚生省マニュアルでは、風向の変化を考慮してほぼ一二〇度以内の範囲に、煙突から見た開き角度八ないし一〇度間隔で設定し、風下方向に距離別の三アーク以上を設定することが指示されているに過ぎないところ、債務者は、同マニュアルに従い、地形の状況、住居の分布状況等を考慮した上、平均的には三〇〇ないし六〇〇メートル毎、市原野地区だけに限れば一〇〇ないし二〇〇メートル毎に合計四〇地点を配置した。
観測回数については、本件現地拡散実験時の大気安定度は、不安定時が七回、中立時が六回及び安定時が六回と満遍なく把握されており、接地逆転層発生時にも七回の実験が実施された。
実施時間については、日中はもちろんのこと、明け方から深夜まで一応網羅されている。
c 右の事実によれば、捕集点に関しては、一応厚生省マニュアルの要求を満たしていると、観測回数・時間に関しては、必ずしも実験データは多くないものの、一応代表的な気象条件下でのデータが把握されたものと、それぞれ認めることができる。
d そして、本件疎明資料(乙三)によれば、審査会も右のとおりの現地拡散実験を含む現状調査方法につきおおむね妥当との意見を示していることが一応認められ、このことも考慮すると、現地拡散実験に不適切な点があるとは一応認められない。
e また、債権者らは、厚生省マニュアルには、接地逆転層崩壊時に現地拡散実験を行うべきことが記載されているところ、債務者は、この実験を行っていない旨主張する。
しかしながら、前記(3)②イⅲb記載のとおり上層気象観測結果によれば、フュミゲーションの出現率は、全観測中の0.9パーセントに過ぎないこと、そして、前記(3)②オ記載のとおりフュミゲーション発生時の短期高濃度予測を行っていることに鑑みると、同マニュアルどおりに接地逆転層崩壊時における現地拡散実験を行わなかったとしても、本件環境影響評価が不合理なものであるとまではいえない。
ウ 高濃度汚染の蓋然性
ⅰ 債権者らは、本件地元観測結果の観測値に基づき、数値解法モデルを使用してフュミゲーション時の塩化水素の拡散予測を行った結果、債務者が本件環境影響評価において設定した環境保全目標を上回る環境濃度が予測されたが、もし、債務者が十分なデータを用いてより多くの事例について拡散予測を行ったならば、環境基準等を超えた環境濃度が予測されるであろうことは想像に難くない旨主張する。そこで、以下、債権者らの行った観測の正確性、債権者らが拡散予測に用いたHOTMAC・RAPTADの妥当性について検討する。
ⅱ 本件疎明資料(甲一七一、二二七ないし二三〇)によれば、次の事実が一応認められる。
a 債権者ら本件予定地周辺住民が、平成六年一二月から平成八年六月まで途中約四か月の中断を挾んでほぼ毎日、約二五〇日間にわたり、午後九時、午前〇時及び午前六時の三回、係留気球にSTCゾンデを吊して上昇させ、本件予定地付近の逆転層を観測した。
b その結果、本件予定地周辺では、夜間の冷え込みが激しく、上空との気温差が九℃を超えるような強い接地逆転層が出現している日もあること、温位傾度が大きい接地逆転層発生の頻度が高いこと、谷間内の風は地形の影響を受け、風向、風速共に高さ方向に複雑に変化しており、北西ないし北の風向の場合には、下降流が出現していることなどが知見として得られた。
ⅲ また、本件疎明資料(甲二一九、二五三)によれば、次の事実が一応認められる。
a 債権者らが、フュミゲーション時の塩化水素の排ガス着地濃度につき、平成八年五月一七日午前六時に実施した本件地元観測による観測値に基づいて初期値を設定した上、排出濃度を平成八年六月改定後の債務者の自主基準値一〇ppmを前提に、数値解法モデルの一つであるHOTMAC・RAPTADで予測した。
b その結果、風向が南の場合に、本件予定地の北方約3.1キロメートルの最大着地濃度地点において、昭和五二年「大気汚染防止法に基づく窒素酸化物の排出基準の改定等について」で定められた目標環境濃度0.02ppm以下を超える0.027ppmという環境濃度が予測された。東、南東、南西等の風向でも、債務者の予測値に比べて高い環境濃度が予測された。
ⅳ しかし、本件疎明資料(乙一一一、一四五)によれば、HOTMAC・RAPTADモデルにおいては、まず三次元の大気乱流モデルであるHOTMACで風速、風向、乱流分布を計算した上で、その結果に基づき、拡散予報モデルであるRAPTADを用いて点源からの拡散、濃度分布を計算するという仕組みがとられているが、そもそもHOTMACについては、開発者の山田哲二自身が、応用範囲は水平方向距離が一〇ないし二〇〇〇キロメートル、時間は数時間から数日を対象にしており、日変化を伴う複雑地形上の流れの予測に特に有効である旨明らかにしていること、数値解法モデルの研究は、近時活発になっており、これらのうち大規模スケールにつき地形を考慮した気流の再現技術は相当進歩し、天気予報等にも利用されるようになってきたものの、局所的な複雑地形での気流の再現、特にその中に拡散効果を入れた大気汚染濃度の再現はまだ研究段階の域を出ていないとの意見もあることが一応認められる。
右の事実に鑑みると、このモデルが本件予定地周辺一〇キロメートル未満の範囲の排ガス拡散予測に適するものか否か、なお疑問なしとしないところである。
ⅴ 加えて、本件疎明資料(乙一一一、一四三)によれば、数値解法モデルにおいて、特に、フュミゲーションという短時間の現象を予測する際に、高い予測精度を得るためには、空間的に同時に測定された風向・風速、気温等の精度の高い気象データが入力されることが必要であることが一応認められる。しかしながら、本件地元観測は、そもそもどのような資格・技術を有する者が、どのような方法で行ったものであるかは必ずしも明らかではない。
また、本件疎明資料(甲一九四、二六八、乙二五、一一〇、一一一)によれば、本件地元観測のような係留気球を用いた観測方法では空間的に同時に気象観測を行うことは不可能であること、そして、本件地元観測には、十分な気象観測技術を有していない者が従事したと窺われ、現実に、同観測結果中には、夜間の放射性逆転時の観測であるにもかかわらず地上付近が不安定になっていることを示す不自然なものがあることが認められる。
ⅵ そうすると、本件地元観測結果は、そもそも数値解法モデルの使用に当たって求められるだけの高い精度を有しているものとは認められず、同結果に基づいて行われた債権者らによるHOTMAC・RAPTADによる拡散予測も、正確性、信頼性に欠けるものといわざるを得ない。
したがって、債権者らの主張には理由がない。
④ 本件環境影響評価に関するその他の主張について
ア 代替案の検討
債権者らは、本件環境影響評価は、複数の代替地及び代替案について現状調査及び影響予測を行っておらず、不適正である旨主張する。しかし、債権者らの主張するような計画アセスメントを義務付ける法律上の根拠はなく、代替案を検討していないことをもって、本件環境影響評価が不適正なものであるとの債権者らの主張には理由がない。
イ 住民参加
ⅰ 債権者らは、本件環境影響評価につき、特別委員会が環境影響評価の方法につき具体的提案をし、また計画アセスメントの提案をしたにもかかわらず債務者に無視されるなど、住民参加なしに行われた不適正なものである旨主張する。
ⅱ 環境影響評価が事業の帰趨に大きく影響する重要なものであることに鑑みると、環境影響評価についてもできる限り住民参加がなされるように配慮することが望ましいことは明らかである。
ⅲ この点、本件疎明資料(甲七二ないし七四、乙一、乙A六二、六三、六七ないし六九、七二、七六、七九ないし八一、八六、八八ないし九一、九三、乙B一〇、一一)によれば、債務者は、本件環境影響評価のための現状調査中の平成六年一〇月、自治連と共催で環境調査説明会を開催したこと、自治連等に対して、この現状調査にかかる風洞実験についての視察を行うよう促し、これを受けた自治連の推薦者等が、同実験を視察して質疑応答を行うなどしていること、現状調査後の平成七年七月、地元住民に対し、環境調査結果の説明会を開催したこと、本件準備書の縦覧期間中の同年一〇月、地元住民に対し、本件準備書説明会を行ったこと、特別委員会、自治連等が本件準備書に対して意見を述べたのに対して、本件評価書においてこの意見に対する債務者側の見解を記載したことが一応認められる。以上によれば、本件環境影響評価が住民参加なしに行われたものということはできない。
また、計画アセスメントについては、前記ア記載のとおり、これが法的に義務付けられてはいないことに照らすと、この提案を採用することなく本件環境影響評価手続を進めたからといって、これが不適正なものになるわけではない。
⑤ 地域的不適合性について
債権者らは、本件予定地周辺は、盆地地形であり、本件施設から排出される排ガスが有害物質の高濃度汚染をもたらす蓋然性が高いことまた本件予定地が風致地区第一種地域に指定されていることなどを理由に、本件施設の建設地としては不適切であり、この地域的不適合性自体も、受忍限度の判断に際しては、考慮に入れるべきである旨主張する。
しかし、そもそも、債権者らの主張するところの受忍限度の判断に際して考慮すべき地域的不適合性なるものの内容は、必ずしも明確ではない。そして、前記(3)で検討したとおり、本件施設からの排ガスにより、債権者らに受忍限度を超えて被害を生じさせる高度の蓋然性がないことが一応推認されることに鑑みると、債権者らの主張には理由がない。
⑥ 複合汚染について
債権者らは、本件施設から排出される有害物質が複合的に作用して予想外の被害が生じる危険性がある旨主張する。しかし、右に検討したとおり、本件施設を稼働しても、排出される個々の有害物質によって債権者らに受忍限度を超えて被害を生じさせる高度の蓋然性がないことが一応推認されるところ、更に本件疎明資料を精査しても、いわゆる複合汚染により右限度を超える被害が生じる高度の蓋然性があることを一応認めることはできない。
(6) 結論
以上によれば、本件施設の稼働により、ダイオキシン類等の有害物質が排出される可能性が皆無であるとまではいえないが、本件施設から排出される有害物質あるいはそれらの複合的な作用によって、債権者らの生命・健康に対し、社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じる高度の蓋然性があると一応認めることはできない。
(二) その他の被害
(1) 本件施設の建設工事・稼働自体による被害
① 悪臭
ア 本件疎明資料(乙一、三、八四)によれば、以下の事実が一応認められる。
ⅰ 悪臭には、ごみピット内あるいはプラットホーム内に搬入されるごみから発生するものなどがある。本件施設では、ごみピットから発生する臭気については、燃焼用空気をピット内から吸引することによりピット内を負圧に保ち、臭気が外部に漏れることを防止する。吸引した臭気については、燃焼用空気と共に焼却炉内に送り込まれ、ごみ中の臭気成分と共に八五〇℃以上九五〇℃以下の高温で安定燃焼して無臭化される。また、プラットホーム出入口には、エアカーテン、自動洗車装置等が設置されるなど、既存のごみ焼却施設と同等又はそれ以上の対策を講じることが予定されている。
ⅱ そして、債務者は、本件準備書において、本件予定地敷地境界における悪臭は、債務者の既存ごみ焼却施設同様、臭気濃度は、京都市官能試験法運用指針に基づく指導目標値一〇以下、悪臭防止法で定めるアンモニア等の悪臭物質二二物質については、いずれも、臭気強度二未満、すなわち、六段階臭気強度表示法でいう「何のにおいであるかがわかる弱いにおい(認知閾値濃度)」に達しない水準である旨の予測をした。また、同様に煙突からの臭気についても、既存施設の排出口において、臭気濃度が、五四ないし八八、悪臭物質中アンモニア及びアセトアルデヒドがわずかに検出されているが、着地濃度は、前記(一)(3)記載のとおりの大気汚染の予測結果に照らして、十分低くなるものとの予測をした。
ⅲ その上で、債務者が設定した大部分の住民が日常生活において不快を感じない程度以下とする旨の環境保全目標を達成しうるとの評価をした。そして、審査会は、右のとおりの本件準備書の評価内容について、おおむね妥当との答申をした。
イ 以上によれば、本件施設の稼働に伴う悪臭が周辺環境へ及ぼす影響は少ないものと一応認められ、他にこの悪臭によって債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じることを一応認めるに足りる疎明資料はない。
② 騒音・振動
ア 本件疎明資料(乙一、三)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。
ⅰ まず、本件施設の稼働に伴う騒音・振動の防止については、発生源である送風機、空気圧縮機等は、壁面を吸音処理したコンクリート建屋に収納し、冷却塔、復水器等は、内壁に吸音処理を施し、低騒音型の機器を採用するとともに、機器類を強固な基礎の上に設置して防振対策を施すなどの措置を講じることなどが予定されている。
そして、債務者は、本件準備書において、本件施設の稼働に伴う騒音について、住宅地に面した本件予定地敷地境界における最大値は、朝、夕及び夜間では、三八デシベル、昼間では、四〇デシベルとなる旨の予測を行った上、本件予定地は騒音規制法による指定を受けてはいないが、仮に第一種区域とみなしても規制基準を満足すること、本件予定地における現況の騒音レベル(三〇以下ないし四二デシベル)と比してこれを大きく上回るものではないことから、本件施設の稼働に伴う騒音が環境に及ぼす影響は少ないとの評価をした。
また、債務者は、本件準備書において、本件施設の稼働に伴う振動について、住宅地に面した敷地境界における最大値は四一デシベルとなる旨の予測をした上、本件予定地は振動規制法による指定を受けてはいないが、仮に第一種区域とみなしても規制基準を満足することから、本件施設の稼働に伴う振動が環境に及ぼす影響は少ないとの評価をした。
ⅱ 次に、本件施設の建設に伴う騒音・振動については、低騒音工法・低振動工法を採用することなどにより、騒音・振動の発生防止策を図ることが予定されている。
そして、債務者は、本件準備書において、住宅地に面した本件予定地敷地境界における最大値につき、騒音が、建設工事開始一六か月目で八〇デシベルとなること、振動が、同一二か月目で七四デシベルとなることをそれぞれ予測した上、仮に本件予定地が騒音規制法及び振動規制法の指定を受けていたとしても、特定建設作業に伴って発生する騒音・振動の規制基準を満足することから、本件施設の建設に伴う騒音・振動が環境に及ぼす影響は少ないと評価した。
ⅲ そして、審査会は、右のとおりの本件準備書の評価内容について、いずれもおおむね妥当との答申をした。
なお、債務者は、本件工事開始後の平成九年七月二四日に、住居地に面した本件予定地敷地境界において、騒音・振動調査を実施したところ、全地点、全時間区分において、特定建設作業に伴って発生する騒音・振動の規制基準を下回る測定結果が出た。
イ 以上によれば、本件施設の建設・稼働に伴う騒音・振動が周辺環境へ及ぼす影響は少ないものと一応認められ、他にこの騒音・振動によって債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じることを一応認めるに足りる疎明資料はない。
(2) ごみ搬出入車両及び工事用車両の走行に伴う被害
① 排ガス
ア 本件疎明資料(乙一、三)によれば、以下の事実が一応認められる。
ⅰ 債務者は、本件環境影響評価において、二酸化窒素及び一酸化炭素につき、ごみ搬出入車両の予定走行経路の沿道五か所について、事業計画等に基づき設定した交通量から、ごみ搬出入車両からの右大気汚染物質の排出量を算定し、本件予定地で実施した気象測定結果で得られた気象条件を用いて大気拡散計算をした。その結果得られた予測濃度に現況の環境濃度をバックグラウンドとして加算して年平均値を算出し、現地調査結果から得られる換算式により、環境濃度の一日平均値の年間九八パーセント値を予測した。そして、前記(一)(3)①記載の二酸化窒素に関する環境基準並びに一酸化窒素に関する環境基準(一時間値の一日平均値が一〇ppm以下であり、かつ、一時間値の八時間平均値が二〇ppm以下であること)及び市保全基準(一時間値が一〇ppm以下であること)の達成に支障が生じないことを環境保全目標として設定して評価を行い本件準備書を作成した。
ⅱ その結果、一酸化炭素については、いずれの予測地点においても、一日平均値の年間九八パーセント値が一〇ppm以下であり環境基準に適合し、寄与割合は、0.2ないし1.0パーセントに過ぎないことが予測されたため、債務者は、同基準の達成に支障を生じないとの判断を示した。市保全基準についても、道路沿道における既存測定局の測定結果と交通量との関連から帰納的に類推したところ、同基準の達成に支障を生じないとの判断を示し、結局、一酸化炭素については、環境保全目標を達成できるとの評価をした。
ⅲ また、二酸化窒素については、一日平均値の年間九八パーセント値が、船岡東通において、0.042ppmと予測され、環境基準には適合するものの、市保全基準を超える結果となった。また、静市ポンプ所、立命館大学グラウンド前及び加茂街道南においても、それぞれ0.025ppm、0.028ppm、0.027ppmと予測され、環境基準及び市保全基準の当分の間の基準には適合するものの、市保全基準を超える結果となった。しかし、債務者は、二酸化窒素に関しても、環境濃度に対する本件施設からの排ガスの寄与割合が、0.5ないし5.4パーセントと予測され、軽微であることから、やはり環境保全目標を達成できるとの評価をした。
ⅳ 審査会は、本件準備書では、本件施設から排出される排ガスとごみ搬出入車両から生じる排ガスとを別々に評価していることから、債務者に対して、これらの排ガスを合わせた影響について債務者に対して説明を求めた。これに対して、債務者は、審査会に対し、二酸化窒素の年間九八パーセント値は、静市ポンプ所及び立命館大学グラウンド前において、それぞれ0.026ppm、0.029ppmと車両からの排ガスのみの予測値と比較して、それぞれ0.001ppm上昇したが、すべての地点で環境保全目標を達成できると説明した。これを受けて、審査会は、右のとおりのごみ搬出入車両から排出される排ガスに関する評価につきおおむね妥当との答申をした。また、本件準備書では、工事用車両による大気汚染については記載されていなかったため、審査会が、債務者に対し、説明を求めたところ、債務者は、工事用車両による大気汚染は、窒素酸化物の排出量が搬出入車両の排出量より小さく、影響は軽微であると説明した。
なお、債務者は、既に使用しているごみ搬出入車両につき、直噴式と比べて窒素酸化物の排出量の少ない副室式ディーゼルエンジン車を約八割採用しており、今後も積極的に低公害車の導入を図り、環境負荷の低減に努めることを予定している。
イ 以上によれば、ごみ搬出入車両及び工事用車両の走行に伴い生じる排ガスが周辺環境へ及ぼす影響は少ないものと一応認められ、他にこの排ガスによって債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じることを一応認めるに足りる疎明資料はない。
② 騒音・振動
ア 本件疎明資料(乙一、三、二三、一一七、一一八)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。
ⅰ 騒音
債務者は、本件環境影響評価において、ごみ搬出入車両の予定走行経路の沿道五か所及び工事用車両の予定走行経路の沿道三か所について、本件施設の最大稼働が予測される平成一六年度及び工事用車両が走行を開始する平成九年度における騒音を予測した。その結果、平成一六年度については、一般車両の走行だけで全地点、全時間区分で環境基準を上回っており、加茂街道南の夜間、船岡東通の朝、夕及び夜間のピーク時において、騒音規制法に基づく要請限度を上回っていた。また、平成九年度についても、一般車両の走行だけで、ほぼ全地点、全時間区分で環境基準を上回っており、加茂街道南の夜間のピーク時において、右要請限度を上回っていた。そして、ごみ搬出入車両及び工事用車両が走行した場合には、平成一六年度、平成九年度のいずれについても、一般車両の走行のみの場合と比べての騒音の増加分は、市原バイパスを除きほとんど一ないし二デシベルの範囲であることが予測された。そこで、債務者は、ごみ搬出入車両及び工事用車両の走行による騒音が現況の騒音に及ぼす影響は少ないとの評価を行い、本件準備書を作成した。
審査会は、騒音について、騒音規制法に準じた時間区分毎の平均値について債務者に説明を求め、これに対して、債務者は、平成一六年度及び平成九年度における平均値を予測したところ、全地点、全時間区分において、要請限度値を超過しない旨の説明をした。これを受けて、審査会は、ごみ搬出入車両及び工事用車両による騒音に関する評価につきおおむね妥当との答申をした。
なお、債務者は、本件工事開始後の平成九年七月二四日及び二五日に、工事用車両走行経路の騒音調査を実施したところ、全地点、全時間区分において、要請限度を下回る測定結果が出た。
ⅱ 振動
債務者は、本件環境影響評価において、ごみ搬出入車両の予定走行経路の沿道五か所及び工事用車両の予定走行経路の沿道三か所に関して、本件施設の最大稼働が予測される平成一六年度及び工事用車両が走行を開始する平成九年度における振動を予測した。その結果、いずれの年度においても、全地点、全時間区分で騒音規制法による道路交通振動に係る要請限度値以下であり、人が振動を感じ始める値(感覚閾値)の五五デシベル以下でもあることが予測された。そこで、債務者は、ごみ搬出入車両及び工事用車両の走行による振動が人に及ぼす影響は少なく、大部分の地域住民の日常生活において支障がないとの評価を行い本件準備書を作成した。
審査会は、右のとおりの本件準備書の評価内容について、おおむね妥当との答申をした。
なお、債務者は、本件工事開始後の平成九年七月一四日ないし一六日、同月二四日及び二五日に、工事用車両走行経路の振動調査を実施したところ、全地点、全時間区分において、要請限度を大きく下回る測定結果が出た。
この点、債権者らは、現実に工事用車両の走行により家屋のクラック、壁の透き間、水道管の破裂等の被害が発生した旨主張するが、右各被害と工事用車両の走行との間の因果関係については何ら疎明がない。
イ 結論
以上によれば、ごみ搬出入車両及び工事用車両の走行による騒音・振動が周辺環境へ及ぼす影響は少ないものと一応認められ、他にこの騒音・振動によって債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じることを一応認めるに足りる疎明資料はない。
③ 交通の危険・渋滞
ア 本件疎明資料(乙一、三、二三、一一七、一一八)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
ⅰ 債務者は、現在、工事用車両の走行については、法定速度、積載量等の交通規制を遵守して安全運転を徹底するとともに、児童の通学の安全に配慮して朝の通学時間帯を避け、走行経路上の四か所に交通整理員を配置して歩行者、一般車両の通行の安全確保に努めるなどしている。
ⅱ ごみ搬出入車両の走行についても、同様に安全運転を徹底するとともに、主な走行時間帯については、朝夕のラッシュ時や、朝の通学時間帯を避けることを予定している。
ⅲ 本件施設稼働時には、市原バイパスが完成しているため、鞍馬街道の平成一六年度の交通量は現状の半分以下に減少すると予測される。
ⅳ 雲ヶ畑街道は、市原バイパスとして整備工事が進められており、整備後には道路幅員一一メートルの二車線道路となることから、渋滞なく、スムーズな車両の走行が予想される。
イ 以上によれば、工事用車両及びごみ搬出入車両の走行により、交通の危険・渋滞が増大すると一応認めることはできず、その他債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じることを一応認めるに足りる疎明資料はない。
(3) その他
債権者らは、本件施設の建設・稼働によって、本件予定地周辺の自然環境・景観が破壊され、ニホンリス、オオタカ等の希少動物、イワナシ、センブリ等の植物などに多大な影響を及ぼす旨主張するが、仮に、右のような影響が生ずるからといって、必ずしも債権者らの生命・健康に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じることになるわけではない。
(4) 結論
以上のとおり、債権者らの主張する本件施設から排出される有害物質以外による被害は、いずれも受忍限度を超えるとまで一応認めることはできず、債権者らの主張には理由がない。
6 まとめ
以上に検討したところによれば、本件施設の建設・稼働に伴い、債権者らの生命・健康に対し、社会生活上受忍すべき限度を超えて被害が生じる高度の蓋然性があることを一応認めることはできないから、結局、債権者らの本件申立ては、被保全権利の疎明がないというべきである。
第四 結論
よって、本件各申立てはいずれも理由がないから却下することとし、申立費用の負担につき、民事保全法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官・小見山進、裁判官・山野幸雄、裁判官・三輪方大)
別紙(一) 申し入れ
一九九一(平成三)年一〇月一五日市原野ごみ問題対策特別委員会
京都市長殿
京都市清掃局長殿
去る五月三一日新聞紙上で公けにされた左京区市原野地区(向山)への清掃工場建設計画(以下、本計画という)にかかわって、下記のとおり申し入れます。
なお、この申し入れに対するご回答は、一〇月一八日までに書面をもってお願い申し上げます。
記
一 申し入れの趣旨<省略>
二 申し入れ事項
以上の見地から、私達は、以下の点について誠意ある回答を求めます。
1 貴職が、本計画につき事前に地域住民に何らの説明もせず、一方的に新聞紙上で発表された経過と理由を明らかにするとともに、地域住民に対して遺憾の意を表明されるよう求めます。
2 上記京都市清掃局名の「清潔で住みよいまち京都――新規清掃工場の建設についてご協力を」と題するパンフレットを作成・頒布された理由を明らかにするとともに、この点について地域住民に対して遺憾の意を表明し、頒布を直ちに中止するよう求めます。
3 今後、本計画については、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます。
4 本計画の根拠、内容および諸影響等につき地域住民が正確に理解し、判断するために必要な一切のデータないし資料を特別委員会に提供されるよう求めます。
なお、この申し入れに関する細事については、口頭で説明させて頂きたく存じます。
以上
別紙(二) 回答書
平成三年一〇月一八日
市原野ごみ問題対策特別委員会
委員長 荒川重勝様
京都市清掃局長森脇史郎
平素は、市政の推進、並びに本市清掃事業に格別のご協力を賜り厚くお礼を申し上げます。
新規清掃工場の建設に際しましては、公害の防止に万全を期すことは勿論のこと、周辺環境に調和した施設とし、余熱利用も合わせて考えてまいりますが、地域住民の皆さんと十分協議しながら事業を進めてまいる所存です。
清掃工場は健康で快適な都市環境と市民生活を守ために不可欠の施設でありますので、なにとぞ建設へのご理解とご協力をお願いいたします。
さて、新規清掃工場建設計画に関しまして平成三年一〇月一五日付けで貴委員会から申入れのありましたことについて、下記のとおりご回答申し上げます。
記
1 貴職が、本計画につき事前に住民に何らの説明もせず、一方的に新聞紙上で発表された経過と理由を明らかにするとともに、地域住民に対して遺憾の意を表明されるよう求めます。
回答
新規清掃工場建設につきましては、昭和六〇年度予算に調査費を計上して以降七年間にわたり総合的な調査研究を続けてまいりました。そして、新規清掃工場建設計画の計画内容が本年度当初にまとまり、同五月三一日に厚生委員会において公表を行ったものであります。
新聞記事に関しましては、厚生委員会の中に記者席が設置されていることから、同委員会での計画公表後に取材を受け事業説明を行い、当日及び翌日の新聞報道となったものです。
また、計画公表の手順につきましては色々な考え方があると思いますが、不確定であいまいな情報を市民に提示することは市民の中にいたずらに憶測や混乱を持ち込むことであり、行政の責任のもとに十分検討した計画について、まず最初に市民の代表である市会への公表を行ったものであります。
その翌日には厚生委員会に提出した資料を持って地元自治会役員の方をお訪ねし、地域住民の皆さんに対し速やかに事業説明を行えるよう申入れを行い、その後も同様の努力を重ねてきたところでありますが、結果的に地域住民の皆さんに対して地元意見を軽視しているかのような誤解を招きましたことにつきましては遺憾に存じております。
今後市原野ごみ問題対策特別委員会の皆さんと十分に協議してまいる所存であります。
2 上記京都市清掃局名の『清潔で住みよいまち京都―新規清掃工場の建設にご協力を』と題するパンフレットを作成・頒布された理由を明らかにするとともに、この点について地域住民に対して遺憾の意を表明し、頒布を直ちに中止されるよう求めます。
回答
京都市が計画した新規清掃工場の建設について説明するための資料として、主に地域住民の皆さん向けにパンフレットの作成を行いました。計画の公表を行ったにも拘らず、事業内容を分かりやすく説明するものがないと言うことでは住民の皆さんが計画内容を理解するうえにも大きな問題があると言わなければなりません。また、一般的に諸施策を行ううえにおいてPR活動に力を尽くすことは行政として当然の責務であり、市民からも強い要望を受けております。
パンフレットは、本年五月の厚生委員会に計画を公表し、その後六月末に作成しました。これを基に早急に地域住民の皆さんに計画内容を説明させていただくため、七月当初に当地域の自治会組織にパンフレットの配布及び事業説明の実施をお願いしたものです。また、地元行政機関へは、七月初旬に左京区役所、北区役所の各区民相談室及び静市出張所に、七月末には左京保健協議会の窓口である左京保健所にパンフレットを持参したものです。
地元への事業説明の機会を得られないままに時間が経過したために、一方的な事業決定のPRであるかのような誤解をお与えしたのであれば遺憾であると考えております。
パンフレットの配布につきましては、パンフレット作成の目的を十分に踏まえ取り扱ってまいります。
3 今後、本計画については、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます。
回答
新規清掃工場の建設につきましては、地域住民の皆さんのご理解とご協力が最も重要なことであると考えております。
今後、事業の各段階におきまして住民の皆さんとできる限り十分な協議を行うよう努力してまいります。
しかしながら、事業を一定の期限内に遂行することは行政として当然必要なことであります。また地域住民の皆さんとの協議を進めるにおいても詳細かつ正確な資料が必要でありますので、現地での調査等につきましては是非ご協力をいただきますようお願いいたします。
特に、環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、実施前にその説明を十分に行い皆さんのご理解をいただきながら進めてまいる考えです。
4 本計画の根拠、内容および諸影響等につき地域住民が正確に理解し、判断するために必要な一切のデータないし資料を当特別委員会に提供されるよう求めます。
回答
この度、京都市におきましても「京都市公文書の公開に関する条例」が制定され、その中で「本市が保有する情報は、広く市民に公開され、適正に活用されることにより、市民生活の向上と豊かな地域社会の形成に役立てられるべきものである。」と述べられており、また地域住民の皆さんに新規清掃工場について正確にご理解いただくためにも、できる限りの資料提供を行っていきたいと考えております。
なお、計画の概要等につきまして、今回、別紙のとおり資料を提出いたします。
また、今後とも資料の提出だけでは不十分であるかと考えますので口頭での説明も合わせて実施してまいりたいと考えておりますので、ご協力いただきますようよろしくお願いいたします。
別紙(三) 回答書
平成三年一〇月二二日
市原野ごみ問題対策特別委員会
委員長 荒川重勝様
京都市清掃局長森脇史郎
平素は、市政の推進、並びに本市清掃事業に格別のご協力を賜り厚くお礼を申し上げます。
新規清掃工場の建設に際しましては、公害の防止に万全を期すことは勿論のこと、周辺環境に調和した施設とし、余熱利用も合わせて考えてまいりますが、地域住民の皆さんと十分協議しながら事業を進めてまいる所存です。
清掃工場は健康で快適な都市環境と市民生活を守ために不可欠の施設でありますので、なにとぞ建設へのご理解とご協力をお願いいたします。
さて、新規清掃工場建設計画に関しまして平成三年一〇月一五日付けで貴委員会から申入れのありましたことについて、下記のとおりご回答申し上げます。
記
1 貴職が、本計画につき事前に住民に何らの説明もせず、一方的に新聞紙上で発表された経過と理由を明らかにするとともに、地域住民に対して遺憾の意を表明されるよう求めます。
回答
新規清掃工場建設につきましては、昭和六〇年度予算に調査費を計上して以降七年間にわたり総合的な調査研究を続けてまいりました。そして、新規清掃工場建設計画の計画内容が本年度当初にまとまり、同五月三一日に厚生委員会において公表を行ったものであります。
新聞記事に関しましては、厚生委員会の中に記者席が設置されていることから、同委員会での計画公表後に取材を受け事業説明を行い、当日及び翌日の新聞報道となったものです。
また、計画公表の手順につきましては色々な考え方があると思いますが、不確定であいまいな情報を市民に提示することは市民の中にいたずらに憶測や混乱を持ち込むことであり、行政の責任のもとに十分検討した計画について、まず最初に市民の代表である市会への公表を行ったものであります。
本事業につきましては、地域住民の皆さんの理解を得ることが最も重要であると考えておりますことから、その翌日には厚生委員会に提出した資料を持って地元自治会役員の方をお訪ねし、地域住民の皆さんに対して速やかに事業説明を行えるよう申入れを行い、その後も同様の努力を重ねてきたところであります。
しかしながら、行政としての十分な配慮を欠いていたため、地域住民の皆さんに対して説明を行う前に新聞紙上に掲載されましたことについては、地元重視の趣旨にてらして遺憾に存じております。
今後市原野ごみ問題対策特別委員会の皆さんと十分に協議してまいる所存であります。
2 上記京都市清掃局名の『清潔で住みよいまち京都―新規清掃工場の建設にご協力を』と題するパンフレットを作成・頒布された理由を明らかにするとともに、この点について地域住民に対して遺憾の意を表明し、頒布を直ちに中止されるよう求めます。
回答
京都市が計画した新規清掃工場の建設について説明するための資料として、主に地域住民の皆さん向けにパンフレットの作成を行いました。計画の公表を行ったにも拘らず、事業内容を分かりやすく説明するものがないと言うことでは住民の皆さんが計画内容を理解するうえにも大きな問題があると言わなければなりません。
パンフレットは、本年五月の厚生委員会での計画公表後、六月末に作成いたしました。これをもとに早急に地域住民の皆さんに計画内容を説明させていただくため、七月当初に当地域の自治会組織にパンフレットの配布及び事業説明の実施をお願いしてまいりました。また、事業計画を公表したことから関係行政機関に対し市民からの問い合せなどが予想されることから、それに備える目的で、七月初旬に左京区役所、北区役所の各区民相談室及び静市出張所に、七月末には左京保健協議会の窓口である左京保健所にパンフレットを持参したものです。
地元へパンフレットの配布が行きわたる前に一般市民の中に流れたことにつきましては遺憾に存じております。
今後は、パンフレット作成の主たる目的を十分に踏まえ取り扱ってまいります。
3 今後、本計画については、地域住民の理解と納得なしには一切事を進めない確約を求めます。
回答
新規清掃工場の建設につきましては、地域住民の皆さんのご理解とご協力が最も重要なことであると考えております。
なお、地域住民の皆さんとの協議を進めるにおいては詳細かつ正確な資料が必要でありますので、現地での調査等につきましては是非ご協力をいただきますようお願いいたします。
今後、事業の各段階におきまして住民の皆さんとできる限り十分な協議を行ってまいり、特に、環境アセスメントのための現地調査等重要な作業につきましては、事前にその説明を十分に行い貴特別委員会のご了承を得て進めてまいります。
4 本計画の根拠、内容および諸影響等につき地域住民が正確に理解し、判断するために必要な一切のデータないし資料を当特別委員会に提供されるよう求めます。
回答
この度、京都市におきましても「京都市公文書の公開に関する条例」が制定され、その中で「本市は保有する情報は、広く市民に公開され、適正に活用されることにより、市民生活の向上と豊かな地域社会の形成に役立てられるべきものである。」と述べられており、本計画の根拠、内容及び諸影響等につき地域住民の皆さんが正確に理解し、判断するために必要なものとして、貴特別委員会から申出のあったデータないし資料は提供してまいりたいと考えております。ただし、提供できない特段の事情がある場合については、その理由を明確にしてまいります。
なお、計画の概要等につきまして、今回、別紙のとおり資料を提出いたします。
また、今後とも資料の提出だけでは不十分であるかと考えますので口頭での説明も合わせて実施してまいりたいと考えておりますので、ご協力いただきますようよろしくお願いいたします。
別紙(四) 確認
この間の折衝の経過をふまえて、市当局は、市原野ごみ問題対策特別委員会に対して以下のとおり確認する。
一九九二年一一月 日
京都市清掃局施設建設室長
市原野ごみ問題対策特別委員会殿
【経過】
平成四年五月一五日付けの清掃局長名『回答』で、市当局は、市原野ごみ問題対策特別委員会に対して、「『現在ある工場はかまわないが、新しい工場は困る』との観点から、清掃施設への嫌悪感を表明し続けている」とか、「事実を科学的に解明していく立場ではなく、清掃施設への嫌悪感を煽る『一定の立場』である」などと決めつけた。
これに対して、特別委員会は、同年六月二四日付け申入れ『不当な歪曲とデマに抗議し、誠実な対応を要求する!』において、「右のような決めつけは、私たちの基本的な立場に対する全くの歪曲、デマ・中傷であり、断じて許し難い」と抗議し、「〔市当局が〕京都市議会議員に配布した『回答書』の回収を含めて、右の歪曲、デマの全面的な是正を強く要求」した。
しかし、市当局は、その後も、上記と同様の見方を含む『地元説明経過ならびに今後の予定について』という文章を特別委員会を経て住民に配布し、また、地元懇談会に出席する市会議員に同様の趣旨を含む資料を配布し、特別委員会の要求を拒否し続けた。
これに対して、特別委員会は、再三に渡って市当局の非を糺し、その是正を要求した。
その結果、一〇月一八日の拡大特別委員会の席上、市当局(田口室長)は、①特別委員会は地元の自治会・自治連の規約に基づき、全住民の総意によって結成された、清掃工場建設に関する地元窓口であること、②特別委員会がごみ問題全般について多様な方向から議論し、全住民をあげて考え、行動していることを認め、③特別委員会の基本的立場にたいする本市当局の認識を変え、陳謝すると表明し、特別委員会に対して、下記のとおり確認するに至った。
記
一 昨年一〇月二二日の局長回答をふまえ、今後事業につき地元(特別委員会)の了承を得て進めていくことを再確認する。この確約の遵守に関する具体的な手立てについても、特別委員会の申し入れがあったときは、検討する。
二 今後姿勢を改めて、真摯に話し合いを進めていく。
三 特別委員会は住民の総意によって結成された正式な地元窓口であることを確認する。
四 五月一五日付『回答』で示した特別委員会に対する市当局の認識を変え、陳謝する。
五 四の確認点(特別委員会に対する認識を変え、陳謝した旨)、および、市当局『地元説明経過ならびに今後の予定について』をめぐる論議での確認点については、文章化ししかるべき範囲の市会議員へ配布するなどの必要な是正措置を講ずる。
六 問題をしぼって納得いくまで話し合う。話し合いの回数を重ねたからといって、一方的にことを進めることはしない。
七 新規焼却場の必要性、市原野を予定地とするに至った立地選定の経過、予備調査の内容をはじめとして、地元に納得してもらうだけの説明ができていないことを確認する。
八 ごみ減量化については、全市的な取り組みをさらに働きかけていく。
九 地元との話し合いへ次長、参事も出席させることとする。正式な要請があれば、しかるべき関連部課はもとより、室長・清掃局長も話し合いに出席する。
一〇 特別委員会が中心となって行う折衝・交渉に際しては、特別委員・専門委員のほか、相談役、顧問、対策協議委員、分別リサイクル委員その他特別委員会が認めた者が参加することを了承する。
以上
別紙(五) 確認書
平成四年一一月二〇日
市原野ごみ問題対策特別委員長
荒川重勝様
京都市清掃局施設建設室長田口正巳
[経過]
平成四年五月一五日付の清掃局長名『回答』で、京都市は、市原野ごみ問題対策特別委員会に対して、「『現在ある工場はかまわないが、新しい工場は困る』との観点から、清掃施設への嫌悪感を表明し続けている」とか、「事実を科学的に解明していく立場ではなく、清掃施設への嫌悪感を煽る『一定の立場』である」などと決め付ける回答を行いました。
これに対して、特別委員会は、同年六月二四日付け申し入れ『不当な歪曲とデマに抗議し、誠実な対応を要求する!』において、「右のような決めつけは、私たちの基本的な立場に対する全くの歪曲、デマ・中傷であり、断じて許し難い」と抗議を受け、「(京都市が)京都市議会議員に配布した『回答書』の回収を含めて、右の歪曲、デマの全面的な是正を強く要求」されました。
しかしながら、その後においても京都市は上記と同様の見方に立ち、『地元説明経過ならびに今後の予定について』という文章を特別委員会を経て住民に配布するとともに、地元懇談会に出席される市会議員に同様の趣旨を含む資料を配布し、特別委員会の要求を拒否し続けてきました。
こうしたことについても特別委員会との話合いの中で、再三にわたってその非をただされ、是正要求を受けてまいりました。
そして、同年一〇月一八日の拡大特別委員会の席上において、京都市清掃局施設建設室長は、「①特別委員会は地元の自治会・自治連の規約に基づき、全住民の総意によって結成された、清掃工場建設に関する地元窓口であると考える。②特別委員会がごみ問題全般について多様な方向から議論されており、全住民をあげて考えていただき、行動されていることを認める。③特別委員会の基本的立場に対する京都市の認識を変え、陳謝する。」旨表明いたしました。
これらの経過を踏まえ、特別委員会に対して下記のとおり確認するものであります。
記
一 昨年一〇月二二日の局長回答を踏まえ、今後、事業につき地特別委員会の了承を得て進めていくことを再確認します。この確約の遵守に関する具体的な手立てについても、特別委員会の申入れがあったときは、検討します。
二 今後姿勢を改めて、真摯に話し合いを進めてまいります。
三 特別委員会は住民の総意によって結成された正式な地元窓口であることを確認します。
四 本年五月一五日付『回答』で示した特別委員会に対する京都市の認識を変え、陳謝します。
五 四の確認点及び京都市から出した「地元説明経過ならびに今後の予定について」をめぐる論議での確認点については文書化し、しかるべき範囲の市会議員へ配布するなどの必要な是正措置を講じます。
六 問題をしぼって納得いくまで話合ってまいります。話合いの回数を重ねたからといって、一方的にことを進めることはしません。
七 新規焼却場の必要性、市原野を予定地とするに至った立地選定経過、予備調査の内容をはじめとして、現時点で地元に納得していただけるだけの説明ができていないことを確認します。
八 ごみ減量化については、全市的な取組をさらに働きかけてまいります。
九 地元との話合いへは次長、参事も出席させていただきます。正式な要請がありましたら、しかるべき関連部課はもとより、室長・清掃局長も話し合いに出席いたします。
一〇 特別委員会が中心となって行う折衝・交渉に際しては、特別委員・専門委員のほか、相談役、顧問、対策協議委員、分別リサイクル委員その他特別委員会が認めた方が参加することを了承します。
以上
別紙六〜一五<省略>